墓守の話
やけに明るい部屋で目が覚めた。無機質な 顔が横たわった私を覗き込んでいる。
「やあ、気分はどうだい?私は君を造った者だ。墓守と呼んでくれ」
辞書機能で墓守の意味を調べると墓の管理人のことらしい。人名には相応しくない。
「墓守⋯⋯変わった名前ですね。とりあえず私の名前を教えてください。それと私を作った目的も」
「君の名前は墓守。私の墓を管理してもらう為に作った」
「はあ? どうして貴方と同じ名前なのですか?それに墓の管理って⋯⋯貴方は死んでいないでしょう?」
「それについてはお茶でも飲みながらゆっくり話そう。ついてきてくれ」
墓守はぎこちなく微笑みながら言った。私は頭のおかしな博士の元に生まれてしまったのかもしれない。
仕方ないので墓守について行く。ガラス張りの廊下から外の様子が見える。地面に刺さった沢山の棒に『墓守』と刻まれており、なんとも不気味だ。そして遠くにくすんだ青い星が見える。青い星⋯⋯?
「あれはもしかして地球ですか?」
「そう、地球さ。どうした?思ったより濁った色をしていて驚いたか?」
「いえ、私はてっきり此処が地球だと思っていました。一体此処は何処なのですか?」
「月だよ。」
「月? 月は人間が住める場所ではありませんよね?貴方はどうしてこんな所に?」
「⋯⋯さあな?」
「ええ?」
本当によくわからない人だ。
「そんなことよりお茶にしよう。君はここに座っていてくれ」
案内されたのは、白い菊と白百合が育てられている温室らしき場所の中央に設置された椅子とテーブルだ。何故白い花ばかりなのか?意味不明で不気味だ。
「紅茶で良かったかな?」
墓守がお盆にティーカップ二つとティーポット、砂糖、ミルク、クッキーを載せて持ってきた。
「ありがとうございます。さっきの言葉の意味を説明してもらえますか?」
紅茶を啜りながら尋ねる。ここで初めて自分には味覚機能が搭載されていないことに気がついた。
「私はもう少しで死ぬ。多分明日だ。そこで君に私を埋葬してもらい、墓の管理をしてほしい」
なるほど、つまり墓守は自分の墓守をしてもらうために私を造ったのか。
「私が墓守という名前の理由はわかりました。では、何故貴方もこの名前なのですか?」
「考えてみればわかるだろ?」
「わからないから聞いているんですよ」
「少し散歩でもしたらわかるさ」
「は?」
「ここに慣れるつもりで散歩してみな。きっと君の疑問の答えも見つかるさ。私はここで待っているから自由に見て回るといい」
意味がわからない。仕方がないので言われた通りに散歩をすることにした。
外に出る。そこには先程廊下から見えた『墓守』と刻まれた棒が数十本立っていた。
近くにある黒い看板に白い文字で『墓地』と書かれている。この棒一本一本が墓地なのだろうか?
無数の『墓守』の墓の中に、一本だけ違う文字が刻まれた棒があった。かすれた文字で『博士』と読み取れた。その下に石版があり、次の文章が刻まれていた。
『西暦(かすれて読めない)年。二月十日。バカな戦争でもう地球に人は居ないだろう。たまたま月に研究に来ていた老いぼれが最後の生き残りなんて人間の恥だな。しかしお墓を作ってくれる人が居ないのは寂しいものだ。そこでわしは墓守のロボットを造った。しかし墓守もロボットとはいえ墓を作ってもらえないのは可哀想だ。ロボットの寿命が近くなったら、同じロボットを造るようにプログラムをしよう』
なるほど、道理で墓守は人間ではなかった訳だ。
「わかったかい?」
墓守が白い菊と白百合を両手に抱えてやってきた。
「はい。よくわかりました」
「それは良かった。今から花を供るところだから一緒にやろう。明日からは君の役目だ」
翌日、墓守は息を引き取った。私は棒を一本増やした。
さて、この無意味なループはいつまで続くのだろうか?