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第四話。試合結果とゲームの開始。

「ククク。華、クククク」

 歩き始めながら、今しがたわーわー言われた棚橋君は、平気な顔で含み笑いしている。

 里亜さん、まったくこたえてないよこの人……。

 

「どうしたのさ、棚橋君?」

「だって、華だぞ。あのイケメン王子が華ちゃんって、ヒロイン感増しすぎだろ。似合わねえって」

 ああ、それで笑ってるのか。

 

「わからなくはないけど、橘さんの下の名前なんだから、似合わないは失礼じゃないかな?」

 ぼくは似合わないとは思わない。むしろそのギャップでかわいさ倍増である。

 

 ーーあれ? ギャップってことは、ぼくも似合わないって思ったってこと?

 

 いやいや、違うよ。思ってないよ、似合わないとか。うん、大丈夫。

 って……誰に弁解してるんだぼくは?

 

「さて、ああ言ったんだ。順位がどうなるか、見せてもらおうじゃねえか」

 パイプ椅子が学校毎、大きな四角形にズラっと並んでる控え席に到着したぼくたち。ドッカと腰を下ろしながらそう言う棚橋君は、さながら親分だ。しかもパイプ椅子がギィってきしんでる。

 

 その左横に普通に腰を下ろしたぼくは、さながら親分の腰巾着か。とても右腕には見えない、自分で言うのも情けないけど、体格差でこれはいかんともしがたいんだよね。

 

「最初託すって言ってたのに」

「あんな風に食ってかかられちゃ、腹も立つ。小リスの甘噛みだったとしてもな」

 その言い回し、ほんと親分って感じだよ、棚橋君。

 

「へえ、右コースの奴等。男子と違って普通に女子な体格だな」

 並ぶ選手たちを見て、棚橋君が感心したように言った。

「女子まであんなガッチリしてたらいやだなぁ」

 苦笑で答えるぼく。コース辺りのザワザワしてる声のトーンが高いのは、流石女子。

 

「うちの奴等、どんなもんかな?」

「ぼくとしてはけっこう早いんじゃないかと思うけど、どうなるかな?」

「おいおい適当な事言うなよ」

 軽く右手で、ぼくの左肩をチョップしながら軽い口調の棚橋君。

 

「敵がいねえんじゃ、早さの比べようがねえだろ。俺たちゃ女子が走ってんの内輪練習でしか見てねえんだから」

「それはそうだけど……」

 比較対象が自分たち男子、って言うのは駄目なんだろうか?

 

「ところで、作戦ってなんだったの?」

「ん? ああ、走り出した時に消し飛べーって言っただろ?」

「うん」

「あれな、他のランナーたちがびっくりして一瞬でも止まると思って全力で叫んだんだよ」

 

「そうだったんだ。ぼく、てっきりテンション上がりすぎて叫んだんだと思った」

「まあ……それは、否定できねえんだけどな」

 ハハハって小さく乾いた笑い。もしかして作戦って、方便なんじゃ?

 

「でも、結局は効果なかったね」

 推測突っ込みは胸にしまって結果だけをつっつくことにしました。

 

「なんだよなぁ。周りに関心ねえのかな、連中は?」

 考えるような言い方の棚橋君に、「どうなんだろうね?」と相槌する。

 

「位置に付いてー」

 なんて離してたら、いよいよ女子の走る時間だ。

「始まるね」

「お手並み拝見、だな」

 徐々に静まり返って行く会場。そして、完全な静寂と、それに反発するように張りつめて行く空気。

 

 パン!

 

 レース開始を告げる空砲が響き渡った。

 

 橘さん、里亜さん。二人が起点だ。二人の走りとバトンタッチタックルでその後の早さのベースが決まる。

 

「ファイトー!」

 また、自分でびっくりするボリュームの声が出た。

「いけぇっ!」

 お手並み拝見、なんて言ってた棚橋君は、思わず耳をふさぐほどの大声で声援を送っている。

 

 それに苦笑いするぼくなのであった。

 

 

***

 

 

 パン、パン。全チームのフィニッシャーがゴールしたことを知らせる二発の空砲が、フィールドに響いた。

 

 

「くっそぉぉっ!」

 握り拳を振り下ろして、棚橋君が本気で悔しがっている。

「惜しかったぁっ」

 ぼくも歯を食いしばって両拳を強く握りしめた。

 

 結果は惜敗、ほんとに惜敗だったんだ。順位は二位、勝ったのは試合会場を提供してくれた、今いるこの学校の女子ドミノラン部で。

 

 だけど、だけどっ。うちの女子とは鼻差と言うほど僅かな違いしかなかったんだっ。

 後ちょっと。後ちょっとうちの女子が早ければっ!

 

「もうちょっとだったのになぁ」

 橘さんの声。見れば疲れた表情で、悔しそうに前髪を左手で額に押し付けている。

 

「ほんとに後一歩ってところだったねぇ」

 続けてしたのは里亜さんの声で。目線をやると、はぁって溜息突きながら両手で自分の髪を掻き回している。

 それはもうワシャワシャと。

 

「お疲れさま」

「ほんと、後一歩の差だったんだぜ。そっちじゃしっかりとは見えなかったろうけど」

 ぼくに続いて棚橋君も、声をかけた。

 

「殆ど並んでたのは見えたよ。まさに惜敗、運負けってところかなぁ」

 大したことなさそうに言うけど、きっと橘さんだって悔しいと思うんだよね。

 爽やかイケメンさんだから、棚橋君みたいにくっきりとは表に出してないけど。

 

 大きくのびをしながら、ふぅって深く息を吐いた橘さん。里亜さんと揃って、ぼくたちの近所の空いてる席に腰を下ろした。

 

 そして流れるように、ごくごく自然に、橘さんがこっちに意味ありげな視線をよこした。

 

 

 ーー忘れてた、試合の興奮で。この後ぼくには……例のとんでもない勝負ゲームが、待ち受けてるんだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「さて、この辺でいいかな?」

 徐に言う橘さん。ぼくは思わず「そこの、公園で……ですか」と生唾を飲んで尋ねていた。

 

 そしたらこの人は、

人気ひとけないし、ちょうどいいでしょ」

 とあっさりである。小さな子供たちがワーキャー言いながら、ぼくたちの横を駆け抜けて行った。

 

「……はぁ」

 走って行く彼等を見て、数時間前の惜敗を思い出して溜息が出た。

 

「惜しかったよねぇ」

 橘さんも同じなのか、そう言ってから、空を見上げてふっと息を吐いた。

 

 

 ドミノラン部としての活動を終えて会場を後にして。他の生徒たちがバラバラと午後の予定に散った後が今で。

 ぼくと橘さんは、制服に身を包んだ状態で会場から歩いて帰っている。

 

 青セーラーの胸のところに赤リボンと言うのが、橘さんの爽やかさにかわいらしさをプラスしていて、正直反則級にかわいい。

 

 どうにかなってしまいそうだ、いろんな意味で……!

 

 現在、ぼくの頭と心の中はガッチガチに緊張している。

 

 

 まず、憧れの橘さんと二人っきりで歩いていると言う状況に緊張は頂点。

 しかしこの後のことを考えると、緊張感は頂点通り越して空の彼方だ。

 

 ぼくにはこれから、この爽やかイケメン女子をキッカちゃんと言う愛称で呼べるかどうか、と言う度胸試しが待っている。

 

 なんと驚いたことに、度胸試しに成功した暁には、付き合ってもいいと言うのだ。

 そのあまりにも簡単な、しかしぼくにとっては難しい達成条件に、男としての反骨心と言う物を目覚めさせられた。

 

 同時に、爽やかイケメンは尻が軽いのかと、衝撃と同時にその感覚に心配になったぼくである。

 

 

 が、なにはともあれ。こんなチャンスはもうないだろう。だから、強制的にやることにさせられたこのゲーム、そのまま乗っかることにしたのである。

 

 

 入った公園はそんなに広くはないけど、ブランコ 鉄棒 滑り台 砂場に広場と、イメージされる公園の施設は大方揃ってる感じだ。

 おそらく今さっきすれ違った子供たちは、ここで遊んでたんだろう。

 

「どうしたの橘さん、急にキョロキョロして?」

 突然挙動不審になった橘さんに、訝しんだ視線を向けてしまったぼく。

 これから愛称で呼ぼうとしてる相手にそんな目線を向けてしまったのだっ。

 

 ……落ち着け、落ち着くんだ。落ち着いて、普通の目付きに戻すんだ。……よし、大丈夫。大丈夫だ。

 

 

「周りにほんとに人がいないか確認したの。だって、こんなゲームしてるの人に見られたくないじゃない?」

 苦笑いで答えてくれた橘さんに、そうだねって頷く。

 だったらそもそもこの愛称呼べるかゲーム、持ちかけなきゃよかったのに、って言う突っ込みは気合で飲み込んだ。えらいぞぼくっ。

 

「じゃ、早いとこやっちゃおっか」

「え、ええっ?! もうやるんですかっ!?」

 そりゃ驚くよ、後ずさりもする。

 

「だって、見られたくないじゃない?」

「また言う……」

 思わずぼくも苦笑い。

 

 ぼくの苦笑いをスルーしたかのように、スカートの左ポケットからスっとスマホを取り出した。

 こんな動作もサラっとしてて、爽やかイケメンっぷりを惜しみなくこっちに魅せて来る。

 

 なんだろうかと眺めていると、なにかアプリを立ち上げたらしく、一つ頷いた橘さん。

「なに立ち上げたんですか?」

 尋ねると、うんと相槌してから立ち上げたアプリの説明をしてくれた。

 

「カウントダウン用砂時計のアプリ。愛称呼べるかゲーム、時間制限つけるから」

「ええっ聞いてないですよそんなのっ!」

 驚愕仰天したぼくに、当然じゃない、とあっさり言ってのける橘さんはその理由を続けて教えてくれた。

 

「時間制限なしだったら、わたしたちここから動けないでしょ?」

 またもあっさり。つまりそれは、橘さんはぼくの予想通り愛称で呼べないと踏んでいる、と言うことだ。

 

「くっ」

 右拳を握り込む。予想が当たって嬉しくないことがあるなんて、思わなかったよ。

 

「え?」

 驚いたような声が正面から聞こえた。目線をしっかり向けると、

「二番手君、そんな顔するんだ」

 目を丸くしている橘さんの、意外を満面に浮かべた顔があった。

 

 

 ーーやってやろうじゃないか。呼んでやろうじゃないか。あなたのことを、愛称で!

 

 

 強く見据えた橘さんの表情は、なおも驚いたままだ。

 

「もし呼べたら。ぼくのことも、二番手君じゃなくて、ちゃんと呼んでください」

「う、うん。わかった」

 目をパチパチまばたかせて驚きの消えない表情のままで、橘さんは頷いてくれた。

 

 

 

 ーーよし。俄然、挑戦への気概が湧いて来たぞ!

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