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コルシカの思い出  作者: 九JACK
六周年記念
12/47

アダムとサルジェ

 あらかた仕事の話やそれに対する報酬の話を終えて、居間に戻ったアダムたち三人。そこで女子組(一人男)がくっついて座っているのが見えた。

「できたー!!」

 ニノンがふう、と掻いてもいない汗を拭く仕草をし、画用紙を掲げる。アルジャンやツェフェリはおおー、というが、斜め後ろでニコラスが苦笑いしている。

 何事だ、と思って、アダムはよっと軽く挨拶をしてニノンの手の中を覗いた。

「えーっと?」

「あ、アダム、勝手に見ないでよ!!」

「……何、これ?」

 ばしん。アダムの率直な感想にニノンが持っていた鉛筆でアッパー。先端じゃないだけいいのかもしれないが、尖っていなくても痛いものは痛い。

 で、アダムが見た画用紙に描かれた内容は一言で言うなら[顔]である。髪がついて、目がついて、口がついて、耳がついているので誰かの顔であるにはちがいない。だが、一体誰の顔なのだろうか。聞こえよく言えば相当デフォルメされているので、わからない。

 ニノンは恥ずかしいのか、怒っているのか、顔を真っ赤にして宣告。

「ルカだよ!!」

「……俺?」

「きゃあああ、ルカは見ないで」

 なるほど、とアダムは察する。ニコラスの苦笑いの原因はご本人登場にあったらしい。

 というわけで、本人が見て気を遣う前にアダムは気を遣わずに笑った。

「似ってねー!!」

 するとニノンからべしべしと絵の具入れでの攻撃が来る。自分たちが絵を描く道具を持ってきた覚えがないので、おそらく借り物なのだが、そんな乱雑に扱っていいのだろうか。

 そんな傍らでツェフェリが何も言わずに微笑み、ニコラスもそれに合わせていた。そんな中異なる行動をする人物が一人。

 黙々とスケッチブックにペンを走らせているのはアルジャンだった。

 アルジャンの様子が気になって、アダムが手元を覗き込むが、アルジャンに照れた様子はない。みるみるうちに絵が形作られていく様は見事の一言である。

 というか。

「え、それルカ?」

 アダムが尋ねると、アルジャンは無言ながら深く頷いた。

 気づけば、旅の一行全員がアルジャンの筆捌きに魅入っていた。アダムは四方を囲まれることとなり、ぎゅむぎゅむと狭苦しい思いをすることになる。

 アルジャンがさらさらと描いているのは、間違いなくルカそのものだった。目のハイライト、毛先の遊び具合まで事細かに描いている。

「さっすが画家だな~」

「……似顔絵師から始めたから」

 ぽそりとアルジャンが告げる。似顔絵師。それは祭りなどに紛れて現れる画家見習いみたいなものだ。といっても、画家の定義などは定まっておらず、画家と名乗ってしまえば画家、という風潮はある。

 真に画家として認められるかどうかは公の認識の問題だ。現在はより還元率の高い絵を描く者が画家、という認識である。それには、色使いの鮮やかさなんかが重要になるようだが、アルジャンは白黒の下書きでも充分人に魅せられる絵だ。

「うえーん。アルジャン、どうやったらそんなに上手くなるの~?」

 少し絵を描くアダムからきっぱり下手くそ認定を受けたニノンがアルジャンに泣きつく。アルジャンは固まり、困ったように、ええと、と言葉を詰まらせている。

 アダムが目を皿にした。

「おいおいニノン、可愛い女の子を困らせちゃいけないだろ?」

「アダム、それ、私のことカウントしてないよね?」

 ニノンからの懐疑的な眼差しにうっと言葉を詰まらせつつも、アダムは続ける。

「要はやった分だよ。それと、絵画の声が聞こえるとかいうお前の不思議パワーで振り返れば色々わかるんじゃね?」

「あー……」

「ちょっと、アダム」

 アダムがさらりと爆弾発言をしたので、ルカが止めに入る。

 ニノンの不思議な力を一行は隠しているわけでもないが、あまりおおっぴらに触れて回ることはしないようにしている。理由は色々あるが。

 アダムも気づいたのだろう。あ、と口を塞いだが、出た言葉は戻らない。

 ツェフェリたちに不審がられるだろうと思ったのだが。

 ふっと手を取られ、引き寄せられるニノン。不思議な煌めき方をする目が眼前にあり、そのきらきら具合に目を白黒させる。

「キミ、絵の声が聞こえるの!?」

 ツェフェリのその声と目は好奇心に満ち満ちていた。アダムは思う。驚き方が想像と違う。

 こう、もっと胡散臭く感じられるかと危惧していたのだが……杞憂に終わってよかった、というか、これはこれでどういう状況なのだろう。

 サファリがふっと微笑んだ。

「実は、ツェフェリの作るタロットは特定の人に聞こえる声を持つらしくてですね」

「え、カードから声がするの!?」

 ニノンが一番驚いた。その脇でアルジャンが首を横に振る。

「わたしには聞こえない」

「うん、特定の人にしか聞こえないみたいだね。ボクには聞こえるし、サファリくん、この家を建てるための手配をしてくれた占い師さまとかも聞こえるよ」

「旦那さんは?」

 アダムがさらりと口にした単語にツェフェリは真っ赤になる。何かおかしいことを言っただろうか、と首を傾げるアダムを見て、くすくす笑いながらサファリが答えました。

「ツェフェリ、もう結婚して何年も経つんだからいい加減慣れなよ」

「で、でも……」

「ツェフェリの旦那さん……サルジェっていうんですけど、彼は一枚のカードとだけ話せます」

「ツェフェリはサファリは全部聞こえるのか?」

「ええ。僕は運命力と呼んでいるのですが、運命力、そのカードとの結びつきが強ければ強いほど、カードの声が聞こえるみたいですよ」

 見てみますか? とサファリが自分のタロットを差し出す。ニノンは恐る恐る受け取ってじーっと見つめた。

「……」

「会話する声が聞こえるんですが」

「うーん、私が聞く絵画の声とはちょっと別物みたい」

 ニノンは寂しそうに笑みを浮かべてサファリにカードを返した。

「アタシらにも聞こえないねえ」

 ニコラスが耳を澄ましていたようで、そう進言する。アダムはぎょっとした。

「聞こえると思ってたのか」

「おや、愉快じゃないかい? ツェフェリは声が聞こえるだけじゃなくて、[話せる]とも言っていたんだよ? ニノンのはちょっと過去回想的な部分があるからね。種類は違うんじゃない?」

 自分たちにも聞こえる可能性は少しはある、と思っていたようだ。

 そんなとき、がちゃり、と玄関の扉が開いた。

「あ、サルジェ殿」

 ……ん、とアダムは疑問符を浮かべた。この場の誰のものでもない青年の声だ。帰ってきたと思われる家主かと思ったが、家主の名前が[サルジェ]だった気がする。今のはまるで、それに呼び掛けるようだった。

 アダムは周囲を見回し、ルカたちに問う。

「今、声しなかったか?」

「声?」

「ううん」

「聞こえなかったねえ」

 すると、ツェフェリがぱあっと顔を明るくした。嬉しそうな明るいオレンジの目をして、アダムに告げる。

「聞こえたんだね!!」

 どういうことなのか。と、その前に。

 帰ってきた家主、サルジェを見た。琥珀色の髪と瞳。はっきり言ってどこにでもいそうで、何ならドッペルゲンガー二、三人くらいならコルシカ島を探すだけで見つかりそうなくらい平凡な見た目をしていた。

 かなりの大荷物を背負っていることを除けば、だが。

「お邪魔してます」

「大所帯で悪いねえ」

 ルカとニコラスが挨拶したため、呆気に取られていたニノンがぺこり、とお辞儀した。アダムは、唖然としながらも、荷物持ちを手伝おうと駆け寄る。

 サルジェが背負っていた、というか持っていたのは、途方もない量の小麦粉の袋、まとめ買いしたのであろう買い物袋が見えるだけで十は超える。更に矢筒に弓、豚一匹が解体された袋。平凡な見た目に反して、ゴリラもびっくりな容量を持っている。

 アダムは小麦粉の袋一つでダウンした。情けないわねぇ、と買い物袋を半分くらい受け取りに入ったニコラスが辛辣に言う。少し化け物を見るような目になった。

「やあ、まさかお客さんが来るとは。あ、サファリも来ていたんだね。道理で[魔術師(マジシャン)]の声がするわけだ」

「サルジェ殿、お久しぶりです」

 アダムには再び青年の声が聞こえた。サルジェと似て朗らかな声だ。

「え、これ、え……俺もしかして[魔術師(マジシャン)]ってカードの声聞こえてる感じ?」

「そうですよ、アダム殿」

「アダム殿……?」

 あまりにも馴染みのなさすぎる呼ばれ方にアダムが目をぱちくりさせる中、旅の一行は頭上に疑問符を浮かべる。

 ただ、ニノンだけが「いいなぁ、聞こえるなんて」と呟いていた。

「ええと、夕飯作るから食べてください」

「あ、手伝いますよ」

「いえ、ええと、アダムさん? は[魔術師(マジシャン)]の話し相手にでもなってあげてください」

「えと、名乗りましたっけ?」

「え、[魔術師(マジシャン)]が言ってるのあなたですよね?」

 どうやら、アダムはサルジェと同じカードの声が聞こえているらしい。

「他の皆さんも歓迎します。夕飯が遅くなるので、挨拶はまた後程。それと、サファリは部屋で休め」

「おやおや、僕にだけ手厳しいですね」

「長旅で疲れた客を休ませない方がどうかしている。どうせお前はまた徒歩で来たんだろ。久々のふかふかベッドで眠りやがれ」

「ひどい言い様だ」

 サファリが肩を竦めるのに対し、ニノンが疑問符を大量に浮かべる。

「言ってることはものすごく優しいね」

「悪態だろ。悪友とかそんな感じなんだろ」

「あくゆう?」

「それか、腐れ縁」

 そんな二人を通り越して、サファリはルカの肩をぽんと叩いた。

「頼みますね」

「え、あ、はい」

 依頼のことだろう。サファリは部屋へと戻っていった。

「じゃあ、部屋割りするね。アダムくんはサファリくんの右隣の部屋、ニコラスさんは反対隣、ルカくんは作業があるからボクの隣の部屋で、ニノンちゃんはアルジャンと一緒でもいいかな?」

「やった、アルジャン、おんなじ部屋だよ。絵のこと色々教えてね」

「うん、部屋、案内する」

「じゃあ、ルカくんは作業場に案内するからついてきて」

「はい」

 と、声が遠退き、静かになったところでアダムが気づく。

 サファリのタロットが起きっぱなしだ。

「部屋隣だっていうし、届けてくるか」

「アタシも部屋を見がてら行こうかしら」

 しれっとついてくるニコラス。まあ、拒絶する理由もなかった。

「確か、こっちだったよな」

 部屋へ二人で向かう。ここがサファリの部屋だから、そっちがお前の部屋だな、とアダムが確認しようとしたそのとき。

「げほっごほごほ、ぐふっ……ぅ……げほげほげほ!! ぐっ、はぁ……はぁ……」

 その咳き込む音は間違いなく、サファリの部屋から聞こえてきた。何事かと思い、アダムは咄嗟にドアを開けた。

「だいじょ、ぶ、か……」

 叫びかけたが、サファリがしー、と人差し指を立てた。いや、それより……

「お前……病気か……?」

 立ち尽くすアダムとニコラス。サファリの手からは血が零れていた。吐血したのだ。

「勘がよさそうなのと、タロットの声が聞こえるから、こいつの隣にしたんだよな」

 後ろからの声。突然だったため警戒したが、割烹着姿でお盆に熱々の土鍋を乗せている主夫感満載のサルジェが立っているだけだった。なんだろう、この言い様のない警戒して損した気分は。

 とはいえ、その口振りは聞き捨てならない。

「こいつが病気なの、知ってんだな?」

「それでもって、隠そうとしているねえ」

 アダムとニコラスの指摘に、サルジェははあ、と溜め息を吐いた。

「こいつが隠したいって言ったんだ。特にアルジャンにな。早く医者に行けって言ったのに、聞かずに商人続けるからこうなる」

「はは、辛辣だなぁ」

「いつもはそっちのがよっぽど辛辣だろ。立場逆転ってか?」

 サルジェはドアを閉め、お盆をサイドテーブルに置いた。

「嬉しかねえわこんなこと!! お前はツェフェリにとっても大切で、アルジャンにとっても大切で、お客にとっても大切ないい商人だろうが!! 何故死に急ぐ!?」

 もう、治しようがないんだぞ、とサルジェが細い声で言った。アダムもニコラスも目を見張る。

「別に、死ぬのは妥当だと思いますね。年貢の納め時ってやつです。……最後だと思ったから、休ませてくれるんでしょう?」

 最後、という言葉が、やけに部屋をしん、と鎮めた。

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