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最後の賭け


 ◇


 なんとか地下牢から抜け出す方法は手に入れたけれど、進展は無かった。


 肝心の『黒き鍵』、つまり竜の足枷(あしかせ)を外す鍵が見つからないのだ。


 僕だけなら窓から城の外に出ることが出来たかもしれない。けれど、魔城の散策で分かった事もある。

 この魔城は、やはり魔法使いとティカリ以外、誰も居ないようだ。

 魔物の類いもうろついていない。ゴーレムには遭遇しなかったけれど、運が良かっただけなのかもしれない。

 魔城の周囲は小さな城下町に囲まれていた。夜なのに街に明かりは灯っておらず、無人の廃墟らしかった。

 更に城下町の向こうは荒廃した土地……おそらくは麦畑か何かだったのだろう。寒々とした荒野が延々と続いていた。


 とてもじゃないけれど、城から抜け出したところで安全な場所まで逃げてゆくことが出来るとは思えなかった。


 これじゃぁ竜に食べられる可能性は無くなっても、ここで魔法使いに殺されるか、逃げ出して外で殺されるか……選択肢がちょっとだけ増えただけだ。


 二日目はあっという間に過ぎた。

 

 ティカリも魔法使いも、地下牢には現れなかった。魔法使いの気配が城にあるような気がして、地下牢の鍵を開けて見に行く勇気は起きなかった。

 

 抜け出すとすれば昨日と同じ、天窓から月が見える僅かな時間がいい。


 気がつくと空は燃えるような赤に染まっていた。

 二日目の夜がじきに来る。そして明日になれば、期限の三日目がやってくる。


 アギュラディアスは地下牢で眠り続けている。血が足りない事による体調不良に加え、体力の温存を図っているのだろう。

 眠りは浅く、時折目を覚ましては僕の居場所を確認したりする。


『――ハル……何故逃げぬ? 地下牢のカギは作ったであろう?』


「逃げないよ。言ったじゃん。君のその足枷を外して、一緒に行く。それにティカリを連れていくんだ……」


 僕は自分に言い聞かせるように喋っていた。アギュラディアスの腹に寄りかかり休みながら。ここは少しだけ温かくて風よけになるからだ。


『――賢いのか、愚かなのか……わからんぞな』


 頭に響いてくる声は弱々しく、衰弱しているようにも思えた。


「愚かなんだと思うよ。無駄かもしれないことを、諦めてないから」


『――無駄……? そう言う割に、何を一生懸命作っているのじゃ?』


 アギュラディアスが興味を持ったらしく、首を曲げてこちらを見た。


 手元で僕は拾った竜の(ウロコ)に穴を開けて、何枚か重ね、そして破ったシャツから作ったヒモで結んでいた。

 カチャカチャと音がする、大きな首飾りみたいな物が出来上がった。


「うん、お守り。万が一のためのね」


 何かしていないと不安だった。

 このまま三日目の朝が来て、もう終わりかもしれないと考えると、怖くて不安で、どうしようもなくなる。


『――このまま、逃げ出すことも叶わずに朝が来て、魔法使いが来たら……お前はどうする気じゃ?』


「僕は……」


 不思議と恐怖は消えていた。考えるまでもなく、自然と答えが口をついて出る。


『――君に、アギューに食べてもらうよ。あんなヤツに殺されるくらいなら、君にひと思いにね』


 強がって微笑んでいるつもりはなくても、何故か笑みが浮かんでいた。諦め、いや多分……覚悟しているんだ。


『――ワシは喰わぬぞ』


 アギュラディアスはふいっと顔を背けた。


「なんで!?」


『――痩せっぽちで、大して美味くもない。もう少し肉がつき、血色も良ければ考えるがのぅ』


「うそつき。美味しいって言ったくせに」


『――そうじゃったな。痛い思いをさせてしまった。じゃが……ハルの血のお陰で、僅かばかり魔力は蘇った。こうして種と言語を越え、話すことが出来た。そして、生涯最後かもしれぬ、()を得ることが出来たのでのぅ』


「あ……うん!」


 (ドラゴン)が笑ったような気がした。もちろん、表情なんてないのだけれど。そんな気がした。


 明日、殺されるかもしれないのに、不思議と絶望なんてしていなかった。もっと先の事を話せば、もしかして明日も、明後日も、そのまたずっと先まで、行けるんじゃないだろうか? そんなことを考えていた。


「そうだ、アギュラディアス。君はどこから来たの?」


『――ここより遥か……遥かな東の果てじゃ。太古より残されし大森林。その奥にある、虹の消えぬ滝と、光あふれる水晶の宮じゃ……』


「なにそれ凄い! 見てみたい……」


 そんな……夢みたいなことが叶うなら。

 

 眠くなってきた。竜の腹がゆっくりと上下している。


『――いつか連れて行って……』


 その時、階段を降りてくる音がした。外はすっかり暗くなっている。

 やがて姿を見せたのは、ティカリだった。


「……ティカリ!」

「『小僧……! 気に食わぬな……なにゆえ、生きておる?』」

 顔は青ざめていて、眼は虚ろ。低く、訝しむような声が喉の奥から発せられる。


 ――魔法使い、アーリ・クトゥ・ヘブリニューム!


 ティカリの目と耳、そして身体を奪い僕たちを監視に来たらしい。という事は、今この城に魔法使いは居ないのかもしれない。


 これはチャンスだ。情報を聞き出す、最後の賭けだ。


「……その、あの! ずっと竜は眠っているんです……。僕を食べる気力も無いぐらいに、ひどく衰弱しているみたいで……」

 怯えながら、それでも媚びるように言葉を選びながら言う。


「『ぬ……ぅ? 死なれては困るな。月の満ちる明日、血を抜かねばならぬというのに……』」


 誤算(・・)が生じた事で、魔法使いは僅かに考えているようだ。


「あ……足から! その、竜の足から血が出ているんです……血が止まらない。きっと足輪のせいだよ……」

 僕はティカリの視界から(ドラゴン)をよく見えないようにして、弱々しく言った。元々、地下牢の中は暗くて、見えないはずだ。


「『……暴れたか、大人しくしていれば良いものを……』」

 忌々しげに舌打ちをする。ティカリが眉根を寄せて苦しそうな表情を浮かべる。

 

 ――がんばれ、ティカリ!


「こ、ここから出してください! 偉大なる魔法使いさま……!」


 鉄格子を掴み、哀れっぽく懇願する。僕がもし生き残ったら将来はきっと演劇で舞台に立てるかもしれない。


「『……よしよし。小僧、お前の役目はもう終いだ。今からそこへ()る。予定を一日繰り上げて、殺すとしよう』」


「そんな……!」


 僕は絶句した。水泡に帰すどころか、とんでもない失敗だ。


 目の前が暗くなりかける。


 けれど、考えろ、まだ、考えられるはずだ。


 魔法使いは「今からそこへ()る」と言った。それは何処から? 城の中にいるなら「地下に行く」と言うのではないだろうか?


 もし、昨夜みたいに空を飛んで、何処かを移動中ならば時間はもう少しある。


 それは5分? 10分? いずれにしても少し時間がかかる、ということだ。


 つまり魔法使いは今、城に居ない……!


 まだだ、まだ終わってない。


 ティカリが僕の意図を察したのか、首を振り魔法使いの眼と耳を奪い返そうとする。


「う、ぐ……! 『遠すぎるか……? 役立たずの奴隷め……。手間を増やすな。一階の広間、暖炉の上にある()()を持ってまいれ。どのみち……死んだら外さねばならぬ。……わかったな!』……ぐっ、う……はい」


 ――『黒き鍵』!


 ティカリの口が言い終わると、ガクリとティカリは地面に倒れ込んだ。ケホ、ケホッ! と苦しげにえずいている。


「大丈夫!?」

「ハルトゥナ……、うん……でも、にげて。お願い……殺されちゃう……」


 その声は、瞳は、元の少女に戻っていた。苦しそうなのに、僕を心配し言葉を絞り出す。


『――どうしたのじゃ、ハル……』


 アギュラディアスも目を覚ました。


 でも、これでついに足枷を外す、『黒き鍵』の在り処がわかった。


 僕はポケットから地下牢の鍵を取り出して、地下牢の錠前を開けた。ティカリがそれを見て驚き、目を丸くする。そして思わず声を出しそうになるのを口を押さえて必死に我慢している。


「脱出する。今から……この魔城を!」


<つづく>


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