第六話。打開策と、唐突な怒涛の展開。
考えろ、考えるんだ。橘さんと里亜さんと、この状況でなにをどうすれば、ぼくら三人がいい関係を始めることができるのかを。
まず前提として、橘さんと里亜さんはすごく仲がいい。橘さん視点だけど、相手のために大がかり ーー ぼくにとってはだけど ーー な仕掛けを作って、告白への布石を敷くほどに。
そうなると、やっぱりどっちかとだけ仲良くなるのは、いずれどこかから不和が生じるんじゃないかと思う。それはいただけない、やっぱり繋がりを持つ以上は良好な関係でありたいし。
なら、やっぱりどっちとも仲良くなるのが最良、ベストだ。
ならここからだ。どうしたらいい、ベストな状況に行くための道筋はどこにある?
關係の前進に、ことの発端である愛称呼べるかゲームのクリア報酬の「付き合ってもいい」って言う賞品は最高だ。これを使わない手はない。
約束は守るって、橘さん宣言してくれたんだしね。
でも 彼氏彼女として以外に、どんな付き合うがあるんだ? きっと、おそらくこの「付き合ってもいい」って言う言葉が答えに繋がるはずだ。
考えろ、考えろ。付き合う、彼氏彼女じゃなく付き合う。なにがある? 言葉を探せ、表現を手繰り寄せろ!
この気まずい状況を打開し、この女子たちとの良好な関係を構築するための最良の答えを見つけるんだ!
付き合う? 付き合う。付き合う、付き合え。ちょっとそこまで付き合って。そんな言い方をできる間柄、はたしてなんだ?
他意なくたまたまそこにいたから、それはたしかにありえる。でも、これは現状の打開策には程遠い、却下だ。
なら他意なく狙ってそんな頼み方ができる間柄、はたしてなんだ?
そんな気軽できさくで、しかもお互い面識があって、更にある程度親しい。
……そうか! これだ!
「ーーあった!」
あったのだ。付き合ってもいい。この言葉に隠れたもう一つの路が!
「えっ、あの? 唐木田君?」
橘さんと、
「あったって、なにが?」
里亜さん、二人からの質問だ。思わず叫んじゃったことに軽く後悔しております現在わたくし、はい。
「あの。えっと。一つ、いいかな?」
気を取り直すため、白々しくもワンクッション挟むことにした。
「あ、はい。なんでしょうか?」
橘さん、恐る恐るだ。こんな橘さん、見るの初めてだな。
うん、と一つ頷いたぼくは見つけた答えを二人に披露する。一つ大きく息を吸った後で。
「こんなギクシャクした状態で彼氏彼女って言うのもいやだから。友達ってのでどうかな? 友達付き合い、なんて言うでしょ?」
これしかなかったのだ。ぼくが見つけた唯一の路。付き合う、に隠れたもう一つの路。
緊張したせいで、ちょっと早口になってしまった。今吸った空気を全部吐き出す勢いで喋ってたみたいで、言い終えたら少し苦しくなった。
だからひそかに深呼吸を数度する。できるだけ静かに呼吸したはずだけど、それでもぼくにはけっこう大きく呼吸音が聞こえた。二人にバレてなきゃいいけどな。
「友達……付き合い?」
きょとん。そう表現するのが一番しっくり来る、ちょっと間の抜けた表情で橘さんがぼくの言葉を繰り返した。
動いてない橘さんの表情を補うように、里亜さんが目をパチクリしている。
「そう。友達付き合い。駄目、かな? 言葉遊びだもんね、こんなの」
苦笑するしかない。爽やかイケメンの橘さんに、こんな間抜け面をさせてしまったのだ。できる顔は苦笑いしかない。
「……ありがとうっ」
いきなり力強くお礼されるのと同時に、両手をガッシリと掴まれて、ぼくが間抜け面を晒すことになってしまった。
「あ、ごめん。つい」
慌ててぼくから手を離した橘さん。
「いや、それはいいんだけど。あの、橘さん? なんでお礼?」
あ……ついキッカちゃん呼び忘れて素で言っちゃった。
「だって、わたし、ひどいことしたんだよ。君を道具にして、君を絵さにして、ゲームをしかけた。比喩もなにもない、本当の意味のゲーム。それも勝つとわかって……」
一度そこまでで言葉を切ると、「ううん」と首を横に振る。
「勝てると思い込んで、本当に遊び感覚だった。だから、ほんのスパイスで本音を混ぜて君に発破をかけた。そんなわたしなのに。こんなわたしなのに……」
どんどん声に力がなくなって行って、しまいにはその黒真珠のような瞳が涙で潤み始めた。
「わたしのことも。里亜のことも考えてくれたんだよね? だから、お礼……」
それより後、橘さんは唇をかんで涙を耐えるだけになった。
「唐木田君。やっぱりかっこかわいい」
変な納得を里亜さんにされている気がする。
「ぼくだって、打算ですよ。せっかく橘さんと付き合えるチャンスだから、なんとかしてこのチャンスを不意にしないようにするにはどうしたらいいのか。そう考えただけのことですから」
半分だけ真実を話した。面識がなかった里亜さんとも仲良くしたいからとはとても言えない。
って言うか橘さん、なんでぼくの真意に気付いたんだ?
正直言うと、頭が沸騰しそうだ。こんなに一気に思考回路を短時間に動かしたことがなかったから。
「またまたそんなぁ」
ご謙遜をと言わんばかりのニヤリ顔で里亜さんが、ぼくの左肩を右の人差し指でツンツンと突っついて来た。
ーーなんだこの人たち、心を読んででもいるのか?
「え、いや、ほんとにそうなんだけど……」
あまりの洞察力にぼくは戸惑うばかりである。
「黙ってる間、いろんなこと考えてたでしょ? あたしたちを交互に何度も見てたもん」
「え、そうだったの?」
なるほど、目の動きで二人のことを考えたって言う推理を立てたのか。すごい、しかも目の動きはぼくが意識してないところだった。
ーーこの二人、探偵やれるんじゃないのか? そう思えるほどの推理力。おそるべし。
「自分のことだけでも、華のことだけでもない。あたしを含めた三人が一番いい形で収まるためにはどうすればいいのか。かな、考えたことは」
里亜さんに同意するように、里亜さん右の橘さんが何度も頷いている。どうも涙、ひっこんだみたい橘さん。
「……エスパーかなにかですか、あなたがたは?」
最早引くレベルだ。
「草食系は、おしなべて人がいいから。それと君の雰囲気から考えただけだよ、わたしたちは」
なんか、イケメンが戻って来てないか?
「かっこかわいくて、なおかつ自然に気遣いできて。あなただってイケメンだよ、唐木田君」
「ぼくが……イケメン?」
そんなバカなと思ってる間もなかった。
「好きだな、やっぱり」
里亜さんが囁くような声色で、顔を真っ赤にしてそう言った。
乙女モードにでもなったのか?
「あっズルい里亜どさくさに紛れて!」
なにが起きたのかわからず無表情になってる間に、なんか橘さんが妙なことを言っている。
それも、顔赤くして。
ズルい? どさくさに紛れて?
「だから華も好きになったんだね」
「……え?」
なんか今。聞き違いにしたくないけど、聞き違ってそうな言葉が聞こえたんだけど。
「ちょ、ちょっとっ 里亜っ」
橘さんが顔赤らめたまんま、慌てて里亜さんを注意してる。グルっと里亜さんの方向いたら、ポニーテールがブンっと振り回された。凄まじい必死っぷりだなぁ。
……って、え?
「え。え?」
橘さんのリアクションで理解した。理解できてしまった。
ーーだから。
「えええっっ!?」
漫画で例えるなら1ページまるまる使うほどの大声を上げてしまったのだ。
そして、頭から湯気が上がってる気がする。誰か助けて、この疾風迅雷にして怒涛の展開っ、頭がついていかないっ!
「だって、よく考えてみて唐木田君」
大声出してびっくりしたぼくに大して驚くことなく、今さっき乙女全開だったはずのリスっぽ女子は、
ちっちっちーと言わんばかりに右手の立てた人差し指を左右に振りながら、なにやら力説の構えだ。
頬がまだピンクに色づいた状態で。
「なんでいっつも華が、同じスターターの棚橋君じゃなくて、あなたに話しかけてると思う?」
「棚橋君のガタイのよさで、話しかけづらいのかなって思ってたんだけど、違うの?」
「それもあるけど」
橘さんがそう言った直後、わかんないかなぁ、と里亜さんが溜息交じり。
ちょっとかぶり気味に言ったその様子はまるで、余計なことを言うなとでも言うようだった。
「あなたと少しでも多く話たいからに決まってるじゃない。唐木田君だって、できれば華となるべく多く話したいでしょ?」
ぼくの気持ちを完全に見抜かれている。なんでだ、ぼくは今日この里亜さんと初めてまともに会話したって言うのに。
「え、あ、うん。それはまあ」
この押しの強さに気圧されてしまい、フラフラとたたらを踏むぼく。今の里亜さんが、ぼくには自分より大きく見える。
そしてたたらを踏んだぼくが、この女子二人に翻弄されてる状況を体現したみたいで、自嘲の笑みがこぼれた。
「男子も女子も、考えることは似たり寄ったりってこと。だからあなたの思ってることも予測がついたってわけ」
そう諭すように、でも勝ち誇った表情で言う里亜さんに、そうなんだと面白く頷くぼく。
よし、少し思考回路が復旧してきたぞ。と思ったところで疑問点が。
橘さんが里亜さんのためを思って、愛称呼べるかゲームをふっかけて来たんだとしたら、説明が付かないことが一つあるぞ。
なんでぼくが制限時間に間に合った時にあんな、言えたことにほっとしたような顔したんだ?
「ねえ橘さん?」
「え、なに?」
ぼくが質問することが予想外だったのか、少しびっくりしたみたい、目をさっきの里亜さんみたいにパチパチまばたかせている。
と言うか、さっきから一度たりともキッカちゃんって呼んでないんだけど、そこにはノータッチでいいのか?
「うん。あのさ。里亜さんへのきっかけに、愛称呼べるかゲームをぼくに振ったんだよね?」
「うん、そう」
ちょっと、橘さんの瞳が揺れ始めた。なにを聞かれるのか読めてないみたいだ。
「それならどうして、ぼくが時間に間に合った時。あんな、ほっとした顔したの?」
純粋な疑問。わかんないから聞く、単純な質問だ。
「実は」って、目を泳がせたまま橘さんは言って、その少し後気を取り直したのか、ぼくをしっかり見据えて切り出した。
その理由を。




