星の名は。後編
オーキッド侯爵家の年の離れた妹とお兄様。ふたりはなかよし。
「おにいさま、海の星が見えますよ」
煌々と夜空に座す不動の天枢星こと海の星を迷いなく指す妹に目を見開いた。「よく知っているな」と褒めれば、へにゃりと笑う。それからイザベルは高らかに言ってくる。
「熱血エースと!」
「賢いジャック」
「うっかりキングのゆかいつうかいぼうけんたん!」
ご機嫌なフレーズに釣られ、彼は咳払いをした。懐かしい名前に気が緩んだ。『キング船長の愉快痛快冒険譚』は、子ども界におけるロングセラーシリーズだ。ついに妹にもブームが到来したらしい。兄である彼もまた熱心な読者であった。最近、妹がサロンでヘンリー殿下と長椅子に並んで静かに読んでいる本も彼らの海洋冒険譚なのだろう。
「どんな嵐が来ようとも、どんな未来が迫ろうとも、この『海の星』が天にある限り、我らが迷うことはない。けっしてないのだ!」
キング船長と賢い鯨たちの第七巻名場面を熱弁する妹の瞳には綺羅星が宿っている。
王子様力よりも王子様にふさわしいとされる淑女力よりも、冒険野郎力がめきめき順調にレベルアップしそうだなあと手元の本に目線を戻し、兄はため息を吐いた。





