2 【墓守】と【葬儀屋】の邂逅、始まり
恐ろしいのは、自分に負ける事だ。
異端である身を省みて、己の存在意義を問う。【墓守】という総称。肩書。それを、失ってしまう事は、それだけしかなかった世界から飛び出した自分にとって、最も恐ろしい。自分が何であるのか。
殻を破り捨てた鳥は、空を目指す。
*
カガリが、彼を拾ったのは、寒い――身が凍える冷たい息吹の中の事だった。
雪に埋もれ、自身も吹雪に晒され、細い呼吸をしながら、そう、彼は生きていた。
「認識。……人間、否、【墓守】」
「…………誰だァ、てめぇ…………いや…………【葬儀屋】かよ…………」
倒れ伏したまま、男は低く唸った。多分、ここで埋もれてから、まだ時間は経っていないのだろう。偶然だった。運が良かった。……否。
【墓守】から見て、【葬儀屋】と出会うことは、何とも運が悪い。
けれど、カガリは別だった。カガリには、【墓守】を始末する気は無かった。だから、背中に背負った、炎を出すための木々を持ち直して、男の体を片腕で持ち上げた。
カガリは、少年を連れて、歩き出した。
この世界は、月の魔力が満ちる地球において、四つの人類が存在している。
古くより生存し、如何なる事象にも滅びる事は無かった、人間。
月の魔力により変質した、人間を喰う、魔族。
魔族を殺すべく、人間が進化した存在、墓守。
その墓守を殺すべく生み出された人工生命体、機械、葬儀屋。
時は二千二十五年。魔族が溢れる世界において、とある夫婦が産んだ子供は、羽があった。月のような美しさを持ち、透き通った粒子で出来たそれは、研究員の手により、月の魔力が創りだした物だと判明する。羽を持つ子供たちは、月の魔力を吸った所で、魔族にはならない。そして、同時に、魔族の食糧とはならないことが、ある子供を実験台として認識された。魔族はどういう訳か、人間を喰い、羽を持つ子供を食べなかった。
やがて、人間は、羽を持って産まれた子供達を、対魔族の戦士として育てる事にした。人間が生き延びるためだ。何でも、やった。まだ、年端もいかない子供達に洗脳的な教育と、彼等専用の武器を創り上げた。普通を理解できないまま、人の子でありながら、機械に成るよう教育が施された彼等は、墓守と呼ばれた。
そして、墓守は、人間たちの想像以上の期待を出してくれた。魔族は激減し、滅びた都市は栄えだした。ドームが設置され、月の魔力を阻害しながら人間が生活をできるようになった。
けれど、人間は臆病な存在だ。いつか、この圧倒的な力を持った墓守が、人間に牙を剥くのではないかと、恐れたのだ。
そして、墓守を殺す存在を創り上げる。人間に紛れ込み、そして人間を救け、墓守を討つ者として、葬儀屋、という人工生命体を。命令系統は一つのみ。墓守を殺せ。ただ、それだけだ。人間に飼われながら、彼等は人間の振りをする。
人間にとっての天敵は魔族だ。魔族にとっての天敵は墓守だ。墓守の天敵は葬儀屋だ。そして、葬儀屋は人間の命令には逆らえない。
循環し、関係性は、いつしか、世界のルールとなった。
引きずるようにして、墓守の少年を連れてきたカガリは、問答無用に、彼を布団に叩き落した。雪を払うとか、汚れている、という思考が過ぎったが、シーツは洗えばいい。凍え切っている体を暖かくする事が先決だろう。
「火……部屋の中は十分暖かいけれど。お湯でも掛けましょうか、墓守」
返事は、無い。意識はないのか、仕方ない、と、カガリは火を強くする。暖炉の炎が照らす部屋の外は、猛吹雪が起こっていた。少し遅かったら危険だっただろう。
世界は異常現象に包まれている。言うまでも無く、月の影響で、だ。突然吹雪いたかと思えば、一面の銀世界になる。不安定だ。太陽が、月の魔力で覆われた空に届かなくなり、かつて地球温暖化と騒がれた事もあったが、今では夏でも最高気温が二十度を行かない日も多い。
カガリも、雪を払いコートを部屋に吊るした。乾かさなくてはならなかった。黒いシャツ一枚になったカガリは、墓守の前に足を付く。
「…………何故、殺さねぇ」
「理解不能。貴方は殺されたいとお思いですか」
か細い声だったが、疑問をぶつけられ、カガリは冷静に応えた。ハッ、と馬鹿にしたように笑い、ドロリとした睨みを――それは、怒りという感情か、蜂蜜色に映して、吐き捨てる。
「それが、葬儀屋の仕事だろうが」
カガリは。私は、何も言えなかった。
冷たい、凍えてしまいそうな日の、事だった。
*
「カガリや、カガリや。ちとお願いを聞いてはくれんかね」
「はい、博士。カガリはお願いを聞きます」
ちょこん、と、互いに向き合いながら食卓の席に着いている。博士は、カガリを創りだした、研究者の一人だ。今は、ドーム……トウキョウやオオサカの事だが、そこから離れた、辺境の地に住んでいる。ドームの中は安全だと聞く。人間にとっての安息の地であると。
「墓守の坊主が、この雪の中飛び出して行ったので、連れ戻してこい」
「ええ…………」
「お願いを聞くと言ったろう」
「しかしながら、博士。このお願いは三度目です」
外は猛吹雪が続いている。もう、四日だ。墓守を拾って、三日。雪空の中、墓守は、カガリと博士が共に暮らす小屋を飛び出し、何処かへ行ってしまう。都度、カガリは探しに行って来いと言われる。不満だ。