第一夜 たまごかけごはん
深夜、あなたはパソコンに向かっている。Youtubeにはまったのか、ツイッターのレスバが止まらなくなったのか。はたまた、小説を書いているのか。
夕食はとっくにすませたし、明日の朝まで何も食べる予定はない。
そう、予定は、まったく、ない。
しかし、PCを操作していたあなたの手はふと止まり、ああ、小腹が減ったな、と感じてしまった。心の中で言語化してしまった。
あなたは、お腹が減った、と自覚した。
このままではもう幸せな夜更かしタイムは楽しめない。
無理に寝ようとしたところで、ひもじさを噛みしめながら、惨めに寝落ちるのを待つしかない……それは、敗者の泣き寝入りに等しい。楽しみの夜が、一転悲嘆あふれる時間に。
そんなことでいいのだろうか?
なんか食べ物あったかな、とあなたは台所を探す。
炊きたてのご飯なぞ望むべくもないが、そこにあったのはサ○ウのご飯。何かあったとき用、といって買っておいたものだ。
レンジに放り込み2分。チン、という音。レンジのドアを開けると、中からかすかに蒸気がもれてくる。鼻腔をくすぐる甘い白米の匂い。熱々のご飯パックを指先で素早く取り出し、大きめのお茶碗にあける。
サ○ウのご飯は、ライバル商品に比べて、30円ほどお高めだった。あなたは、なんとなく、の贅沢気分でこれを買った。
しかし今、あなたは自分の過去の判断を賞賛している。台所だけに点けられた明かりのもと、天井からの光を一粒一粒が受けとめ、つやつやと光を放つサ○ウのご飯。見事な炊き上がりに思わず二三粒つまみ、その甘さにあなたは幸せを予感してうきうきする。
さあ次は、手元に醤油を用意し、冷蔵庫のポケットから卵を出すのだ。
卵と醤油を混ぜる?ノンノン。まずやるべきは、白いご飯に醤油をひと回し半。熱々のご飯の熱で、醤油が焼け濃厚な香りが突き上げるように押し寄せる。優しい白米の蒸気と、強く香ばしい醤油の蒸気が絡み合う。
ご飯が冷めないうちに、真ん中に大きなくぼみをつくり、そこに卵をまるごと落とす。箸で軽く混ぜるが、いきなり全部を混ぜるような無粋はいけない。黄身を破り、軽く白身となじませ、付近の米粒とだけ絡ませる。
きみは箸の先で、黄身のかかった部分をひとすくいして口に運ぶ。最初に舌を楽しませるのは、濃度をしっかり残したままの黄身。クリーミーなその感触に続いて、強い醤油の香りを立てながら、ぱらぱら感ともちもち感を同時に感じさせてくる米が踊る。
美味い。ひたすらに染みる美味さ。最初から全てを混ぜ合わせるのではなく、茶碗の上で軽く絡んだそれぞれが、口の中で最後にそれぞれ主張しながら溶け合っていく。口内調理の極意がここにある。
白米、醤油、そして卵だけでこれほどまでに変化に富む、奥深い味わいが生まれる。ビバ日本の食文化。あなたは夢中だ。あっという間に白米は半分になってしまった。
ちょっと小休止。飲みものを取るために冷蔵庫を開けよう。
視界に入った使いかけの海苔。そう。半分に切った海苔で包みながら食べるたまごかけご飯は問答無用に美味い。これも逃す手はない。
さらに視界を横に転じれば……貝のしぐれ煮の入ったタッパウェア。あらびきソーセージの袋、冷蔵庫の脇にはツナ缶までが……
もうこれ以上は蛇足というものであろう。たまごかけごはん魅惑の饗宴を、思うままに過ごすのだ。ふひひ。
ごちそうさまでした。