ルカと四色型色覚
「共感覚?」
アダムとニノンがきょとんと同じ方向に首を傾げる。ルカはうん、と一つ頷いて、説明した。
「共感覚っていうのは、文字や数字なんかの目に見えるものを形以外の方法で認識してしまう能力なんだ。ニノンは絵画から声を聞いたりするから、その方面の気があったのかも。
俺たちには数字にしか見えないこれも、共感覚の人は色として数字をそれぞれ認識するんだ。だから、ニノンには数字の羅列じゃなくて、絵に見えるんじゃないかな」
『ご名答です』
アイカがパネルをルカの前に出した。ルカがアイカを見たことで、全員の視線がアイカに向く。
『共感覚とは、普通の人とは違う感覚器官で物事を知覚することを言います。例えば、人の声が色で感じ取れたり、この絵から匂いがするという方もいらっしゃいます』
『音、味、色と様々な捉え方が共感覚にありますが、主に色で捉える方が多いので、これを作った作者は数字を並べて共感覚の人にだけわかる絵画にしようと着想を得たのです』
『共感覚が一様に皆同じ色で捉えるわけではありません。ですので、共感覚を持つ人によっても、この絵が朝の姿に見えたり、バンダナが緑じゃなくて青に見えたりと、様々なんですよ』
「見た目は絵画に見えないけど、見る人によっては絵画に見えるから、[美術館]を名乗るんですね」
なるほど、とアダムたちが納得する。
数式が書いてあるだけなら、メモ書きと変わらない。メモ書きを取り締まることはルーブルでもしないだろう。人間の能力と規制の穴を突いた展示というわけである。
「にしても、ルカ詳しいな」
「共感覚を持つ画家っていうのは、案外いるし、評価されやすいんだ。見える色が違うから、彩りが豊かになりやすい」
「あー、なるほど、絵画エネルギーの還元率が高い作品をよく作れるってわけか」
アダムがニノンを見、複雑そうな面持ちをする。
今の時代、画家というのはエネルギーを生み出すための一種の装置だ。かつては絵画に芸術という価値があったが、芸術性だけでは食べていけなくなった。
そんな中でエネルギー還元率の高い絵画を生み出せるとなれば、その画家は才能を搾取されるのだ。あまり胸のいい話ではない。
そんな共感覚を持つ者がその才能を搾取されずに生きるのを楽しむ。そのためにこんな見た目は絵になんて見えないキャンバスがあるのだろう。
『他の作品もご覧になられますか?』
アイカがパネルを出してきたので、一同は頷いた。この店のコンセプトが気に入ったのだ。
「面白い発想だよね。人によっては絵画に見えるのに、普通はそう見えないなんて」
「そうね。普通の人はつまらない印刷物にしか見えないのだろうけど」
そうしてアイカを待っていると、アイカは新しい品を持ってきた。
一つ布を外す。それを見て、一同は首を傾げた。
普通に絵画に見えたのだ。怒られないだろうか。そう考えたが、アダムがむず痒そうな表情をする。
「う、なんだ、この違和感。何かが足りない」
「そう? あたしは普通に夜の森の絵に見えるけれど」
「え? これは森じゃなくて山だよ。川が川下にさらさら流れて行ってる」
すらすらと説明するルカにニコラスとアダムがえ、となる。
「すごいうっすらだけど川の流れを表す細筆が所々に入れてあるよ」
ルカの言葉にアダムが絵を凝視する。月明かりに照らされた森のように見えるが……と眺めて、アダムは自分の抱いていた違和感の正体に気づく。
「色だ。一枚の絵と捉えるには色が足りねえ」
「え、充分だと思うけど……」
「ルカには月以外ほとんど濃紺のこの絵がどう見えてるの?」
「えっ」
ニノンから純粋に質問され、ルカは驚く。
「確かに、紺色がベースだけど、ちゃんと葉の緑や幹の茶色が乗ってる……よね?」
「ああ、なるほど」
今度はニコラスがぽん、と手を打つ。
「四色型色覚ね」
「四色……?」
『お見事です』
慣れた様子で、アイカが説明用のパネルを出す。
『色というのは通常、目の奥にある「錐体」と呼ばれるものによって感知され、色として認識されます』
『錐体は三種類あり、赤を感知するもの、緑を感知するもの、青を感知するもの、の三種類が私たちに様々な色を見せてくれているのです』
「赤、緑、青……わかった、光の三原色だね!」
ニノンが得意げに答えるのに、アイカはにこりと頷く。
普段「色」として捉えているものは「光」であるため、色の三原色ではなく、光の三原色が適用されるのだ。
そこから、ニノンは首を傾げる。
「四色型っていうことはもう一つ錐体があるっていうこと?」
アイカは頷き、パネルを出す。
『四色型色覚は稀に存在する赤緑青以外の色を感知する四種類目の錐体を持つ人物のことを指します』
『錐体が一種類増えることによって、通常の三色型色覚の人物と比べて、かなり繊細で鮮やかに色を見分けることができるのです』
それらの説明パネルをカウンターのパネル立てに立てると、アイカはメモ帳を取り出した。何かを走り書きすると、ルカにメモを手渡す。
『あなたはわたしの髪が何色に見えますか?』
書いてある言葉を見、ルカはきょとんと首を傾げてから、改めてアイカを見た。
アイカの髪は艶やかな黒髪に見えるが、ルカにとって、それは完全に黒ではない。
「紫っぽい黒髪をしていますよね?」
ルカが答えると、アイカはぱちぱちと拍手を送った。
『この店の主人も四色型色覚の持ち主です。わたしの紫の髪が綺麗だから、と雇ってくださいました』
「紫!? 全然わかんねー……」
でもそっか、とアダムが呟く。
「障害者が働き口を見つけられないっつうのは、今も昔も変わらないらしいな。いくら可愛くても、声が出ないってだけでできることが限られるし、できることが少ないと、人より劣ってるって勝手に見下されるもんな」
アダムがしみじみという。
奇抜なものや、人と違うことは、必ずしも良い方向に作用するものではない。アイカに関してもそうだし、アイカの髪を紫と言ったルカやこの店の主人もそうなのだろう。
同じものを見ているはずなのに、違う色に見える、というのは、先程のアダムの反応のように驚きを招く。しかし、驚きにも好意的なものと悪意的なものがあり、残念なことに驚きの多くは後者であることが認められている。
ルカは修復家という職業柄、四色型色覚であることは存分に生かせるが、絵画修復家というのは専門技術を要するため、誰もがなれる職業ではない。
そのことから考えると、[JOKERSHOP]の店主はさぞかし職探しに苦労したことだろう。職探しに苦労しないまでも、周りと自分との差異に苦しむことはあったかもしれない。この店がこじんまりとしているのも、そういう理由があると考えると、なんだか社会の闇の一部分のようで、人間ってちょっと嫌なとこあるのが嫌だなあ、と思ったりする。
それでもアイカのような人物を雇う辺り、奇特な人物ではあるらしい。
「だいぶこの店の[美術館]のスタンスがわかってきたわね」
ニコラスがふむふむ、と感心したように言う。
「共感覚用の絵画は見た目が絵画に見えないし、今の四色型色覚用の絵画は着色が不十分な未完成品のように見える。絵画提出義務の隙間を縫いつつ、世間一般にはあまり知られていなかったり、認められていなかったりする才覚のある人物が楽しめる工夫のある絵画展。それが看板にあった[損なわれない小さな美術館]という文句の意味なのね」
展示用の絵画が回収されることがない、という意味での[損なわれない]というのと、世間一般には認められない才覚が[損なわれない]という意味を併せ持つのだ。
共感覚も四色型色覚も、人とは違うものが見える、ということにほとんどの人が忌避感を覚え、遠ざけられてしまう。それを[才覚]として受容し、生かし、一時でも楽しませるのがこの[美術館]がある目的なのだ。
アイカを従業員にしているのも、その一環なのだろう。欠落も見方を変えれば才能の種である。アイカは喋れないが、頭が良いのだろう。だからこのようにわかりやすい資料をパネルにまとめ、的確に客に提示できるのだ。
一同が各々にしみじみしていると、アイカは新たなパネルを出す。
『四色型色覚の方のための作品、実は色盲の方が描いたものなのですよ?』




