エール・後編
おにいさまとおじょうさま
王子様になるにはどうしたら良いのかと妹が尋ねてきた。ひどく真面目な口ぶりで教えを乞うので、国の成り立ちと政治についてどこからどうやって説明したものか――兄である侯爵子息は妹の顔をじっと見つめて思案する。
「待て待て、お兄様よ。君の妹君は建国や国家転覆を目指しているわけではなさそうだし、まずは王子様になりたい理由が何故かを確認するのが先ではないかね?」
向かいに座る第二王子殿下が、長い指先をクッキーに伸ばしながら言ってくる。
さもあらんと思い、侯爵子息はかがんで妹に目線を合わせた。それから理由を問いただす。妹は今度は反対側に首を傾げて口を開いた。曰く、猫と仲良くなるには王子様力が必要で、そもそも自分が王子様力なるものを得るには王子様になることが必要なのではないかと考えた末に相談を試みたのだと。
「……殿下」
「はい」
「一つの会話文にツッコミを入れても良い要素は一つまでという法が何故この国には存在しないのです?」
「過去のロイヤルジョークに責任感じちゃうナ」
長い足をやんごとなく美しい所作で組み直し、明後日の方向に青い瞳を向ける第二王子を睨みつける。兄として、この年の離れた妹に何を言ってやるべきか眉を寄せた。
「まずは対象をよく知ることだな」
妹は首をちょこんと傾げた。結われた菫色のリボンがさらりと金髪から滑り降りる。
「……そうだな。反対に聞くぞ。ピアノの新しい楽譜をもらったらお前はどうやって練習している?」
妹は更に首を傾け、こちらの瞳をじっと見つめ返した。まるでそこに答えが書いてあるみたいに。それからたどたどしくも、妹は小さな指を一つ一つ折って確認しながら答えた。まず先生の手本をよく聴くこと。次に楽譜に記された注意点をよく読んで確認しながら鍵盤に向かうこと。そして、練習を何度も何度も丁寧に繰り返し続けること。
「それでもわからないことがあったらどうしている?」
「おかあさまに教えていただきます」
母は時間が合えば、妹をピアノの隣に座らせて譜面の読み方を手伝ったり手本を見せたり、時には連弾の練習相手を務めているのだ。サロンから聴こえるその穏やかな音色を、休日の父が楽しみにしていることを彼はよく知っている。
「うん。つまり、イザベルはその曲を一つずつ理解することで、歩み寄る努力をしているということだ。つまり、何かと仲良くなる方法とは、その積み重ねということだ」
「はい」
淡い菫色の瞳の光を散らすように煌めかせ、妹は頷いた。そして、そのままやわらかく頬を緩める。天気のよい日に干されたクッションで丸くなり、それに頬擦りする猫のようにくつろいだ笑みだった。
「平たく言えば、好きな子と仲良くなりたいなら、まずはその子のことについてよく知ることから始めろってことだよね。ねこちゃんだけじゃなくて、よかったら、うちの末弟とも仲良くしてやってね」
「殿下。お静かに」
ぱちんと指を鳴らす。気楽にのたまう第二王子殿下、もとい、妹の婚約者の兄君にして、そもそもの王子様力なるものの大元凶を魔術で物理的に黙らせる。殿下は口を閉じたり開いたりさせ、何事かを視線と手振り身振りでやかましく訴えてくるが、無視した。
目を大きく三度瞬かせる妹に顔を戻し、努めて優しい声を出す。猫について書かれた本をこれから書庫まで探しに行くぞ、と。





