ニコラスの日常
4周年記念でブログに投稿しようとしたらメール投稿が終了していたため、こちらに掲載する次第です。
ニコラスは旅の路銀稼ぎに、路上パフォーマンスをしている。
これはとある街でのこと。
「わあっ、外国って初めて!」
「私もだ」
「あたしはフランスに来たのは初めてかしら」
明らかに日本人っぽい二人の少年と、金髪金目の少女が街を散策していた。金髪金目の少女はツインテールを風にたなびかせている。少年の一人は見るもの見るものに目を輝かせ、背の高いスーツ姿の……少年というより青年っぽい茶髪の御仁は実に冷静に街を眺めている。
ウォーミングアップを終えたニコラスが本格的に踊り始めたところで、そこに目を止めたのは、少年だった。赤いパーカーを着た少年は、ニコラスのダンスに、変わらず目をきらきらさせていた。
「ねぇ、見て、あの人の踊りすごい!」
日本語は一応、ルカがいるからそこそこに堪能しているニコラスの耳には問題なく、入ってきていた。
どうやら三人は、コルシカに旅行に来たらしい。観光客だろう。
スーツの青年が感心したようにニコラスの躍動感溢れるダンスを見て、不意にポケットからコインを取り出し、ニコラスの方にひょい、と投げた。
「純冷、何してるの?」
少年が青年に問う言葉に、ニコラスは違和感を覚える。少年は青年に「スミレ」と呼び掛けた。日本人のネーミングというのはあまり知らないが、花の名前なんかは女の子につけることが多いと聞いたことがある。……え、もしかしてこの青年、実は女の子なの!? とニコラスの内心の同様は余所に、スミレは少年に解説する。
「日本ではあまり見かけないが、こういう路上パフォーマンスというものに対しては、見物料としてコインを与えるものなんだ。コインはどれくらい与えてもいい。そうだな、これくらいのお金を払ってもいいって思ったくらいやるのが礼儀だ」
「え、そんなことしたら、お財布空っぽになっちゃうよ」
「昴、そこはちゃんと考えなさいよ」
「わかってるよ、アミ」
スバルと呼ばれた少年は、悩んだ末に紙幣を一枚と重り代わりにコインを一つ置いた。自分のダンスをそこまで評価してくれるとは有難い。
アミという少女がああだこうだとスバルに言っていたが、結局、彼女もコインを一つ置いていってくれた。いい子たちだなぁ、とニコラスは微笑ましく思いながら、踊り続けた。それを三人は食い入るように最後まで見続けてくれた。それだけで誉れというものである。
観光客からこんなにもらえるとは思っていなかったし、珍しい容姿の観光客と、スバルのきらきらした目が功を奏したのか、その日はいつもより稼げた。
また、明くる日。
天気がいいなぁ、と空を見上げながらニコラスは伸びをし、準備運動を始めた。
そこにまた別の三人組がやってくる。
紫がかった灰色という珍しい髪色の少年が立ち止まって、「あ」と声をこぼす。
「あの人、これからパフォーマンスするんですかね。ダンスとは珍しい」
「ぱふぉーまんす?」
紫髪の少年に引っ付いていた、緑のシャツの髪も目も青みがかった黒の少年が疑問符を浮かべる。
「セイムは知りませんか。リクヤさんは知ってます?」
リクヤと呼ばれた青年は眼鏡をかけていて──日本で言うところの学ランをラフにしたような服装にワッペンをつけていた。ちなみに、目付きは悪い。
セイムと呼ばれた少年は緑のシャツに花輪みたいなアクセサリーをつけた少女趣味に見える格好だ。無難なファッションのもう一人がやけに浮いて見える。
「路上パフォーマンス……聞いたことはあるが、見たことはねぇな。サーカスみたいなもんか?」
「サーカスだとだいぶ大がかりですけどね」
サーカス、という言葉にニコラスが反応する。……あのサーカス団は上手くやっているだろうか。
「路上パフォーマンスというのは大道芸人とかがやるのが基本ですね。パフォーマンスの如何で客を集めてコインをもらうお仕事です。アメリカなんかだと多いらしいですね」
「ここはフランスってんだろ、シリン」
「だから珍しいんじゃないですか。見ていきましょうよ」
「キミカ姉とかアイラ兄とかも呼ぶ?」
「そうですね」
おお、客が増えるとは喜ばしい。
しばらくすると、やけに長い赤髪の青年と、黒いローブを着た女性が来た。おそらくアイラ兄とキミカ姉というやつだろう。
「路上パフォーマンスですか、いいですね!」
どうやらキミカの方は路上パフォーマンスを知っていたらしい。すると、「せっかく見るんですから、アイラもその野暮ったい髪を上げましょう」とどこからともなく、櫛やらゴムやらを取り出した。キミカはマジシャンか何かだろうか。ニコラスは自分のことは棚に上げ、そう思った。
すると適当なところに座らされたアイラがされるがままに髪を弄られていく。編み込みは繊細で一時間後にはアイラの頭はハート型に編み上がっていた。キミカの見事な手捌きに、ニコラスは思わず見とれてしまった。
それからその一行に、お礼として渾身のダンスを見せ、喜ばせた。親切にも紫髪の少年がコインを人数分置いていってくれたが、ニコラスはそれより、キミカの編み込み技術が気になった。だが、その一行は何やら用事があるらしく、いそいそと帰っていってしまった。
アダムちゃんの髪を弄る技術の向上をしたかったが、まあ、仕方ない。
それより気になったのは、「キミカ姉、さすがだね」と言ったセイムがキミカに頭を叩かれ、「私は男です!」と言っていたこと。近年は男女の区別がどうも難しくなっているらしい、とニコラスは自分を棚上げに思った。
ニコラスのダンスは、全員に評価されるものではない。時には「虹のサーカス団のぱくりだ」とか謗られる始末である。いや、ニコラスこそそのサーカス団の者なのだが。
最近は新しい少年ダンサーと踊りが似ていると言われることもあり、ああ、あの子は上手くやっているんだね、と微笑ましく思うこともある。
路上パフォーマンスは様々な出会いがある。リクヤの言ったようにサーカスのような「見世物」に近いところはあるが、サーカスよりも近くに観客の声が聞こえる。
そのことにニコラスは充足を覚えていた。
「まあ、こういう旅も悪くないわね」
ニコラスはコインを拾いながら呟き、微笑んだ。