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第三話。駆け抜ける男子三百人。

「おはよ、二番手君。お互い吹き飛ばないように、吹き飛ばさないように頑張ろうね」

「あっ、た 橘さん。お おおおおはようございます」

「よ、爽やかイケメン。相変わらず同じスターターの俺には声かけないんだなぁ」

 ニヤニヤしてるよ棚橋君……。

 

「ああ、いや、その。お互い吹き飛ばさないようにしようね」

 あからさまに困った感じの対応だな橘さん。棚橋君の見た目は、女子にとっては話しかけづらいんだろうな。その気持ちはわかる。

 

「よしよし、ようやくスターター同志って感じになったぜ。お互い全力で先のランナーを叩き出そうぜ」

 「うん」って頷きながら、棚橋君と橘さんは気合のハイタッチ。それじゃのひとことを残して、橘さんは女子ランナーたちの方に歩いて行った。

 

「うっしぃ気合も入ったし。頼むぞ相棒っ!」

「ぐっっ、また右肩を……痛いんだって棚橋君っ。試合開始直前でテンション上がってるのはわかるけど、肩外れたらどうするのっ」

 自分の右肩をさすりながら抗議するぼく。

 

「あ、ああ すまねえ。つい、な」

 苦笑して答えた棚橋君に、まったくなぁっと苦笑いを返す。

 

 これから初めてのドミノランの試合か……よし。

 ーー頑張るぞ。

 

 

***

 

 

「あぁ、緊張してきたぁ」

 両膝を意味もなくさすりながら、溜息みたいに声を吐き出した。まさに今、試合の直前。他の選手たちも、一様に息をひそめている。

 

 ーー約一名を除いては。

 

「気をつけといてくれよ唐木田」

 小声で後ろから声をかけて来るのは、勿論我がドミノラン部男子スターターの棚橋君だ。

 

「気を付けるって、なにをさ?」

 声を潜めて尋ねる。

「俺、今。自分でわかるくらい、力が体ん中でうずいてんだ。ひょっとすっと、練習ん時よかパワー出るかもしんねえ。言うなりゃ120%パー

 

「えぇっ、困るよそれ。100%でなんとか力のコントロールがうまくできるようになったんだから、それよりパワー出されたら、ぼくほんとに吹き飛んじゃうって」

 

「そこをなんとかして次ランナーにパワーを受け渡してくれ、な?」

 今回は茶化すような言い方じゃなくて、ほんとに頼んでるって感じの言い方で、両肩に置かれた手の力がひっそりしてて、その本気っぷりにちょっと驚いてしまった。

 

「……わかった、がんばってみるよ。うん」

 正直自信はない。棚橋君の普段以上のパワー、うまくブースターにできる気がしないからだ。

 

 

「位置に付いてー!」

 息をひそめさせる声がかかった。ぼくたちは言葉を止め、静かに集中する。

 

 

 まるで、この場に誰もいないかのように音が消える。けど、静かな空間と反比例して、放たれる気迫はたしかな存在感を持って、ぼくの体にのしかかってきてる。

 

 ーー来る。そう感じた直後。

 

 

 パン!

 

 

 レース開始を告げる空砲が響き渡った。それと同時に外野、控席が喧騒を取り戻した。

 

 

「消し飛べえええっ!!」

 後ろから、最早バトンタッチとかそんなかわいらしい表現を通り越した、攻撃宣言が迫って来る。

 

「うおらぁっ!」

 なんの容赦もない、たんなる暴力にしか思えない声と同時に襲い掛かって来たのは、

「うわぁっ!」

 完全なる体当たりだった。

 

 ぼくは文字通りに突き飛ばされてしまい、バランスを取るかこのまま三番手ランナーに突撃するかの選択を一瞬で、最適解を選び取らなくっちゃいけなくなった。

 

 そして、ぼくが選んだ答えは。

 

 

「ぶつかりますよっ!」

 バランスの度外視だった。

 

 一度地面に付いたものの、走ったんじゃ勢いが死ぬと思って、そのまま体を丸めて、勢いを持ったままで三番手ランナーの、腰の上辺りに小さく飛んでぶつかった。

 

 おわっっ、って言う驚いた声を返事代わりに三番手ランナーを押し出したぼくは、ぶつかった反動で後ろに跳ね飛んでしまいその結果、

 

「おっとっと」

 一度棚橋君にぶつかることでようやく、ズサって言う派手な音を立ててストップすることができた。

 

「ふぅ、やっととまった~」

 安堵してる間に、既にランナーが五番目になっていた。

 

「消し飛べはないでしょ消し飛べは」

 立ち上がって、ぼくは後ろの棚橋君に体ごと向いて抗議する。

 

「わりい、テンション上がっちまって」

 左手で頭をボリボリ書いている。まったく、と溜息交じりのぼくは、背中の走者番号札を押し込んでゼッケン状態にする。

 

「あ、どうなってる?」

 慌てて正面 ゴールの方に向き直ってうちのランナーの番号を確認、現在十二人。言ってる間に三 四 五 六、と順調に進んで行く。

 

「うわ、この学校の人達うちより二人分早い」

 左を走る今いるこの、試合会場を提供してくれている学校の人達だ。

 

「右の妙にガタイのいい奴等も一人分は早いな。あのゴツさでショルダータックルで進んでるのか。アメフトかラグビー部が掛け持ちしてんのか?」

 棚橋君にそうだろうねって相槌してから、ぼくは言葉を続ける。

 全部で合わせて3コース、それがドミノランの最大同時走者数。数が少ないおかげで、他チームの状況を見るのが楽なのはありがたい。

 

「たしかに一人4mだから、準備運動としてはちょうどよさそう」

 このドミノラン、なんで最低百人って必要人数なのに、こうして各所で部活として成立するのか。

 

 人が集まるのは、たぶんぼくみたいに4mだけ走ればいいからって、軽い運動感覚で始めようって思う人が多いからだろうと思う。

 右コースの人達みたいに、他部活のウォームアップに使う場合もあるみたいだね。

 

「くそ、早く走れよランナー!」

「がんばって! ぼくたち最下位だよ!」

 棚橋君に触発されて、自分で言うのも変だけど珍しく大声が出た、しかも右足一歩前に踏み出して。ちょっと自分でびっくりしちゃった。

 

 ぼくたちの声に触発されたのか、他のランナーたちも声を出し始めた。

 

 女子たちの力強い応援の声がする。思わずそっちに目をやってしまった。

「橘さん……」

 橘さん、手でメガホン作って大声で応援中であった。

 

 この普段しないような、ちょっと子供っぽい感じ。かわいいなぁ。

 

「ニヤニヤすんな」

 背中を軽く突かれて、うぐっと息が詰まった。

「イケメン王子よりランナーを見ろランナーを」

 じとめで振り返ったら、やれやれって感じの声と顔で言われてしまって、「そうですね」と苦笑いを返すしかないぼくなのであった。

 

 

***

 

 

 パン、パン。全チームのフィニッシャーがゴールしたことを告げる二発の空砲が、フィールドに響いた。

 

 

「ちくしょう、駄目だったか!」

 後ろで悔しがる棚橋君、応援の声もがっかり。ぼくは張りつめてた緊張の糸がいっきに緩んで、ふぅぅっと深く息を吐いた。

 

「結局差は縮まらなかったね」

 体ごと棚橋君の方に向いて言う。ぼくの声にも残念さが乗っている。

 

 左コースの選手たちは緊張とは無縁だとでも言うのか、走りに乱れがまったくなかった。綺麗すぎて気味が悪いぐらいだったよ。

 

 一方右コースの人たちは、ひたすらにパワーで押し切った走り方だった。こっちは見た目もさることながら、その大きな歩幅と踏み込んだ時の、地面を砕かんばかりに足を叩きつける動きの迫力に、身が縮まる思いがした。

 

 

「女子に託すか」

 女子たちがいる方に向いた棚橋君は、右拳をギュっと握り込んでそう、悔しさ残る顔と声で言った。

 

「そうだね」

 ぼくも棚橋君と同じような動きをしていた。

 ゾロゾロと動き出す男子選手たちに交じって、ぼくたちも動き出す。

 

「頼むぞ女子ー!」

 今の今まで女子たちがいた控え席に向かう道中、女子たちとすれ違ったところで棚橋君が声をかけた。

 一部女子から、はーいって言うかわいらしい返事が返って来て、棚橋君は苦笑いしてる。

 

 ぼくは逆にその軽さに笑みがこぼれてしまったんだけどね。

 

「唐木田君、大丈夫?」

 ぼくと同じ二番手の子が小走りでこっち来て、そう心配してくれてる声色で声かけてくれた。

 

 この、ちゃんと見たのは初めてなんだけど。茶髪のショートカットで、パっと見男の子に見える。

 クリクリした目が茶髪と相まって、なんだかリスみたいな感じだ。

 

 身長はぼくより小さくて、小走りして来たのが余計小動物っぽい印象を抱かせたのかもしれない。

 橘さんにばっかり目が行ってたけど、この子もけっこうかわいい。

 

「うん、ありがとう。大丈夫」

「よかったぁ」

 

 安心した顔でそう言ってくれた二番手さんは、

「パワーの加減普段通りにしないと、受ける側としては困るんだから、勢いで動かないでほしいな」

 と棚橋君にじとめで注意した。爽やかイケメンな橘さんでも接し難そうにしてるのに、この子すごいな。

 

「しかたねえだろ、力がありあまっちまったんだから。それに作戦でもあったんだぜ、あれ」

「だからって全部ぶつけることないじゃない。ただでさえ唐木田君ちっちゃいんだからそのパワー受け止め切れるかわかんないでしょ。現に唐木田ボールになってたし」

 

 一気にまくしたてた。まるでお説教してるみたいな強い口調だ。根性あるなこの子。

 

 それにしても……、

「唐木田ボール……」

 思わず呟き復唱しちゃった。

 

「いいんだよ、唐木田はそれで構わねえって言ったんだし」

「でも……!」

「里亜、時間ないからいくよ」

 なおも食い下がる二番手さんを、橘さんがたしなめるように言いながら、首根っこ掴んで引っ張って行った。

 

 へぇ、里亜さんって言うのか。でも、それ上の名前じゃないよね?

「はなして華! まだ言い足りないの!」

 はいはい、と聞き流されている。華って呼ぶと、橘さんの印象ずいぶんかわるなぁ。

 

 

 

 なんと言うか。すごい、かわいらしくなる。

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