3 勝者
程なくして、寒い中、蹲る墓守を見つけた。……動けなくなるようなら、出なければいいというのに。
はぁ、とため息と共に、冷たい冷気が出る。
「墓守」
墓守は、傷を負っていた。止血は施され、簡単な処置はされていたが、異常気象の中動けるようなものではない。それが分かりながら、どうして外に出ようとするのだ。
「疑問。何故、貴方はその体で外に出るのか」
「うるせぇ、少しでも、少しでも進まなくちゃならねぇんだ、早く――」
墓守は、立ち上がる。よろめきながら、それでも尚、前を見据えて、歩き出す。覚束ない足取りだった。無理をしていると分かるものだった。
何が、彼をそこまで、駆り立てるのだろう?
カガリには、分からない。
「ですが、博士のお願いですので」
疑問はそのままに、容赦なく、カガリは墓守に鳩尾を叩きこんだ。
カガリは、【葬儀屋】だ。
けれど、カガリは欠陥品だ。
通常、【葬儀屋】は意思を持つ。人間の中で溶け込むために、命令系統を組み立てられ、人間と共に過ごす存在だ。詰まる所、人工生命体である葬儀屋には、心が、ある。
カガリは、心を上手く理解することができなかった。意思を持つことが、何の原因か、上手にできなかったのだ。結果的に、欠陥の印を押された。これは、ただの機械であると。
その、カガリを引き取ってくれたのが、彼女を創った博士だった。博士は、カガリの制作を境に、別の葬儀屋の作成を止めた。引退と称し、ドームを離れ、小屋に隠居した。
博士は、まず、葬儀屋の命令系統を直した。
「私が、墓守を殺さないのは、葬儀屋としての命令系統を失ったからです」
ザク、ザク。足元が沈む。雪は深く積もっている。
「未だ、意思も、心も不十分な私は、現在、博士の元で、ひとを学ぶ最中。だから、理解不能。墓守、貴方の思考が、分からない」
ザク、ザク。
担いだ少年は。
「…………殺すぞ」
獣のような唸り声で、低く、呟いた。
墓守の少年の傷が、ようやく自由に動ける程度にまで治るのに、拾ってから一週間を要した。幸い深い傷ではなかったから、安静にしておけば、すぐにでも治るようなものだった。
とはいえ、いい加減、倒れていた理由も、それから名前さえも知らないままではと、カガリは薪を燃やしながら、思う。
この頃、博士は体調が優れないようだった。寝ている事も多い。そろそろ、なのかもしれなかった。
人間の寿命は短くて、博士はもういい歳だ。カガリは十分、理解している。
「それで。命の恩人に、少なからず貴方の事情を教えてもいいのではないでしょうか」
「あ?」
布団の上で、今日も今日とて、カガリに連行された墓守だった。一人で動き回ることが出来る。とはいえ、一週間も居ついたのは事実で、カガリと博士も、いくらなんでもそこまで善人では居られない。世界は厳しくて、生きる事が難しい。毎日の食糧の確保でさえ、困難な事もある。無銭飲食。流石に受容できない。
「貴方は何処から来たのですか? キョウト……ではないですよね。トウキョウは安全な地ですし」
「アイチだ」
アイチ、と聞いて、一瞬言葉に詰まる。アイチは、ここからさほど遠くはない場所にある、やや小規模な都市だ。月が落ちるまでは、多方面への新幹線、及び電車の交通網が充実した、人も多い都市であった。トウキョウやオオサカとは違い、現在のアイチは、魔族の住処になってしまったと聞く。
「アイチっつっても、中心区は魔族の住処で、一辺は墓守の生産場だ。より、危険と隣り合わせの場所で育てる事により、強力な墓守を創りだすことが出来る……らしい」
「その、アイチからいらっしゃった、と。ですが……何故、一人で?」
墓守は、葬儀屋とは違い、命令系統などは無い。ただ――洗脳される。
己は、魔族を殺す者。殺すだけに存在する、羽を持つ人類である。産まれた時から教え込まれ、心を封殺され、間違っても、このような辺境の地にフラフラと迷い込むことは無い筈だ。
「アイチの墓守研究所が壊滅した」
少年は呟くようにして言った。
「本来なら、魔族は墓守を恐れている為に、アイチの一辺には近寄らなかった。人間が居ても、墓守が居ると分かっているのであれば、リスクが高すぎる。だから、魔族はアイチ内の墓守研究所を襲うことは無かった。不可侵条約、誰が決めたわけでもない、ただ、当たり前になっていたルールを……アイツは、アレは、飛び越えてきやがった」
徐々に怒りが、憎しみが、本来墓守が持つとは思えない感情が、沸々と少年の中で沸き起こっている。握りしめた拳が、赤く滲みだす程に、激情を燃やしていた。
「奴は東に向かった。クハッ、どうだ、笑えよ、殺したくてたまらねぇ相手を探している最中、【葬儀屋】に拾われて……揚句殺されねぇ。無様に生き延びた先がコレだ。惨めなもんだろうがっ……!」
「笑わない」
カガリは、首を横に振る。
「この世界では、生きる者こそが、勝者」
墓守は、口を噤んだ。その目には、やはり、爛々と光る感情を映していた。