訪れ
「ロベルト、今日もいい天気ですわね。陛下との御用は無事に終わったのかしら?」
暖かい日差しに包まれた我がラディナ子爵の庭で背中を見せて佇む金髪の青年に声を掛ける。その後ろに彼女がいることは既に知っているけれど自分から彼女に声を掛ける気にはならなかった。なんて自分は醜いのかと自嘲する。でもやっぱり彼女に声を掛けたら負けだと心の声が聞こえて、私は婚約者だけに声をかけた。
「ああ、それよりもメリスを早く部屋の中へ入れてほしいんだ。日差しが思ったより強い。彼女に何かあったら大変だからね。頼むよ。」
あぁ、失敗したーーーーやはり彼女にも声を掛けるべきだったのだ。私が醜い嫉妬に駆られたばかりに婚約者に悲しい顔をさせてしまうなんて!
身体ごとこちらに向いた彼の左手は当然のように彼女の左の腰に回されていた。彼のあの逞しい胸に身を任せている銀髪の女性は女神の如く美しく、そしてあまりにも儚かった。
苦しくて叫び出したい衝動をぐっと堪え、私は後ろに控えている侍女に声を掛ける。
「サーニャ、暖かいお茶と少しだけ冷たいレモン水の用意をお願い。」
何か言いたげな侍女から顔を背け、ぐったりとした彼女に近寄った。
「メリス王女殿下、こちらへどうぞ。気が利かず、申し訳ございません…」
「ありがとう、フィー。助かるわ。ロベルト、連れて行ってくださる?」
「もちろんです、メリス様。」
紺色のスーツの腕にするりと白くほっそりとした腕が巻き付く。当然のように体を寄り添わせて歩き出す彼女達を尻目に、私はそっと歯を食いしばり案内のために歩き出した。
◇
「少しは落ち着かれましたか?」
「ええ、ありがとうロベルト。貴方が居てくれたお陰で体調が悪化しなくて済んだわ。」
「いいえ、私が貴女を連れ出さなければ貴女の体調が悪くなることは無かったのです。私の責任ですのでメリス様が私に感謝する必要はありません。」
「私が貴方にお願いしたのよ、一緒にお出掛けしたいって。だから私の責任よ。それよりあのケーキをとって欲しいわ。」
私の存在を無視して言葉を交わす彼女達と共にお茶を頂く私は動き出しかけた侍女を目線で止める。サーニャは若いながらよく私を見ており、私の意を汲んで動いてくれるのでとても助かっている。サーニャが選んでくれたこのレモンイエローのドレスも今日の髪型もアクセサリーも全てが私の好みで嬉しくなる。まぁ、私の気分は目の前でイチャつく2人のせいで最悪なのだけれど。
宰相候補であるロベルトがメリス王女と出会った2年前から、彼は結構な頻度で彼女と共に時間を過ごしている。この屋敷にも一緒に来るのだ。子爵の家なんて王女が訪れるのにふさわしい場所ではないのに、彼がここへ行くから付いてくる。彼も当然のようにそれを受け入れてることが私には信じられなかった。婚約者の家に異性を連れて来るのは普通非常識ではないだろうか?挙げ句の果てに同席している私のことは無視だ。きっと彼らにとって私は彼らが一緒に過ごせる場所を提供してくれる都合の良い調度品の一つに過ぎないのかもしれない。
「そういえばフィー、お父上はこちらにいらっしゃるだろうか?」
「え?ええ。今日は外出の予定はなかった筈だからここに居るはずよ。」
突然ロベルトから声をかけられた私はびっくりして上擦った声を出してしまう。と同時に彼の目線が意識が自分に向いたことが嬉しくて少しだけ気分が上向きになった。例えお父様のことでも彼が私のことを見てくれるのはやっぱり嬉しい。
彼がメリス王女を慕っていても、私はロベルトのことが好きなのだからーーー
「そうか。では少し仕事の話があるのでお会いして来るよ。教えてくれてありがとう、フィー。」
薄い唇が緩く笑みを浮かべ、空色の瞳が柔らかく細められる。優しい笑顔で紡がれた感謝の言葉を私の身体が喜びを叫んだ。彼の笑顔は相変わらず素敵で、ロベルトが好きだという気持ちを私はゆっくりと噛み締める。きっと表情にも出ているに違いない。けれども表情を取り繕うこともしたくなかった。どうせ彼はもう退席しているし、誰も見ていないんだから。あぁ、彼の役に立てて嬉しい!お父様に感謝したいくらいだ。
「貴女、本当にロベルトのことが好きなのね。でもごめんなさい、彼は私のものだわ」
【登場人物】
フィオレット→主人公。子爵の娘でロベルトと婚約している。愛称はフィー
ロベルト→次期伯爵。宰相候補でフィオレットの婚約者。メリス王女を慕っている。
メリス王女→主人公が住むラインフォード王国の第一王女。ロベルトと親しげだが?
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読んで頂きどうもありがとうございます!
今回の文章はトゲのある書き方になってしまいましたが、フィオレットはごく普通の、嫉妬も好意も持っている女性として書いています。時には嫉妬の感情に振り回されることもあるのです。
お気に召しましたならば次回の文章も見て頂ければと思います