表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

黒き鍵の在り処、そして危機一発


 僕は地下牢を抜け出すと、驚くティカリに竜の(ウロコ)を一枚差し出した。


「……これ?」

「しっ。読んで」


 それには『竜の角』の先端でコリコリと一生懸命彫り込んだ、短い文章が綴ってある。

 ティカリの()が『遠隔監視の首輪』の発動条件。だから、なるべく静かに事情を伝える手段として昼間のうちに準備しておいたものだ。目で見たものが魔法使いに伝わる可能性も考えて、鱗の表面に彫り込むことで指先で触れてもいいようにした。


 ティカリは素早くその文字を読んだ。


 ――(ドラゴン)は僕達の味方。魔法使いを嫌っている。

 ――足枷(あしかせ)を外せば、(ドラゴン)と共に逃げ出せるかも。

 ――『黒き鍵』を知らない?


 一瞬、信じられないという顔で僕と鉄格子の向こうの巨大な(ドラゴン)を見る。そして僅かに考えた後、ティカリは頷いた。

 瞳には希望の輝きが灯っていた。どうやら事情を理解してくれたようだ。

 僕がこうして竜に食べられずに生き残り、更に地下牢の外に出られたのはティカリのおかげでもあるのだから、信じてくれるはずだと思っていた。


「……んっ!」


 ティカリは指で廊下の向こうを指し示すと駆け出した。僕もその後を追うように走る。


「アギュー! すぐ戻る!」


 僕はなるべく小声で叫んだ。落ち着かない様子で身体を起こし始めたアギュラディアス。


『――ヤツが戻ってくる……。急ぐのじゃ』

「うんっ!」


 おそらく、魔法使いの魔力をアギュラディアスは感じているのだろう。魔法の源は『竜の血』なのだから、分かるのかもしれない。


 僕たちは階段を駆け上がった。もう警報が鳴るとかそういうのは気にしている場合じゃない。さっきティカリが魔法使いに操られた時、『黒き鍵は一階の広間、暖炉の上』と言っていた。つまり一階の広間にティカリは向かっている筈だ。


 魔法使いが城に戻ってくるのが先か鍵を手に入れるのが先か、あとは時間との戦いだ。


 階段を登りきると薄暗い衛兵の控室だ。扉から出ると広い廊下がある。左側を進めば大きな玄関ホールのような場所で、大きな両開きの扉が閉まっている。

 右側に行けば小さなドアがいくつか見える。ティカリは右側に走り出した。そして20メルほどの走ったところで、彫刻が施された大きめのドアを押し開けた。


「んっ!」


 中は真っ暗だ。足を踏み入れる事を躊躇う。何が潜んでいるか分からない。ティカリは緊張した面持ちで口を真一文字に結び、見えない闇の向こうを指差す。


「この中って……こと?」


 次の瞬間、ボッ、ボボッ……と両側の壁に付いている燭台に青白い炎が灯り始めた。魔法の明かりだろうか。次々と連鎖的に灯ってゆき、大きな広間を強い月明かりのように照らし出してゆく。

 僕達が部屋の扉を開けたから灯ったのか、魔法使いが城に戻ってきたから灯ったのか、判断はつかない。


 中は15メル四方ぐらいの部屋だ。天井は高く豪華な調度品が並んでいる。使われている形跡のない大きなソファや椅子、埃だらけのテーブル。そして、消えたままの暖炉。壁際に飾られた騎士の鎧。


 冷たくかび臭い空気が押し寄せてきた。


 と、真正面に見える暖炉の上に、いくつか鍵がぶら下げてあるのが見えた。

 銀色や金色の小さな鍵。そして黒い大きな鍵……!


「あれだ! ティカリはここで待ってて」

「……ん、ん」


 泣きそうな顔で口に手を当てるティカリ。祈るような表情で頷く。


 迷っている暇なんてなかった。一気に部屋の中を走り躊躇いもなく『黒き鍵』を掴む。重くて大きい。間違いなく(アギュラディアス)足枷(あしかせ)の鍵だ。


「これだ!」


 と、部屋の入口でティカリが、無言のままピョンピョン跳ねて、何かを指差していた。必死の表情で「ハル、後ろ、にげて」と言っているような――


「えっ?」

 ギギ……ギ! という音に振り返ると、騎士の鎧が立っていた。さっき壁際に飾られていた銀色の全身を覆う鎧。それが抜き身の剣をギラつかせて、僕に狙いを定めている。顔の部分を守るマスクの隙間からは赤い光が爛々と輝いている。


「ななっ!? ゴーレム!」

 僕は青ざめて叫んだ。

 ビュゥン! と容赦なく斜め上方から銀色の剣が振り下ろされた。背後は暖炉で逃げ場はない。

 しかも――左右、どちらに避けても剣の間合いだ……!


「う、うぉおっ!」


 一瞬で逃げ場なしと悟った僕は、騎士の鎧に突っ込んだ。体当たり……ではなく、股下をするりとくぐり抜けるために。


 剣が背後で空を切り、ガギィンと硬い床にぶつかり火花を散らす。


「ひぃええっ!?」


 でも、なんとか避けられた。騎士の鎧が大きな剣を振り上げるために大股を開き身構えたのが幸いだった。唯一の安全な逃げ道は、相手の股下だからだ。


「ハル!」


 ティカリがたまらず悲鳴を上げた。ガシャガシャと騎士の鎧の音が迫る。僕は入り口で待つティカリの手を取ると、駆け出した。


「逃げよう! 地下へ戻るんだ!」


 後ろを振り返ると魔法で動く鎧が盛大な音を立てて追いかけてきた。衛兵の控室に飛び込んで、ドアの前にテーブルを押し当てて塞ぎ、時間を稼ぐ。

 ガシャン! という大きな音がドアの外で鳴る。その音は動く鎧の騎士が激突している音だ。長くは持たないだろう。


 僕とティカリはそのまま階段を駆け下った。地下牢まで一気に走り、中に入る。


「アギュー! 鍵だよ!」

『――ハル……! 無事じゃったか。魔力が濃い。既に魔法使いはこの城に来ておるぞ……』


「わかった! おいでティカリ!」

「え、でも……」

 一瞬躊躇いを見せるティカリに「平気だよ」と言って地下牢の中に引き入れた。

「竜の檻……」

「大丈夫、この(ドラゴン)は友達だから」

「え、えぇ!?」


 グルル……とアギュラディアスが喉を鳴らす。巨大な身体を起こし足を引きずる。ジャラと鎖が重々しい音をたてた。


『――その娘に我が声は聞こえぬ。怯えるのも無理はない』

「だよね、でもいい。自己紹介は後!」


 内側から手を伸ばし、自作の『地下牢の鍵』で施錠する。


「ここなら騎士の動く鎧が追いかけてきても時間が稼げる……!」


 僕達を閉じ込めていた地下牢が、今は安全なシェルターにさえ思えた。その時、上で何かが吹き飛んだ音がした。上階のドアか、あるいは騎士の鎧そのものか。


 衝撃音とともに、物凄い嫌な気配……圧迫感が満ちてきた。怒りのような、どす黒くて生ぬるい風のような、闇そのものが近づいてくるのがわかった。


「魔法使いが……来た! 足枷をを外すんだ!」


 僕は握りしめていた『黒き鍵』を竜の足枷に向けた。

 と、その時。

 突然ティカリが掴みかかってきた。恐ろしい形相に変わり、しわがれた声で叫ぶ。


「う、ぐ……『オノレ、やらせはさせぬぞ、エサが……!』」

「ティカリ!?」


<つづく!>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ