レベル1:ここはどこ
今、俺の目の前に広がる光景は。
どの角度から見ても、上野にある大衆居酒屋の古ぼけた奥座敷には見えないものだ。
赤土の上には自由に成長した雑草たち。
木造平屋建て家屋に混ざって建つ古レンガ造りの建物。
野良犬と幼児がハイテンションで広場を駆け回る。
…飼い犬かもしれないけど。
「いや、首輪してないから野良犬だろうね」
俺の表情から勝手に思考を抜いて、それに応える男。
「重要なのは…ソコじゃねーだろ」
目の前の景色に微動だにしないで腕を組んだままの俺に、思わず呆れ声を出させる。
そう。
重要なのは、今この状況だ。
俺たちはついさっきまで居酒屋で呑んでいたはずだった。
上野にあるチェーン店の奥座敷で、隣にいるコイツ—中学からの悪友であるセナ—と唐揚げを挟んで酒を呑んでいた。
大学受験に失敗し一浪でニ流大学に入った俺と違って、昔から器用になんでもこなしてきたセナ。
受験勉強をしている姿さえ見なかったが、あっさりと国立の大学に一発合格。
同級生たちが鬼のような就活をしている中で、これまたあっさりと大手出版社に就職を決め、今や期待の新人だ。
イケメンは何をしても上手くいくのが世の常か。
あまりの羨まし…いや出来レース的な人生に思わず話が逸れてしまった。
「俺たち、白◯屋で呑んでたよね?」
入り口にある『ウェルカムゲート』らしきモノの柱に背中を預けて立っているセナが不思議そうな顔をする。
そうだ。
俺たちは何も変わらない日常の一部を過ごしていたはずだ。
だが、今は違う。
奥座敷は、抜けるような青空の下にある片田舎風の村に。
目の前にあったテーブルや唐揚げは、広場で戯れる野良犬と幼児に変貌している。
手に持っていた酒とスマホは…
「スマホ!」
そうだ。
あの時、俺もセナもスマホを片手に持っていた。
弾かれる様に自分の両手に視線を移すが、何も持っていない。
愕然としたのも一瞬で。
自然と視界に入る自分の姿に、再び思考が混乱する事になった。
俺は何も理解できないまま、ゆっくりとセナに視線をズラす。
…セナはコスプレが趣味だったか?
いや、もしそうだとして。
スーツの下にあんなものを仕込んでいたのか?
呆然と見つめる俺に気付いたセナは、眉間に皺を寄せ、やや気持ち悪そうに
「なに、こっちを見つめて。何かに目覚めたの?」
下手すれば一切の関係を断ち切っても構わない位の勢いで後ずさりする。
確かにセナは男受けもしそうな容姿の持ち主だが、俺はさっぱり男に興味はない。
「ふざけんな。…おまえ、最初からそんな格好だっけ?」
指をさす俺も同じような格好だけど。
セナは細身ながらも全体的に筋肉のある引き締まった身体だ。
…この辺がモテる理由か。
そのモテ身体に某有名RPGゲームのイラストにあるような胸当てや籠手、腰には剣まで携えている本格っぷり。
いや、人のことは言えないが。
俺もほぼ同じような状態である事は明白だが、敢えて現実から目を反らしてセナだけに問う。
「は?…あぁ、ここに来た時からコレかな」
どうやらスーツの下に仕込んでいたわけではないようだ。
という事は俺も同じだと考えていいのだろう。
そこで、再び俺の頭の中にスマホの存在が蘇った。
「そうだ!スマホ!セナ、スマホ探せ!」
スマホがあれば位置情報でここが何処か分かるかもしれない。
誰かに連絡を取ればこの状況が分かるかもしれない。
俺はよく分からない素材で出来た胸当てや腰当てなど、自分の身体のあちこちを探る。
当然、ポケットなんて気の利いたものはなくスマホを見つけ出す事もなかった。