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第五話。ゲームの結果とゲームの理由と。

「じゃ、いくよ。制限時間は三十秒」

 そう言って橘さんは、右手でスマホを持って顔のところまで上げた。画面をこっちに見せている。たしかに、砂時計の中に「0030」と表示された画面になっている。

 

 生唾を飲み込むぼく。強気に出たものの、緊張することにはかわりない。

 

「よーい、スタート」

 器用に裏側からカウントをスタートさせた橘さん。ぼくのリアクションをまったく無視していきなり始めてしまって、一瞬呼吸が止まってしまった。

 

 チッチッチッチと時を刻む音がスマホから流れる。速押しクイズの回答を焦らせるあの音だ。時計の音四回毎に一秒の感覚で時が進む。

 

 

 ーーって、カウントのタイミングをのんびり観察してる場合じゃなかった!

 

 

 深呼吸する。一回、二回、三回。くっ、駄目だ。砂時計の0に近づいて行く数字がが気になって、深呼吸で落ち着けないっ!

 

 余裕の笑みだ、橘さん。くそう、これ以上遊ばれてたまるか……!

 でも、カウントダウンが邪魔して声を出すことに意識を向けられない。どうしたら……どうしたらいいんだ?

 

 ああっ、もう20秒しかないっ!

 

「ぐ、ぐぐ」

 き、って言いたいのに声が詰まって発音できない。緊張感は喉を殺すってことか。

 

 ああっ、後15秒っ!

 

「残り時間は」

 そう言ってスマホの向きを自分の方に向けた橘さん。うっかり取り消して、制限時間がリセットされたりしないかなぁ?

 

「うん、後十秒だね」

 淡い期待はもろくも崩れ去った。砂の城のように。

 

「ぐっ……」

 まずい、時間が。でもカウントダウンが気になるっ!

 気になる……? そうか。気になるんなら。

 

「え?」

 不思議そうな橘さんの声の音質が、両耳を塞いだことでこもったようにかわる。そして、ぼくは目を閉じる。

 これなら目も耳もカウントダウンに惑わされないで済むっ!

 

 ーー深呼吸を、一回、二回、三回。よし、いくぞ!

 

「く。き……き」

 トスっと、突然来た右胸への衝撃でぼくは息を飲んだ。その衝撃が掌だってわかったのは、順々に指を動かしてその指の数を教えて来たからだ。数は五。

 続けて、衝撃が来る。その指の数は四本。

 

 

 ーー残り時間を触れて知らせて来るとはっ。

 

 

「き」

 三秒。

「き……」

 二秒。

「キッカちゃんっ!」

 声を出した時、目をきつく閉じたのがわかった。目を閉じた上で更にキュっと強く目を閉じた。今のひとことに、ぼくはよっぽど力が入ってたみたいだ。

 

 息が上がってるのが自分でわかる。ドミノランじゃない普通に走った時の、100m走後と同じぐらいの息の上がり方だ。

 

 

 たった一度キッカちゃんって呼ぶ、ただそれだけのことでこれだけ息が上がるなんて……。

 

 ヒュっと服に触れてた橘さんの手が、離れたのがわかった。ゆっくりと塞いでた耳から手を離して、目をゆっくりと開ける。

 

 見えた橘さんは、信じられない様子で目を見開いて固まっている。嘘でしょ、と言った後かのように口も開いた状態だ。

 

 

「……どう、だったんですか?」

 まだ息が整わないうちにぼくは尋ねた。間に合ったのか、間に合ってないのかを。時間としてはギリギリだったからだ。

 

「あ、えっと、ね」

 なにを戸惑ってるんだろう橘さん。ただ、イエスかノーかを答えればいいだけなのに。

 

「うん。ギリギリで、ミッションクリア。おめでとう、二番手……じゃない、唐木田君」

 なんで困った顔してるんだろう? 同時にほっとしたようにも見える、どういうことなんだろうな?

 

 なにはともあれ。

 

「よっしゃー!」

 思わず右拳を突き上げて叫んでしまった。そしたらまた、橘さんが目見開いて二 三歩後ずさりしてしまった。

 

「ご……ごめんなさい、びっくりさせちゃって」

 慌てて謝ったら、

「あ、ううん、いいの。急に大声出されてびっくりしただけだから」

 って右手ひらひらさせて許してくれた。

 

「そう? それならいいんだけど」

 ほっと一息。橘さ……キッカちゃん ーー 慣れられる気がしない ーー は、いつのまにか左手に持ち替えてたスマホを、そのまま左のスカートポケットにしまった。

 

 

「ちょっと華っ!」

 突然、そんな声が怒鳴り込んできた。

 声の主は小柄な女子でうちの制服を着ている。短い茶髪とクリクリした目がリスみたいな雰囲気の、青セーラーに赤リボン。

 

「あ、里亜」

 ばつが悪そうに声の主、里亜さんの方 左後ろに体ごと顔を向けたたちば キッカちゃん……呼び慣れられない、助けて……!

 

「どういうことよ! 話が違うじゃない!」

「すごい権幕……」

 話? なんのことだろう? って言うか、どっから見てたの?

 

「わ、わたしもまさか呼べるなんて思わなかったの」

 角度の問題で顔がよく見えないけど、橘さん ーー 口に出す時だけキッカちゃんって呼ぶように心がけよう ーー は困ったような声色だ。

 

「どういうことですか」

 発したぼくの声のトーンが少し落ちた。

 二人の会話が見えない。ただ、どうやらぼくは二人のなにがしかの駆け引きに利用されていたらしい、って言うことだけはわかった。

 

 

「その、実はね」

 こっちに体の向きを戻した橘さんは、申し訳なさそうに左手で頭を掻きながら、この二人の間でどんな取り決めが行われていたのかを話してくれた。

 

 

「今聞いた通りなんだけど、わたしが愛称呼べるかゲームを持ちかけたのは発破だったの。この里亜に対するね」

 「り」と同時に左手の人差し指で、後ろにいる里亜さんを示す。

 

「え?」

 まだ話が見えない。どうして里亜さんとぼくが繋がるんだろう?

 

 

「君がわたしの愛称が呼べなかったら、その時はこの里亜が君に告白するって話だったんだ」

 

 

「えええ?! どういうこと? ぼく、里亜さんのこと、さっきたちばn きっかちゃんが名前呼んだので、初めて名前知ったのに」

 わけがわからない。思わずキッカのkをどっちも強調してしまったほどわけがわからない。

 ……いや、キッカの呼び方については単純に頑張って呼んだってだけなんだけど。

 

「そ、そんな いきなり下の名前で呼ぶなんて……」

 里亜さん、戸惑ってる。しょうがないじゃないか、ぼく里亜って名前しか知らないんだから。

 

「唐木田君。君、けっこう注目されてるんだよ女子ドミノランナーの間で。平たく言うとモテてる」

「そうなんですか?」

 まったく実感がないので、他人事のように尋ねた。硬いなぁって苦笑の橘さん。いきなりタメグチなんてむりですって、と力説するぼく。

 

「その小さな体で、見るからに 聞くからに草食系なのに、走る時の真剣な様子のギャップがねぇ」

「説明台詞で理由教えてくれて、ありがとうございます里亜さん」

 とりあえずお礼はしておく、それしかリアクションが思いつかなかったとも言う。

 だって、まさか説明台詞が飛んで来るなんて思わないから。

 

「で、ぼくが愛称で呼べるわけがないって思ったから、愛称呼べるかゲームなんて物をふっかけて来た、ってことですね。里亜さんが勢い付くように」

 気を取り直して話を軌道修正するのと同時、また右拳をググっと握り込んだ。

 

 ーーそんな信頼感はいらない。

 

 

「うん。でも、わたしから振っておいて成功した得点がないんじゃゲームにならないし、少しぐらい頑張ってくれればゲームとして面白くなると思って、付き合ってもいいって得点を提案したんだ」

「そうすれば根性出すと思って、ですか。そうすればゲームとしてハラハラできるから」

 睨みつける。自分でびっくりした、こんな目付きができるなんて思わなかったから。

 

「そうです」

 肩をすくめた橘さんは、思いっきり息を吸った後で、「ごめんなさいっ!」って、両手を合わせて頭を下げてきた。

 

 それもポニーテールが一本角みたいに見えるほど持ちあがる勢いで、しかも腰を90度折って。

 

 

 ……これ。膝も両手も額も地面についてないけど、実質土下座だよなぁ。流石イケメン、ぼくよりずっと男らしい。

 口に出しちゃ駄目な賛辞だから心の中だけにとどめておくけど。

 

 

「でも大丈夫だから。ちゃんと約束は守るから」

 顔は上げたものの、まだ少し体を折って謝り継続状態の橘さん。なんで必死なのか、ぼくにはわからない。

 

「複雑だよ。嬉しいは嬉しいけど」

 溜息交じりに吐き出す。

 憧れの橘さんと付き合うことができる、それが確定した。このことは素直に嬉しい。

 

 だけど、それが実はぼくのヘタレ度を当てにした、本当の意味でのゲーム つまり、遊びを盛り上げるための餌だった。それはすごくいやだ。

 

 

 気まずい沈黙。

 

 

 嬉しいと怒り、プラスとマイナス。相反する感情がぼくの中で渦を巻く。だから、ぼくはなにも言えない。

 次に出す言葉は反射じゃいけない。勢い任せで今なにかを言えば、確実にバッドエンドだ。

 

 だから、全力でこのぶつかり合うプラスとマイナスを制御して、最低でも0の状態で言葉を発さなきゃいけない。冷静になるんだ、ぼく。

 チャンスを殺すな、マイナスを残すな。

 

 

 女子たちがこの無言の間なにを考えてるのかは、勿論わからない。ぼくは、この状況をベターに済ませる答えを探して思考回路をフル回転だ。

 

 

 素直に付き合ってもいいと言う賞品を利用して付き合ったとしよう。確実にこんな気まずい状態から始まる彼氏彼女なんて、いびつになってしまう。

 女子と付き合ったことなんてないぼくだから、推測の域を出ないけど想像には難くない。

 

 わだかまりを払しょくするのに時間がかかってしまうだろう。その払拭にばっかり気を回してしまって、そのうち疲れて自然消滅してしまうんじゃないだろうか?

 

 現状でさえ自然消滅って答えが見えてる彼氏彼女として付き合う選択肢は、おそらく一番の悪手。

 

 でも橘さんとの関係は、ただ見てる人とアイドルから前には進ませたい。

 

 それに、ぼくのことを告白したがるほど思ってくれている里亜さんとは、できれば悪い関係になりたくはない。

 

 美少女であること以外にも、好いてくれてる人との關係を悪くしたくはないからだ。

 

 

 

 なら、考えないといけない。この目の前の美少女二人と、どうしたらいい関係を築いて行くことができるのかを。

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