第二夜 スイートバタートースト
深夜にパソコンに向かう。小説を書く。
キーボードの音がカタカタと響き、きりのいいところまで書き切った。
……なかなかの出来かな。
小さな満足感に浸る深夜。見せ場を書ききった自分を褒めてやる。
今日は調子がいいし、もう少しだけ頑張ろうか、と思ってコーヒーを啜る。
深夜の安堵と満足。集中力の切れ目……感じるのは、当然空腹だ。
あなたは小腹が減った。頭の中から大量の文章を紡ぎ出し、消耗したのだ。頑張ったのだ。脳は強力に糖分を欲している。こんなことなら、コーヒーを淹れるときに砂糖入りにしてもよかった、とあなたは後悔する。
仕方ない。
続きを執筆する前に、と考えたあなたは台所へやってきた。
残り3枚ほどになっていた食パンを見つけた。8枚切りで、それほどボリュームもない。この程度なら、夜食に食べても大丈夫だろう、とあなたは自分に言い訳をする。
袋から一枚取り出し、そこに冷蔵庫から出したバターをひとかけら載せた。
さて、どうしよう。このままスプーンで適当に塗り広げようか、と考えたあなたは、ちょっと手をとめて逡巡している。
バターを塗り、トースターに入れ、3分……ダメだ。そんなにガマンしたくない。それに、そもそもパンにバターでは、この今の糖分を欲する脳が満足しないではないか!
もっとすぐに、甘美な食の快感に溺れたい。
もっといい選択肢はないのか。
あなたはキョロキョロとまわりを見回し、戸棚の上や調味料入れなどを開けていく。
……見つけた。ずっと使わずにしまっていた使いかけの蜂蜜。これだ。
夜中に、ほんの少し、甘いご褒美を。そう考えたあなたはひとかけらのバターをとりまくように、小さく円を描いて蜂蜜をたらす。
パンの上にバターと蜂蜜。このまま塗り広げてもいいのだが、あなたはバターナイフもスプーンも汚したくないと思っている。洗い物はとことんゼロに近づくことが望ましい。なにせ深夜である。バターでギトギトした食器を洗うなど願い下げだ。
(゜∀゜)!! ピコーン
あなたは素晴らしいアイデアを思いついた。
いそいそと廊下に出て、キャンプ用具をしまったケースを開ける。
取り出したのは、卓上ガスバーナー。小さなガスボンベに、プッシュボタン一発で1000度以上の炎が噴き出すキャンプの便利アイテムだ。
パンを耐熱皿の上に置き、ガス量のダイヤルを捻りすかさず着火。青白いバーナーの炎がボオゥと数センチの長さで噴き出す。炎の先でバターをあぶると、あっという間に溶け始め、液化したバターがわずかに焦げる。
そのまま円を描くように、バターの周囲の蜂蜜を炙っていく。蜂蜜は一瞬でジュウジュウと沸き立ち、甘い匂いを台所じゅうに放つ。たまらない! 焦げたバターと、熱せられて蒸発する蜂蜜の香りが混ざり合い、その甘美さにクラクラしてくる。
トースターで3分なんて待つ必要はない。バーナーの炙り10秒で香り高く仕上げる悪魔のトースト。火を止めてすぐ、はじっこからバター&蜂蜜にさしかかるように大きくかじった。8枚切りの食パンの表面だけがカラリと焦げて、中はしっとりそのまま。サクっと、しっとり、サクしっとり。二層の歯触りが快感だ。こんがり焼けた優しい小麦の匂いに被さるよう、暴力的に襲い来る焦げバター&とろとろ蜂蜜のダブルラリアット。
もう止まらない。あなたは夢中で一枚食べきってしまう。このトースト、食べ始めたらバターも蜂蜜も熱々のうちに食べるしかない。それが最も幸せなのだから。
……ちくしょう。こんなに馬鹿なメニューなのに、美味すぎる。
あなたは静かに目を閉じて、明日もこのトーストを食べよう、と思うのだった。
ごちそうさまでした。