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コルシカの思い出  作者: 九JACK
五周年記念
7/47

ルカとテオドール

 実在した画家にまつわる人物をテーマにしました。


「ひまわりを見るとさ、エリオのことも思い出すけど、やっぱり絵描きとしては、ゴッホも外せねぇよな」

 そんなことを言い出したアダムにニコラスがあらぁ、と声を上げる。

「アダムちゃん、ちゃんとその方面の知識あるのね」

「当たり前だろ。俺をなんだと思ってんだ」

 そんな言い合いをする二人をよそに、ニノンが疑問符を浮かべる。

「ゴッホって誰?」

 声をひそめて隣にいたルカに聞くと、ルカは表情一つ変えずに答えた。

「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。抽象画の巨匠で教科書にも出てくるくらい有名な画家だよ」

 代表作の一つで有名なのが「ひまわり」という作品である。

「抽象画って?」

「ええと、確か、見たイメージみたいなのを絵に描き出す手法だったと思う。だから、タッチや色使いが独特な作品が多いよ。ゴッホと並び立てられる同時代の画家はそう呼ばれてるんじゃなかったっけ」

 ルカがニノンに説明する間、ひまわりなあ、と呟き、アダムは空を見上げていた。空は胸が透くほどに青い。太陽は煌々と光っている。

 ニコラスがアダムの前に出た。

「アダムちゃんはひまわりに思い入れがありそうね」

「ないわけじゃねぇけど、今はそういう話じゃなくて、ゴッホの話がしたい」

 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。言わずと知れた巨匠だ。

「でも、ゴッホが見出だされたのって、死後なんだよな」

「その話は有名だね」

 ルカが頷く。

 ゴッホは存命時は無名の画家だった。共に過ごした画家たちの方が先に名を馳せていったとかいないとか。心を病んで、何度も自殺を試みたというのはとても有名な話だ。

 最後には自殺を成功させ、その死後に、皮肉なことに高い評価を受けるようになった、悲劇の画家の象徴と言える存在だ。

 ニノンがゴッホの話を聞き、口元を押さえる。

「そんな悲しい人がいるなんて……」

 ニノンが絶句するのを見、アダムが告げる。

「芸術家ってのは大体そういうもんなんだよ。生きてるうちに見出だされることの方が難しい。そういう面を考えると、エリオや俺は幸せな方なのかな」

 断定しなかったのは、アダムが今幸せかどうかを問われると微妙だからだ。見出だされたからといって、それが幸せかと考えると……アダムはちっとも嬉しくないような気がした。

 だが、ゴッホが今の時代に生まれていたなら、ある意味幸せだったかもしれないと思う。絵画エネルギーで考えるなら、ゴッホの絵は凄まじい還元率だったであろうから。

 だが、それで名を馳せたとして、それは画家として認められたことになるのだろうか。

 ヴィンセントが生きていたなら、さぞや悩んだにちがいない議案だ。

「確か、ゴッホの墓はフランスにあるんだっけ。弟のテオドール・ヴァン・ゴッホの墓も隣にあるんだったよね」

「弟さんいたんだ」

「画商だったらしいよ」

「がしょう?」

 耳慣れない言葉に、ニノンが首を傾げる。ニコラスが優しく答えた。

「絵を売って歩く人よ。今じゃAEPのために絵はルーブルに提出することが義務付けられているから、画商事態がいないでしょうけどね」

「売り買いができても、さしてエネルギーにもならない落書きみたいなやつだし、落書きだったら、誰でも描けるだろ」

 アダムの言に、なるほど、と呟く理論。自分たちが絵画を持ち歩いているのも、一歩間違えば違法となる。この一行が集めているのは、未完成の絵画だから所持が認められているわけだが。

 こんな世の中では画商をやっていても商売上がったりと言えるだろう。

「ま、そのテオも兄が死んだ半年後くらいに死んでんだけどな」

「そんな……」

「誰も彼もが幸せな兄弟でいられるわけじゃないだろうさ。ほら、飛行機で有名になったライト兄弟みたいにさ」

「まあ、兄弟の数だけ兄弟の在り方ってのがあるんじゃない?」

 ニコラスがどこか遠くを見て言った。アダムがその横顔をどこか訝しげに眺める。

「そういえば、ニコラスの弟? ってどんな人なの?」

「……ほとんど覚えてないかしら」

「あ……」

 そこでニノンはニコラスも記憶喪失であることを思い出したらしい。ただ、胡乱げにアダムがニコラスを見ているが、ニコラスはそよ風でも吹いているかのように気にしない。

「……ゴッホの話に戻るけど」

 ルカはおかしくなった空気を察してか、話題を変えた。

「ゴッホは弟がいなければ、画家にはならなかったと思うよ。ヴィンセントとテオの関係は、切っても切れないって、本で読んで思った。それでなんとなくなんだけど……」

 ルカがこうして自分から意見を述べるのは珍しい。

「もし、ゴッホ兄弟が今の時代に生きていたとしたら、きっとテオドールは絵画修復家になっていたような気がする」

 他三人が狐につままれたような表情をする。

 代表して、アダムが聞いた。

「そりゃまたなんで?」

「なんとなくって言ったじゃん」

「別に笑わねぇよ」

 ルカはほとんど表情を変えないのがデフォルトになっているが、これを語るときは、少し遠い目をしていたような気がする。

「家がどんなであろうと、テオドールは兄に寄り添って生きてきた。だからきっと、ヴィンセントが画家であるなら、画家に寄り添うための生き方を選んだと思うんだ。それが画商の廃れた今の時代で言うなら、絵画修復家なんじゃないかって思っただけ」

「ふむふむ、面白い見解ね」

 ニコラスが頷いて言った。

「つまり、ルカの中で修復家っていうのは、画家に寄り添う仕事ってわけ?」

 ルカは首をこてんと傾げた。

「画家に限ったことじゃないとは思うけど……うん、一番に寄り添ってるのは、描いた人の考えだから、それで合ってるんじゃないかな」

 ルカの藍色の目に、少し強い光が宿ったような気がした。

「ルーブルの人たちには鼻で笑われそうだけどね。そこに画家の思いがあるからこそ、その絵には画家独自の拘りが宿って、修復家はそれを読み解いて修復してこそ、修復なんだと思う。

 テオドールは伝記でヴィンセントが語られるときに欠かせない存在になっている。それはテオドールが誰よりもヴィンセント・ヴァン・ゴッホという画家に寄り添って生きたからだと僕は思うな」

 辺りが静まる。誰も吐息をこぼすことすら許されていないような中で、アダムがごくりと唾を飲み込んだ音がやけに響いた。

 全員の視線がルカに釘付けになっており、見られているルカはさして照れた様子もないが、どこか気まずさを感じたのか、息を飲み、告げる。

「……そんな真剣に聞くほどのことじゃないと思うけど」

「いやいや、すげぇよ」

 アダムが真っ先に称賛した。

「俺、そこまで考えたことなかったわ。それに、お前が普段どう考えて生活してんのかわかんなかったし。色々知れてよかったかな」

「うんうん、ルカすごいよ」

 ニノンからまで称賛を受け、そうかな、とものすごくわかりづらく、ルカは照れた。

 旅でそこそこの付き合いとなったアダムがいち早くルカの照れに気づき、照れてやんの、とからから笑いながら頭をがしがしと撫でる。アダム、痛い、とルカはいつもの無表情に戻った。

 ルカの言に感動して、ニノンは目を輝かせ、彼らの旅路は進んでいく。

 それを優しい眼差しで、ニコラスが見守っていた。



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