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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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素敵な贈り物

 僕は保母を足蹴にしたその男の前に迷いなく進み、左手を後ろに回し右手を前にして指を前から3本立てる。

「あぁ、その腰の刀を抜くつもりかテメエ? あっちの女といい、揃ってふざけた格好しやがって。やってみろやオラァ!」

 威勢良く大声で睨む男に対して、僕は腹の底から魂を込めてこう言い放った。

「<ブレーメンドライブシュート>ぉぉぉッ!!」

 ズギューーーン!

 大きく後方に振りかぶった僕の左足がバチバチと雷を纏い、物凄い衝撃音と共に男の体に向かって放たれる。

 利き足でない左足で多少は加減したのだが、僕の雷を纏った蹴りを食らった男の体は重力を無視したかのように軽々と宙を舞い、昔クロと駆け回った裏山の方まで飛んで行った。

 あの無敵の芸術王オルイゼを倒したこの技を、冒険者でもないただのゴロツキがまともに受ければこうなるのだ。

 目の前で起きた光景を信じられずにパクパクと口を動かしていた男たちが、しばらくしてやっと一言喋った。

「な、何をしやがる!?」

 だが『国際冒険者法』的にも何の問題もない。

 僕の蹴り技<ブレーメンドライブシュート>は武器も魔法も使っていないからね。

 怯えた目でこちらを見る残った男たちに、僕は指を突きつけながらいかにも凶悪そうな声で言い聞かせる。

「僕の名前はアキラ。ここ出身の悪の戦士だ。これ以上無礼な真似をするなら、地獄の果てまでもおまえらを追い詰めてやるからな」

 すると男の一人が恐怖に目を見開いた。

「ア、アキラ……オーク四天王オルイゼを倒したあの"非情の殺戮マシン"の……!? 女相手のちょろい地上げのはずが割に合わねぇ。おいっ、この仕事は降りるぞ!」

 そう言って残った男たちを引き連れて逃げるように立ち去る。

 どうやら僕の世間での評判の悪さがこの時ばかりは大いに役立ったみたいだ。

 男たちがいなくなると、わあっと子供たちが大喜びで集まってきて僕をもみくちゃにした。

「すごいすごい! おにいちゃんは悪魔なの!?」

「さっきのぶれーめんどらいぶかっこいい! もう一度やってみせて!」

 今しがたまで泣いて怯えていた子供たちも僕の活躍を見て、ようやくこの『恵みの家ハートハウス』の子らしい、いつもの元気を取り戻したみたいだ。

 サラもほっとしたのか安堵の表情で胸を撫で下ろしている。

 そんな中で保母が僕に深々と頭を下げた。

「どうもありがとうございました。ここの土地が高く売れるとかで、地上げ屋に立ち退くよう連日嫌がらせをされていたんですが、あの様子だともう来ないかも……。私は最近入ったので存じませんけどここの出身の方なんですね。ならマザーのことはご存知ですよね? 最近腰を悪くされてお部屋の方でのお仕事ばかりなんです。ぜひお会いになって行かれてください」

 マザーは僕を育ててくれた、この『恵みの家ハートハウス』の最高責任者だ。

 元々は教会の修道女だったとかで、みんなの母親代わりをするのもあって『マザー』と親しみと尊敬を込めて呼ばれている。

 本名は僕も知らないけどマザーはマザー、唯一無二の存在だ。

 サラを連れて僕はマザーの部屋を訪ねた。

 その顔には皺も増え、腰を悪くして座ったきりだけど、あの懐かしいマザーの姿がそこにあった。

「お久しぶりですマザー。葉山旭(はやまあきら)、3年ぶりに戻ってきました」

 僕がきりっと挨拶するとマザーは顔を綻ばせた。

「まあ、旭。地上げ屋を追い払ってくれたみたいですね。しばらく見ない間にすっかり悪魔みたいな姿になって。そちらのお嬢さんはあなたの恋人? ずいぶんと大胆な格好ね。若い人の最近の流行なのかしら」

 てっきり立派になったと言ってくれるかと思ったらこれである。

 まぁしょうがないか、昔からマザーはこんな感じでずけずけと物を言うタイプの人だ。

 それにしても僕の『漆黒の使者』コーデはその色と山羊角のある悪の兜のせいか、ことごとく悪魔呼ばわりされるよな……。

「初めまして、アキラさんと同じパーティのサラと申します。よろしくお願いしますわ」

 丁寧に膝を折ってお辞儀をするサラにマザーはにっこりと優しい笑みを向けた。

「あらあらご丁寧に。私はこの『恵みの家ハートハウス』の責任者で、皆にはマザーと呼ばれています。よろしくねサラさん、アキラが迷惑をかけているんじゃない?」

「いいえ! それどころかいつも助けてもらってばっかりで。私もアキラさんのことは同じ戦士として見習わなきゃと思っているんです」

 へえー、初耳だけどそうだったんだ。

 リップサービスじゃないよね?


 それからしばらく保母さんが出してくれたお茶を飲みつつ、僕はマザーから色々と懐かしい話を聞き、サラもそれを興味深く楽しんでいた。

「小さい頃の旭はそれはもう優しい子だったのよ。傷ついた野生動物の手当てをして、みんなに内緒で裏山でこっそり飼って手懐けていたのよね」

 これは僕の相棒クロのことだ。

 親友のヨシュア以外にはそのことは教えてなかったけど、マザーはやっぱり知っていたんだな。

 あと、クロをさらって殺しかけたカンガルーこと加賀竜二も知っているか。

 話題は変わり僕の名前の話へと移った。

「マザーは名前のない子みんなの名付け親でもあるんだよ。僕の名前もマザーがそのセンスで付けてくれたんですよね」

 するとその言葉にマザーは首を横に振る。

「いいえ。それは違いますよ。少なくともあなたの名前、『(あきら)』にはちゃんとした理由があります。訓練学校に入学して以来ここに帰ってくることもなかったから、私もすっかり忘れていました。本当ならあなたが18歳になったらこれを渡して話そうと思っていたの」

 そう言ってマザーは机から小さな小箱を取り出して僕にくれた。

「開けてみなさい。それはあなたのお母様が残した、たったひとつの形見です」

「僕に母が? 僕って生まれた時に実の両親に捨てられてここに預けられたんじゃないんですか?」

 マザーから初めて聞く話に戸惑いながらも僕がその小箱を開けてみると、中には色褪せた青いリボンが入っていた。

 手にとってそのリボンを確かめて見ると、片側にインクで『AKIRA』と書かれていた。

「僕の……名前?」

 お茶を置いて、どこか遠くを眺めるような目つきでマザーは語りだした。

「あれは今から18年前、病院に子供を身籠った一人の重傷の女性が運び込まれたのです。その方は身元が分かる物も貴重品も一切持っておらず、一度だけ意識を取り戻したのですが医師たちにも何も話さなかったそうです。自分のお腹にいる子が男の子だと聞かされた直後、出産直前に亡くなり身元不明者として蘇生もされずにそのまま共同墓地に埋葬されました。幸いにも男の子は無事に生まれて、この『恵みの家ハートハウス』で預かることになったのです。その時に、一人の親切な看護婦が女性の持っていたそのリボンの裏に真新しいインクで名前らしき文字が書かれているのに気付くと、遺体と一緒に埋葬されるのを防いでここに持ち込み、私に事情を聞かせてくれたのです」

「それが僕、ですか」

 両親に愛されずに捨てられた子ではなかったというのは嬉しいが、母が僕が生まれた時にはもう死んでいたという事実はショックだ。

 しかも身元が判らず埋葬されたとあっては、母の名すらもう知りようがない。

 今さらながらではあるが、僕は本当の意味での天涯孤独になってしまった。

 マザーは僕の顔に向き直ると暖かな眼差しで見つめる。

「その名前にお母様のどういう思いが込められているのかまでは私には推し量れませんが、私はあなたに将来どんな深い悲しみの夜が訪れようと、それに負けない希望をもたらす朝の光のような人間に育って欲しいという願いを込めて『(あきら)』という字を付けたのです」

 ……そうだったんだ。

 青いリボンを持つ僕の手に少し力が入った。

「僕の名前にそんな由来があったなんて知りませんでした。マザー、今まで僕に実の母同然の愛情を与えてくださってありがとうございます」

 僕は深く頭を下げた。

 気が付けばサラが隣でボロボロと大粒の涙を流しているのが目に入る。

「グスッ、素敵なお話ね……」

 僕の話なんかにそこまで気持ちを共感してくれるというのは実の所とても嬉しかった。

 美人なだけじゃなくとても心の優しい女の子なんだよね、サラは。

 最後に僕はもうひとつ気になっていたことをマザーに尋ねることにした。

「ちなみに葉山という苗字にはどんな由来があるんですか? もしかしてマザーの本名とか」

 マザーはその僕の言葉に笑顔で答える。

「ああ、そちらは私が昔好きだった役者から取りました。葉山一郎と言えばその甘いルックスで<娘殺し(レディキラー)>と呼ばれた往年の大スターですよ。私も近くで撮影があると聞けば色紙を持って追っかけたものです」

 ……特にいい話はなかったから聞かなきゃ良かった。

 正直さっきの話の感動が薄れてしまったぞ。

 そんなこんなで僕たちはマザーに別れを告げて『恵みの家ハートハウス』を後にした。

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