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変革の空  作者: そうしょう
第二章 【墓守】の少年と、【葬儀屋】の少女
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5 【魔族】と少女

 その日は、久しぶりに街に降りる事にした。まだ、墓守は居る。いつまで居る気なのだろう。博士は、居たいだけ居させればいい、などと言うけれど。

「貴方も行きますか」

 コートを羽織った、カガリは墓守に声を掛ける。墓守は、研究所を壊滅させた何かを探している。そう、以前言っていた。街の方が、情報は集まりやすい。

「行かねぇ。葬儀屋と行動するなんざ、嫌だね」

 ……それは、ちょっと今更なのではないか。だって、同じ釜の飯を食っている。

 思ったが、口に出せば怒られるような、怒鳴られるような気がしたので、やめておいた。

 街は、ドーム……主要都市ではない。安全な地を選ぶより、自由な地を、故郷を選んだ者達が造りだした街は、日々、獣や魔族に怯えながら、皆が支え合って暮らしている。

 この街が、好きだった。困難にも立ち向かい、強くたくましく生きている人間たちが、人間たちを守る墓守が、眩しい。

「(だから、葬儀屋である私が長居するのは、良くない事)」

 この街には、葬儀屋は居ないのだ。葬儀屋は墓守を殺す存在。人間は、墓守が居なければ魔族に殺されてしまう。カガリは命令系統を外されているから、墓守を見ても、殺人衝動を起こすことはない。それでも、人間から非難の眼を向けられることは、間違いないだろう。装甲で固めた足に、慣れないブーツを履き、コートをきつく握りしめる。

 本当なら、博士が一緒だったら良かったのだ。人に飼われる葬儀屋が普通で、当たり前だから、人間である博士と共に居れば、少なくとも、無差別に墓守を殺すことはないだろうと周囲に説得力を持たせることが出来る。

 買い出しは、人間用の薬と、それから果物と、あとは――……。

「すみません、ツインテールの、五歳ぐらいの娘を知りませんか」

 声を掛けられ、作り物の心臓が跳ねた。振り向くと、焦燥しきった表情の女性が立っている。

「み、ておりません」

「そうですか……娘が居なくなってしまったんです。多分、花を摘みに行ってしまった……」

「花、ですか」

 なるべく、早く立ち去らなければと思うのだが、つい口に出してしまう。女性は、恐らく探しているのだと言う少女の母親なのだろう、頷いた。

「街を出て北に暫く行くと、花畑があるんですよ。貴方が今持っている薬の材料にもなっている。ただ、街の外ですから……しかも、こんなに天気も悪くなってきていて……ちょっと目を離してしまって」

 確かに、雲行きは怪しくなってきていた。カガリも、早々に街を出なければ危険だろう。猛吹雪に巻き込まれることだけは避けたかった。

 だが、もし、子供が本当に外に出てしまったのなら、吹雪以外にも危険がある。

「よろしければ、私、探してきます」

 放っておくことが、できなかった。


 案の定、やや吹雪いてきた。視界が悪くなってくる中で、ブーツを脱ぎ捨てて、歩き続ける。辛うじて、まだ方向が分かる。元々、葬儀屋であるカガリの眼は、他の人類よりも良い。すぐに見つかるだろうと思ったが、なかなか反応が無い。


 ……街に出ては居ないのでは、と思ったが、万が一、本当に出ていたとするのなら、仮定を潰さない限り不安はある。とにかく、花畑を見つける事が先だろう。

「きゃああああああああっ」

 切り裂くような悲鳴が聞こえてきたのは、その時だ。声がした方に、駆けだす。駄目だ、普通に走っただけでは間に合わない――!


「装甲・解放!」


 ブーツの出力を瞬間的に上げる。雪を蹴散らし、おおよそ、二百メートル先まで、一息で跳ぶ!

 そこは、花畑だった。吹雪に晒され、地面はやや、氷結しながら、けれど、確かに天を見上げる花々が咲いていた。

 今まさに、少女に襲い掛かろうとしている獣を見つけ、跳躍からの衝撃を叩きつける。手ごたえから、獣ではなく――魔族であろう、と察知がついた。

 魔族が離れた瞬間、少女の肩を掴む。

「立てますか、逃げられますか⁈」

「お、おねえちゃん、誰……?」

 座り込み、怯えた表情を浮かべる少女を抱きかかえる。獣じみた唸り声が後方から近付いている。振り向きざま、右腕に仕込んだナイフで切り裂いた。

 浅い。最初の打撃も、この一撃も、どれも浅すぎる。元々葬儀屋は、対墓守用に創られたのだ。魔族との戦いには向かない。

「倒せない……逃げます」

 人、一人分の重みを抱え、雪原を駆ける。魔族にとって、この人間は貴重な食べ物だ。渡すわけにはいかない。守らなければならない。


 人間を、守る。それは、葬儀屋だから、というだけじゃなく――。


 走り、逃げて、チラリと後方を見る。……距離が縮まってきている。このままでは、街に着く前に追いつかれてしまう。

 逸る心臓に、乱れる呼吸。整える余裕もないまま、けれど、覚悟だけは決める。

「カウントダウン、五秒後に、貴方を降ろします。そして、その瞬間走り出して。街に、貴方が帰るべき街に向かって」

「え……? でも、怖い……怖いよ、無理だよ」

 少女は不安げに、涙を浮かべ、身を固くする。離れたくないと、カガリのコートを掴んだ。

「怖くても、無理でも……走ってください。貴方は生きなければならない。貴方はどこにでもいける。私を、信じて。絶対に守ります」

 少女は。確証も無い、ただ、意思だけを込めた言葉に――分かった、と頷いた。

「サン、ニ、イチ…………今ですっ、走って!」

 こちらを振り返ることなく、降ろした少女が走り出す。雪に足を取られながら、縺れて転びそうになりながら、前だけを見て。見届ける間もなく、不利かった先の魔族と対峙する。

 改めて見ると、人間の見た目より、獣に似ていた。ただ、目や鼻は人間の物、それから、異様に長い脚で二足歩行をする様は、どの動物にも当てはまらない。

「オ、オ……オオオオオオオオオオオオ」

 獲物を取り逃がす、と思ってか、魔族が速度を上げる。迎え撃つべく、両足の装甲に力を籠める。跳ぶ。振り払う。倒せずとも、時間を稼ぐ。


「あの子を、守ると決めたので」

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