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脱出推理と奴隷少女


 ◇


『――行ったようじゃな……』

「……助かった」


 魔法使いが居なくなると、僕とアギュラディアスは同時にため息をついた。


 いや、全然助かってはいないのだけれど。


 3日後、僕は殺されてしまう。(ドラゴン)のエサにすらならない役立たずとして、魔法使いの手によって廃棄(・・)されてしまうということだ。


 つまり、猶予は3日。


 命が僅かに伸びたにすぎない。


 それまでに逃げ出すことが出来るのだろうか?


 裸のまま地面にへたり込む。その横で、ゆっくりと大きな体を横たえる(ドラゴン)、アギュラディアス。カシャカシャと鱗が擦れ合う音がして、(ドラゴン)は前足を床につけ、まるで猫のように体を丸め横になった。

 角の生えた顔も床にまで下ろす。近くで見ると凄い大きさだ。顔だけでも、馬の顔を5つ並べたぐらいの長さがある。僕を二度(・・)丸呑みにした口には、恐ろしい牙がビッシリと並んでいる。


『――困ったことになったのぅ。ワシがいっそ喰ってやろうか?』

「君に噛み砕かれるのと、魔法で殺されるの、どっちが痛いかな?」


『――魔法は痛いぞぇ。ヤツはワシを「鉄のイバラの魔法」で突き刺しては血を奪う……。硬い鱗を持たぬハルトゥナでは、苦痛で気が狂うじゃろう』


 魔法使いが使った魔法は、鉄格子をイバラのトゲのように変化させた。それをアギュラディアスに突き刺して、ストローのように血を吸う、ということだろうか。


「傷、大丈夫? 痛い?」

 僕は立ち上がり、アギュラディアスの足に近づく。魔法使いの「鉄のイバラの魔法」で突き刺された傷は、鱗を貫通し赤い血が流れていた。

 手で触れようとして、気がついた。

 (アギュラディアス)の体には、他にも幾つもの槍が刺さったような傷があった。何度も魔法で刺されて、体から血を抜かれたのだろう。


「酷い……こんなのって……」


 どうして竜や人間に、平然とこんな酷いことが出来るのだろう?

 魔法使いアーリ・クトゥ・ヘブリニュームは、人間の皮を被った悪魔か、邪神の化身なんじゃないだろうか。

 魔法の真理を探求するあまり、世界に戦争と混乱、災厄を振りまいた彼ら魔法使いは、ついに百年にも及ぶ魔竜戦争を引き起こした。こうして竜を捕まえて自分の魔法の材料にしている。


 ――許せない。このまま思い通りになんてなるもんか!


 混乱と恐怖だけだった心の中に、沸々と憤りの気持ちが生じはじめていた。


『――ハルトゥナ、ワシの心配などいらぬぞぇ。傷はすぐに癒える。じゃが……血はそう簡単には……増えぬが……』


 眠いのか、目を半分閉じてうつらうつらし始めた。


「アギュラディアス……?」


『――なんじゃ?』

「血を増やせば、君も魔法が使えるの?」


『――勿論じゃ。じゃが……この足かせがワシの魔法の英知を……封じておる……』

 忌々しげに足を引きずると、ジャラ……と左足に嵌められた黒い金属製の輪と鎖が音を立てる。


 やがてアギュラディアスは目を閉じて、ズゴーと寝息を立て始めた。


「寝ちゃった……」


 けれど、ようやく落ち着いて考えられる。

 

 まずは血と涎でベトベトの顔と頭、身体を洗いたい。

 鉄格子のちょうど反対側、円形の地下牢の壁際には水場があった。チョロチョロと流れ落ちてくる僅かな水は、地下水だろうか。下水じゃないことを祈りつつ、頭から浴びて身体を洗い、飲んでみる。とりあえず、大丈夫な水みたいだ。

 洗い終えたことで、ようやく服を着る。


 やっとここで、猛烈にお腹が空いていることに気がついた。当然、地下牢の中に食べるものなんて無い。っていうか僕がエサだった。

「はは……」

 一人で乾いた笑いを浮かべつつ、水だけでなんとか生きていくことにする。


 服を着て、鉄格子の隙間から外を見て誰も居ないことを確かめる。そして改めて状況を整理して思案してみる。


 まずは地下牢の構造をもう一度調べてみることから始めよう。


 入り口は鍵の付いた鉄格子の扉だけだ。さっき魔法使いが「鉄のイバラ」に変化させた鉄の棒も、すっかり元に戻っている。

 壁は石積み。抜け道や、登れそうな手掛かりはない。

 

 天井を見上げる。10メルぐらいの高さがあるだろうか? 光取りの丸い穴の周囲をよく見ると、「木の(はり)」と木の板を組み合わせて、蓋をしている構造のようだった。

 

「……新しい木だ」

 使われている木材は、どれも新しい。つい最近、上から作って被せたような簡易的な構造らしい。

 そもそも、こんな大きな竜を一体どこから運びこんだのだろうと疑問だったけれど、これでわかった。

 地下牢自体が「落とし穴」あるいは「何かでおびき寄せる罠」になっていたんだろう。


 アギュラディアスは魔法使いの仕掛けた罠か、誘いに乗り、まんまと罠に嵌る。そして足かせを付けられて捕らえられたのだろう。

 その後で更に逃げられないように蓋をされた。


 つまり、天井の構造は簡易的なものだろう。


 足かせさえ無ければ、空を飛べるというアギュラディアスは「天井」を突き破り、逃げる事が出来るかもしれない。

 

 眠っている(ドラゴン)の背中を見ると、体の割には小さなコウモリのような羽が二枚あった。どう考えても空を舞うには小さいように思えるけれど、おそらく魔法の力で浮力を得るのだろう。


 となると問題は、魔法の足かせをどうやって外すかだ。


 恐る恐る近づいてみると、黒っぽい色で、表面は滑らかな不思議な金属製。表面には文字や紋章が描かれている。


「鍵穴だ……」


 鎖と輪っかを繋ぎ止める部分に、やや大きな鍵穴があった。


 何やら文字が書いてある。

 王立図書館で見たことのある、古代の文字。単語は……なんとなく読める。


 ――黒き鍵……封じの枷を外せり……


「『黒き鍵』で外せるんだ……!」


 鍵は魔法使いが持っているのだろうか? だとしたら絶望的だ。とてもじゃないけれど、奪うとか盗むとか、出来るはずもない。


 でも……。


 一度捕まえた貴重なドラゴンの足枷を外すだろうか?


 外すことの出来る鍵を、持ち歩くだろうか?


 この鍵穴の大きさからして、鍵は大きくて重くて、邪魔なはずだ。


「そうか……外すつもりなんて無いんだ」


 捕まえた竜の血を搾り取り、使い捨てにしようとしているのだから、もう外す理由がない。


 だから、魔法使いは「鍵を持ち歩いていない」と、推理する。


 きっと城の何処かに隠しているはずだ。


 ()()を捕まえた時、すぐに使えるような場所に。

 あまり遠い場所だと、取りに行くのが面倒だ。忘れないような近い場所、もしかすると、意外と近い場所にあるのかもしれない。


 城の何処かに鍵があるのなら、まだ脱出できる可能性はある。けれど……探しに行くには、まず僕だけでも地下牢から抜け出さなくっちゃならない。


 鉄格子には単純な「普通の鍵」が掛けられている。これをはずせれば、僕だけでも城の中を探し回れるはずだ。


 ――できるのか……? いや、でも他に方法は……。


 と、また誰かの足音が聞こえてきた。


 今度の足音は、小さくて……軽い。

 少なくとも恐ろしい魔法使いの足音ではない。


 手下か、あるいは様子を見に来た巡回だろうか?


 僕は素早くアギュラディアスから離れると、鉄格子ギリギリの場所でうずくまった。

 竜を恐れ、怖がっているエサを演じるためだ。


 やってきたのは女の子だった。


 歳は10歳ぐらいだろうか。酷く痩せていて背が小さい。

 ボロボロのワンピースのような土色の服を着て、素足で、青灰色の髪は手入れされていない。奴隷のような女の子。

 首には異様な蛇を象った、細い銀色の首輪がついている。


 瞳の色は青くて綺麗。けれど、まるで意志の力が感じられなかった。


 手には、小さな皿と、食べ物らしき白い練り物があった。


「……ごはん」

「君は……?」


 鉄格子の隙間から、皿を差し入れる。

 手は傷だらけで、ひどい扱いを受けているみたいだった。


「……」


 無反応。心を閉ざしているのか、魔法使いを恐れているのか。


「あの……!」

「……?」


 呼びかけに、無表情のまま僅かな反応を示す。


「君は、ここで働かされているの? じゃぁ……あの!」


 ――いや、まて……!


 鍵のありかを聞くとか、助けを呼ぶとか、絶対に口にしてはいけない。

 僕は「怯えきった、哀れな竜のエサ」であるべきだ。


 今は、せめて名前だけ。


「僕はハルトゥナ。竜のごはん……なんだ」


 自嘲気味に言いながら、力なく座り込む。


「……ごはん?」


 小首をかしげ、瞳に僅かな光が戻ったのが分かった。


「そう……。この竜に食べられちゃうんだ。もう、諦めてるけどね。……君の名前は?」


「……名前……ティカリ」


「ティカリ」


 次の瞬間、首輪の蛇の目が赤い輝きを帯びた。


「うっ……!」

「どうしたの!?」


「あ……ぅ、あ……『モドレ、我が()よ』」


 苦しげなティカリの口から発せらたのは、あの恐ろしい魔法使いの声だった。


 ――この子を使って魔法で遠隔監視しているんだ……!


<つづく>


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