ニノンと口紅
12章完結おめでとう記念です。書かずにはおれんかった。
ニノンはある店にいた。
ルカたちとの待ち合わせだ。ルカたちは用事があるらしいが、ニノンはこれといってない。アダムにより迷子常習者のレッテルを貼られたニノンは一つ所でじっとしているように厳命された。
店内くらいは回っていいだろう、と思って店の中を回っていたら、たくさんの赤い棒が揃えられている場所があった。赤いといっても、一つ一つ色は異なる。情熱を司るといっても良いくらいパッショナブルな赤もあれば、アダムの髪の色に近いオレンジっぽい赤もある。ニノンの髪のような淡く赤みを孕んだ色のものもある。
「クレヨン? にしては色が赤系統だけだけど……」
「お嬢さん」
「ひゃいっ!!」
声をかけられて、ニノンは飛び上がらんばかりに驚いた。どうやらこの店の店員のようだ。モノクロのかっちりとした服を着ている。
「お試しになられますか?」
「え、え、試すって……?」
「あらニノン」
店員の後方から、慣れ親しんだ声がして、ニノンは顔色をぱっと輝かせた。
ひょこっとこちらを覗いたのは、黄緑に染めた髪が特徴的なスタイルのいい男性。ニノンと共に旅をする一人、ニコラスである。
ニコラスはニノンと店員を交互に見て、やがて店員ににっこり微笑む。
「すみませんね。お年頃なもので。何かご迷惑でもおかけしましたか?」
信用ないなー、とニノンは思った。
「い、いえ、興味津々に見てらしたので、試し塗りをご提案していたところです」
「なるほどねえ……ニノン」
「は、ひゃい」
ロボットダンスのようにかくかくと動くニノンにニコラスはひっそりくすっと笑った。それから本題を切り出す。
「これが何かわかるかい?」
ニノンはぶんぶんと頭を振った。
そうかそうかとニコラスはしみじみと頷いて、ニノンの肩をがっと掴む。思いの外強く掴まれたので、ニノンは思わずびくん、となった。
そのままニノンは店員に差し出される。
「良い機会ですので、似合う色を見つけるのに試させてください」
「に、ニコラスっ?」
「かしこまりました」
ニコラスと店員はもう通じ合ってしまった模様。ニノンだけが何をお試しされるのか理解していない。
あれよあれよという間に、椅子に座らされていた。体面には顔がよく写る鏡。一つの曇りもない。
「ニコラス、これから何が始まるの?」
「ルージュの試着よ」
「るーじゅ」
ルージュとは朱色のことや紅色のことなど赤系統の色のことを示す色の名前ではあるが、もう一つ意味がある。化粧道具の一つにして要とも言える口紅という意味だ。
ニノンが見ていたのは数々の口紅である。
「店名が覚えやすいからって理由でここにしたけれど、まさか化粧品屋とはね」
「化粧……ニコラスがサーカス団でしていた?」
「あれはちょっと違うわね。今からするお化粧は女の子の身だしなみよ! ルージュの色は似合う色を見つければ、魅力倍増、意中のあの子もイチコロよ!」
「ほえっ」
ニノンがぼふん、と赤くなる。「意中のあの子」という言葉に赤面する程度にはニノンもお年頃なのだ。
がらんとした店はあまり人が来ないのだろう。店員がうっきうきで口紅を何色か持ってくる。
「当店のルージュは植物由来の成分で色づけられておりますので、体に害がなく、自然にも優しく、肌に馴染みやすいものなのですよ」
「まあ素敵!」
「まずはベーシックなクレナイをつけてみましょうか」
クレナイとは紅という植物から取れる赤い染料を使ったものである。どうやら日本の染料を参考に生産しているようだ。
ニノンの唇が赤く色づく。
「うーん、派手ね」
「派手ですね。やっぱり口紅といえばクレナイっていうのは偏見ですよね。若い子はもっと淡い色ーの方が似合いますもの」
「でも乗せてみたかったのよね。わかるわ」
「おわかりいただけますか!?」
ニコラスと店員が滅茶苦茶意気投合している。
ニノンは鏡に写る自分を見て、落ち着かない気持ちでいた。深い赤色の乗った唇の人物はニノンがニノンでないかのように感じさせたのだ。
早く落としてくれないかな。アダムは意地悪だから似合わないとか笑ってくるよ。
ニノンの祈りが聞こえたか否かは不明だが、店員はニノンの口紅を落としてくれた。
「次はシュイロです」
塗られたのは先程より淡く、やや黄色みを帯びた赤。先程より馴染んで見える。鏡を見ながら、その色にぼんやりとアダムを思い浮かべた。
アダムが笑ったときみたいな色。
「お、先程より反応がいいですね。お好きな色ですか?」
「んえ、ええっと」
嫌いではないけれど、口紅としてはまだ自分には派手な気がする。
「ふむふむ。ではこういうのはいかがでしょう」
手慣れた様子で拭き取り、塗り替える。今度はニノンの髪色に近いピンクだ。
「こちらはソービイロです。ピンクの薔薇から抽出した色なんですよ」
「薔薇なんて、ロマンティックねえ」
クレナイのときとは違った意味で、ニノンはどきどきとした。この色は格段に馴染んでいる。やはり髪色に近いからだろうか。ニノンの髪の色はもう少し淡いが。
自然由来だからか、ほんのり香りもする気がする。お洒落な口紅だ。
「ちょっと攻めた色も試してみますか?」
「攻めた色? 興味あるわね」
塗られるのはニノンなのだが。
次の色は青みが強かった。ただし主張が強すぎない淡い色である。
「フジイロです」
「フジ。日本にある山の名前と同じね」
「そちらではなく、植物の藤です。綺麗な色でしょう? お嬢さんの目は菫色なので、結構イケると思ったのですが、いかがですか?」
ニノンは鏡を見つめる。少し顔をしゃきっとさせると確かにこの差し色は映える。ただ、紫っぽいので顔色が悪く見えるかもしれない。
「それでは、大本命を塗っていきましょうか」
「大本命とは大きく出たねえ」
フジイロも拭い去られ、新たな色が乗せられる。その色を見て、ニノンははっとした。
今まで乗せられてきた色の中でもひときわ淡くありつつ、存在感のある色。まだ幼さの残るニノンの顔立ちの中でも浮かない綺麗な色だ。
「これは……」
「サクライロです。お気に召されましたか?」
ニノンがぶんぶんと首を縦に振る。そこで、お? と新たな声がした。
「よお、ニコラス、先に戻ってたんだな」
「あら、アダムちゃん。ルカと合流してきたのね」
「おう。ところでニノ──」
アダムは振り向いていたニノンに気づき、息を飲む。後ろから続いたルカも、僅かに目を見開いていた。
男子二人に注視され、ニノンは緊張気味に照れ笑う。
「どう、かな?」
その晩、ルカとアダムは眠れなかったという。




