ソウグウ
「最後にニンゲンを見たのはいつだろう。」
随分と久しぶりに目が覚めた。
もちろんわたしがそう考えている訳では無い。わたしは言葉を知らないから。感情を知らないから。わたしはまだ疑問ということさえ知らぬ無垢な赤子であった。
そしてこの閉ざされた洞穴と繋がれた鎖こそがワタシの愛しいゆりかごだった。
ではなぜこんなにも...
と、わたしは不快感を覚えゆっくりと身体をくねらせた。思考に似た何かから逃れるように。腕に繋がれた鎖が鈍く擦れる。いつまで経ってもこのどす黒い鉄の渦は断ち切れそうにない。首だけを回し彼女は辺りを見渡すが寝る前の景色ととくに変わりはない。少し蔦や苔が増えていたが。
ただ、瞳は開いてもわたしは深い水底に沈んだままだ。
───つまらないな
わたしは冷めきった塩水が熱を帯びずに煮詰まったような想いに体を焼かれながら今再び無意味な眠りに付いた。
─────突然、凄まじい轟音と衝撃がわたしを襲った。
次に目の前の扉が吹き飛んだ。
とっくに目は覚めきり、はじめて見る光景におどろいた彼女は土煙の中でも瞬きをすること無く体を固めていた。わたしのゆりかごを踏む足影が見えた。土煙が消えるとそこには布で全身を覆った1人のニンゲンがいた。
『子供...?生きてるのか...?』
彼女は久しぶりの来客にいつもよりも激しく身体をくねらせた。何かがわたしの中で動きはじめる。閉ざされた心の海に風が吹き始めた。
『この部屋の紋章...古代文字...何かの封印か
』
そのニンゲンは一通り洞穴を1周すると再び彼女に向かった。鎖に繋がれたわたしはとにかく身体をくねらせる。感情に似た何かを目いっぱい感じるように。
気が遠くなる程孤独だった私はニンゲンの出現にこれ程なく歓喜した。ニンゲンは私の背に手を回しガチャガチャと音を鳴らし始めた。私は忘却の海に溺れていた笑みを必死に作ってニンゲンの腕に肌を当て続ける。
『おいおい暴れるなよ...ほらっ、とれたぞ』
ニンゲンはそう言うと苔むしたどす黒い鎖を私に見せた。
...あれ?なんでニンゲンが持っているの?私の中で何かが渦巻きはじめる。私と洞穴を永遠と思われる程繋いでいたへその緒が、今プツンと途切れた。
そこで私は自由に体を動かせる事に気づいたのだ。ドクン...私は手入れした古井戸から再びその水が染みでるようにゆっくりと立ち上がった。2本の足で立つことを頭の片隅が覚えていたのか、震えながらも支えなしで立ち上がった。そしてそのままニンゲンに抱きついた。そしてその瞬間、古井戸から勢いよく水が飛び出した。
『ッーーー!!ッーーー!!』
はじめに奥底で溜まっていた腐った水が飛び出した。
私は久しぶりの喜びと抗えないその水に、なす術なく心を打たれていた。その波は治まる気配もなく勢力を増し私の心に襲いかかる。乾ききった心はスポンジのようにどんどんその喜びを吸い込む。小さな身体に抑えきれなくなった感情が爆発するように彼を抱擁する力になっていく...
『痛い痛い痛い...』
ニンゲンは抱きつく私を剥がした。しかし私の溢れる何かは止まらない。このままではどうにかなってしまいそうだ。波に呑まれて私が溶けて無くなってしまうようだ。
すると私の前に腕が出された。
『ほら行くぞ。』
強い力を感じるその手を私は両手で力いっぱい握りしめた。嬉しい。嬉しい。
そして私は私の全てであった洞穴を後にしたのだった。
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今思えば運命というやつだろう。
俺は古い文献を頼りに更に古めかしい廃墟群を見つけた。
そこは昔呪いや儀式に優れた集落で、そこそこ栄えたようだが、山奥の奇術集落ということでそれらしい噂に絶えなかった。
が、6000年前の噂ほど不確かなものはない。その伝説の集落跡は正に廃墟と化していて、噂どころか小瓶のひとつも転がっていなかった。古代の彼らが使ったであろう文字列も全て刃物跡で上書きされていた。
集落の入口だろう石柱にはいくつかの鋭い刃物の跡と見覚えのある文字が一言添えてあった。
"墓荒らし"と記してあった。
どうやら遥か昔に意地の悪い先駆者様が何人もいたようだ。
俺はおもむろに腰にあるナイフでそのアロイ文字の隣に同じくアロイ文字で"偉大な"と落書きしておいた。
職業柄仕方ないが"墓荒らし"に割に合う収穫がある時などほとんど皆無といっていい。
たまに未知の古代文字や限りなくスリムになったお偉いさんを見かける程度だ。
『全く、素敵な職場だよ。』
となんとか原型を留めている石の積まれた小屋(遠くからなら蟻塚に見えるだろう)の蔦を払っていると、不意に大きな扉を発見した。
扉ではあるが丸く分厚い岩石のそれは"開く"という使命を忘れてしまったようだった。
と隅に"扉ではなく壁である"と落書きがあった。どうやら先駆者様はあらゆる手を尽くしたが赤い模様を傷つけることしかできなかったようだ。ハンマーやツルハシ、焦げ跡。破り振り子の跡もあった。相当大人数の先駆者様だ。
俺はもちろん1人だが、こちらには時代の武器がある。
ドン!!!
爆発音と共に6000年間働いた優秀な分厚い門番は粉々に砕け散った。
しかし俺はしばらくの間動くことができなかった。それは爆薬の音や衝撃の影響ではなく、
砂埃の次に見えたのが扉に似合わない小部屋と、何よりこちらに向かって叫んでいる、鎖に繋がれた少女だったからだ。
俺ははるか昔、今から6000年前の記録を思い出した。
──"不死"の..........忌み子............
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『ッーーー!!ッーーー!!』
『なんだ、太陽は初めてか。』
私は容赦なく振り込む太陽の光に不快感をえた。ニンゲンの布に潜り込む。そこはニンゲンの匂いでいっぱいだった。なんと幸せな空間だろ。私は隙間から顔を出し顔を綻ばしながら道無き道を歩いていくニンゲンにむかって何かを受け入れるように満面の笑みをこぼした。
あぁ、なんて幸せなのだろう。




