最終話。百分の二のぼくと、百分の一の彼女と、百分の二の彼女。 前編
「期待してたの。愛称で呼んでくれること」
爽やかイケメンは、ぼくをしっかり見据えた。でも、その表情は柔らかい。
イケメンと言うより乙女だこれじゃ。普通の女の子だ。
今さっき戻りかけてたイケメン成分は、どうにも霧散したらしい。
「どういうこと、それ?」
よくわからない。里亜さんのためにぼくに無茶ぶりしたのに、ほんとはぼくにその無茶ぶりを突破してもらいたかった。なんだろう、この矛盾は?
「まったく華は、ズルいんだからなぁ」
困惑するぼくの表情を見てだろう、里亜さんが口を開いた。
橘さんの真意がわかっているとでも言うんだろうか?
「乙女心は複雑って言うでしょ?」
「って言うと?」
「あたしに唐木田君と接触するチャンスを作りたかったって言うのはほんとだと思う。けど、華も華で唐木田君とは仲良くしたかった。だから愛称呼べるかゲーム、なんてのを考えたんだと思う。違う?」
まるで探偵が種明かしをする場面みたいに、確信を持った調子で横の橘さんに視線を流した。
その答えは、「うん」と言う普段の爽やかイケメンからは想像もつかないよわよわしい頷き返事だった。
「愛称で呼ばれればいっきにオツキアイ、そうでなければあたしに告白のチャンス。
あたしには事前に言ってるから抜け駆けじゃない。その上で、唐木田君に言わせる静とあたし自身が言う動の違いはあるけど、平等にチャンスがある。
愛称呼べてあたしにチャンスが回ってこなかったのはちょっとむっと来たけど、今こうしてあたしと華の仲はこじれてない。隙が無いわよね、ほんと」
呆れたような里亜さんに、あははと苦笑いの橘さん。いや、この状態ならキッカちゃんって呼びやすいな。
イケメンオーラが消えてる今の橘さん、一気に親近感が沸いた。
「あたしのことをよく知ってるからこそとれた作戦なのよね、この愛称呼べるかゲーム。で、唐木田君もイケメンじゃない 心が。だからどこに転がろうとも最終的にはウィンウィンなのよ」
ふぅ、と里亜さんは深く息を吐く。それが推理を言い切ったからなのか、橘さんのしたたかさにまいってなのか、ぼくには測りかねる。
あまりの迷いのなさに、ぼくは開いた口がふさがらず、「へぇ」とか「すごいなぁ」とか、そんな音すら出てこない。
「全部にいい形でことを納める。ほんと、舌巻くわよ。でも、不意打ちの威力の強さなら、告白したあたしの勝ちだけどね」
そう言って恥ずかしそうに でも楽しそうに微笑む里亜さんである。
「それってもしかして、『好きだなぁ』のこと?」
ぼくに言わせれば、あれは告白された感じではなかったけど、橘さんの慌て様と里亜さんの赤面は告白って言われると納得できた。
「え? う、うん。そう。あれ、告白のつもりだったんだけど……効いてなかった?」
思わぬカウンターを喰らいました、とでも言いたそうな面喰いっぷりの里亜さん。「駄目だったみたいね、里亜」と含み笑いの橘さん。
「そっか、認識されてなかったかぁ」
右手で自分の右側頭部の髪を押さえつけて、溜息交じりに微笑の里亜さんである。いや、これは……苦笑かな?
「で、今さっき里亜さん、キッカちゃんズルいって言ってたけど。ぼく、そうは思わないよ」
すんごい自然にキッカちゃんって言えた。その上に、きまずい状態のですます調は威圧感がある気がして、口調を切り替えようって意識してたおかげか、サラっとタメグチになれた。自分でびっくりだ。
「ほんと?」
思ったままを言ったら意外だったのか、頼りなくこっちを見て聞いて来るキッカちゃん。いったいこの人は、爽やかイケメンと今の弱気のどっちが素なんだろう?
きっと、どっちも素なんだろうな。どっちも作ってるようには見えないし、この二人キャラを作るようには思えない。なんとなく、そんな感じがする。
なんて言うか、真っ直ぐって言うか。
「えぇ? そうかなぁ?」
一方里亜さんは、握った左拳を左こめかみに軽く当てて、その拳に頭を押し付けるようにした、面白いポーズで疑問の声だ。
うんと一つ頷いて、ぼくは理由を答える。
「だって、ほんとにズルいんなら里亜さんになにも言わずに愛称呼べるかゲームしてるはずじゃない?
それを里亜さんに話して、それどころか里亜さんのために、ぼくが愛称で呼べないって踏んでこのゲームを考えた。
すごいと思う、キッカちゃんは。ぼくのヘタレ具合を加味されてるのは、いい気持ちしなかったけど」
また一気にまくしたてたせいで軽く息が弾んだ。
それについて込みで苦笑いで閉める。
「結果は唐木田君の度胸が勝ったんだけどね」
そう言ってキッカちゃんが苦笑いする。でも、なんだか嬉しそうでもある気がするのはなんでだろう?
「色恋経験ぜんぜんないけど、それでも人を優先して半ば譲る形でことを進めるって、大変だと思うんだよね、ぼく。だから、キッカちゃんはすごいと思うよ」
なおも思ったことを言い足す。ついさっきの里亜さんじゃないけど、まるで推理を披露する探偵な気分だ。
ただ思ってることを言ってるだけで、ぼくの言葉はなんの解明にもなってないけどね。
「はぁ」
突如溜息を吐いた里亜さん。その息遣いには色気が混ざってて、ひそかにドキドキしているぼくです。
「だから、かっこかわいいんだよ唐木田君は。平気な顔して『プラス面をしっかり見てますよ』、って言うんだから。マイナス面の話ししてるのに」
ポっが引いて普通の顔色になってる里亜さん、今の声色にはうっとりが入ってて、
小柄な彼女に似合ったかわいらしい声に色っぽさが混ざって、まだ密かにドキドキしているぼくです。
ーー見た目とか雰囲気より、ひょっとしたら聴覚の方が反応ってダイレクトになるのかなぁ?