ニノンとアルジャン
車は森を走っていた。
「森だね」
「森だな」
「森だー」
「森ね」
森のマイナスイオンをその身に存分に浴びる旅の一行だが、喜んでばかりもいられなかった。
重大な問題にいち早く気づいたのは、運転手のアダムだ。
「この道、どこまで続くんだ?」
そう、それは彼らの存亡に関わるといっても過言ではない、……は言い過ぎかもしれないが、困ることは確かだ。
「レストランのおっちゃんの森を抜ければすぐってのはガセだったか」
「あるいは森間違えたか」
ルカの指摘にアダムは肩を竦める。森が他にあっただろうか。
「この辺の森入口はいっぱいあるみたいだけど、全部一つの森に繋がってるみたいだよ」
ニノンが地図を眺めながら指摘する。アダムは道を間違えていなかったのを安心すると同時、うげ、と呻いた。
「つまりばかでかい森ってことかよ……」
やっぱりガセ掴まされたぜ……と項垂れながら運転を続けるアダム。そのアダムをニコラスが助手席で慰める。
が、ニコラスもあまりいい状況でないことは理解していた。
「車の燃料、保つかしらねぇ?」
「それなんだよな」
森にスタンドがあるとは思えない。というかあったらそこはもう森ではない気がする。
だだっ広い森だとしたら、車の燃料が保つかどうかというのは心配になる。昨今のエネルギー源の高騰に伴い、車での移動距離を少なくすることで節約、と思っていたのだが、森の中で燃料が切れたら意味がない。これは遠回りになってでも街道を通ってくるべきだったかもしれない、とアダムは後悔した。
「あれ?」
そんなとき、声を上げたのはニノンだった。どうした、と話半分のつもりで声をかけたアダムの横から、す、とニノンの腕が伸びてきて、ある一点を指差す。
「人じゃない?」
「え、こんなところに?」
今まで人の気配など微塵もなかった。それどころか、動物が飛び出してくることもなかった。
しかし、ニノンが指差した先を目で追うと、確かに人影らしきものが伺える。荷車を引いている、雲のような白い髪が森の中でいっそう際立つ人物だ。
アダムは車を木の方に寄せて停めると、その人影に声をかけに行った。ルカは興味がないのか、本を読み始める横から、ニノンも車から降りた。ニコラスは留守がてら見守っている。
「すみませーん」
アダムが声をかけると、人影は止まった。辺りを見回してから、自分のことか確認するように自らを指差す。アダムはひきつった笑みを浮かべ、頷いた。他に誰がいるというのだろう。
「良い日和ですね」
細波のような透き通った声をこぼしたのは、マリンブルーを想起させる翠の混じった青い目の少年だ。不思議な色合いの目と独特の声質に虚を衝かれるニノンだったが、アダムはこういうのの対応に慣れているかのように呆れた溜め息を吐き、投げやり気味にそうだな、と頷いた。
要するに、アダムの中でこの少年はルカみたいなやつと判断されたわけである。
まあ、知らない人に話しかけられて、天気の話で応答するのは普通なのかもしれない。が、近所のおばさんじゃあるまいし、ここは森の中だ。荷車引いて一人で歩いているという様子も違和感きわまりないが、こう、常識的な何かが欠落しているように思える。
「道を聞きたいんだが、北西の方に出るのはこの道で間違ってないか?」
「ええ、時間はかかりますが、北西の街に続いている道はこれを真っ直ぐですね。自動車で移動だと、燃料は大丈夫ですか?」
「うっ」
痛いところを衝かれた。アダムは顔を歪めるが、ニノンが対照的なまでにテンションを上げる。
「すごーい!! そんなことまでお見通しなんて、あなたマジシャン?」
アダムは更に頭を抱える。ルカ並みの天然記念物がもう一人いることをすっかり失念していた。
「そういうのは奇術師っつうより、占い師とかの方だろ……」
「おや、ご名答です」
「は!?」
少年が真顔で自分は占い師だと名乗ったことにアダムは目を剥く。占い師なんて、胡散臭いことこの上ない。予言者の次くらいに現象味のない者だろう。
「まあ、占い師といっても、本職ではありません。趣味程度にやっているだけですね。本職は行商人です。荷車引いて旅をしています」
「旅! 私たちと一緒だね」
なんだかニノンは彼に親近感を感じているようだが、アダムは訝しんだ。
「このご時世に徒歩でか? ご苦労なこった」
「こう見えて体力はある方なんですよ?」
「……」
アダムは黙りこくる。理由は少年の見た目にあった。
おそらくニノンがなんとなく少年に親近感を抱いているのは、少年の白い髪──おそらくは、脱色症の髪だ。俗に色ナシと呼ばれる。
アダム個人としても、その髪色は知っているので、ネタにされても取っつきづらい。
「まあ、この近くに僕のビジネスパートナーが住んでいるのでこんなところにいるわけですが。一日でこの森を越えるのは無謀ですよ。車であれ、徒歩であれ。よければ、その知り合いの家まで案内しますよ?」
「いや、会ったばっかでそんな世話になるのも……」
「僕はこんなこともあろうかと、自動車用の燃料も売り歩いています。森では滅多に人に会いませんから、売ってもいいですよ?」
「うぐ……でも金が……」
「絵画修復家さん、もしくは画家の方がいらっしゃるなら、依頼や作品と交換でもかまいません」
「!?」
とてもいい提案……なのだが、連れに修復家がいるとか話しただろうか。
怪しさ満点ではあるが、背に腹は変えられない。彼の提案に乗ることにした。
「俺はアダム。こっちのちんちくりんはニノンだ」
「ちょっと、ちんちくりんって何!!」
「僕はサファリと申します。どうぞよろしく」
「まあ、車見ればわかるけど、あと二人仲間がいるんだが、いいか?」
「ええ。知り合いの家は大きいので」
そうして、一行はサファリの案内の下、サファリのビジネスパートナーの家に向かうのだった。
森の少し先を行くと、少々わかりづらいものの、枝道があり、その枝道を入っていくと、なかなか拓けた場所に大きな木造一軒家が建っていた。
一同は驚かざるを得ない。森にこんな大きな家があるなんて、街では聞かなかった。
「まあ、ここは狩人の住まいですからね。一定時期だけ狩人が住み込みで狩りをします」
「じゃあ、ビジネスパートナーって、その狩人さん?」
「いいえ」
ニノンの問いかけにきっぱり答えると、サファリは家の戸を叩いた。はぁい、と朗らかな声が上階から聞こえたが、それより早く、控えめに扉が開かれた。
中から、恐る恐るといった感じで覗いていたのは褐色の肌に、真っ黒な髪をした少女。サファリと同じか、それより少し年上だろうか。
「あ……サファリ……」
「お久しぶりです、アルジャン。急で申し訳ないのですが、森の中で道に迷っていた方々をお連れしました」
「ツェフェリ来る。待ってて」
アルジャンと呼ばれた少女は人見知りのようで、それだけ告げるとぱたりと扉を閉じてしまいました。
「女の子?」
「ええ。あ、ツェフェリというのも女性ですよ。彼女らがビジネスパートナーです」
「……なるほどな」
アダムが納得したように頷く。ニノンはよくわからず、疑問符を浮かべた。
ルカが確認するようにサファリに聞く。
「黒人、ですか?」
サファリは苦笑した。
「ええ、アルジャンはね。今じゃ人種差別なんてほとんどないですが、アルジャンのいた村はその辺が厳しかったらしくて、行き場のない彼女を拾って、ここに連れてきたんです。あ、ツェフェリは黒人ではありません」
何やら訳ありのようだ。あまり踏み入れない方がいいだろう。
ニノンも黒人くらいはどこかで聞いたことがあった。肌が黒い人、濃い褐色の人のこと。
少し、自分に似ているかな、と思った。脱色症のために[色ナシ]と呼ばれる自分と。悲しい話だ。何故人は差別してしまうのだろう。
やがて、再び扉が開くと、鶯色の髪をした女性が中に招いてくれた。
「道中大変だったでしょう? お茶淹れますね」
ニノンは四人掛けであろうテーブルを前に尻込みする。いいのだろうか。旅の一行だけで四人なのだが……
「アダムさんと、修復家さんには僕から話がありますので、こちらへ」
サファリがそう言って奥へ二人を誘っていった。
ニノンはおどおどしながら座る。すると、その隣にアルジャンが腰掛けた。
「あ、あの」
「……」
無言が辛い。
「いやぁ、修復家さんが来てくれて助かった。これでアルジャンの昔の絵もルーブルに売れるよ」
お茶を運んできたツェフェリが言う。ニノンは驚いてアルジャンを見た。
「あなた、絵を描くの!?」
「……描く」
返答が短くて続く言葉に困ったが、ニノンは咄嗟の思いつきでこう口にした。
「私にも絵の描き方教えて!!」




