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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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魔界の帰還者

 モンスターは一体どこから迷宮にやって来るのか。

 その答えのひとつは魔界だ。

 魔界と呼ばれる、高い知能と力を持つ生物たちの暮らす世界が異次元には存在する。

 その場所は古の昔からきっとどこかにあるに違いないと人間たちにも幾度となく想像されたが、いつの時代においても悪魔たちが棲む荒れ果てた地獄のような場所だというイメージでほぼ固定している。

 では現実の魔界がどのような場所かというと、至る所に宮殿のような豪華な建物が立ち並び、よく手入れされた庭園には宝石のような花々が咲き乱れ、広場にある噴水は澄んだ水しぶきを上げて、その側では小鳥たちが美しい鳴き声を奏でている。

 そこで暮らす人ではない魔族たちも、暴れたり火を吐くような恐ろしい乱暴者は誰一人おらず、平和にそれぞれ与えられた仕事を日々こなしていた。

 意外にも魔界とは人間の世界よりも静かで落ち着いた、天国のような場所だったのだ。

 だが、そこから人間たちの住む人界へと行き来するのは容易ではない。

 この日の魔界は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

「大変だ、50年ぶりに吸血卿がお目覚めになられた! すぐに人界に出ている全魔族に招集をかけろ!」

 魔界役所で働く役人たちの指示によりただちに人界の迷宮へと降り立っていた魔界出身のモンスターたちに連絡が行くと、彼らは深いため息をつきながらも続々と魔界に帰還した。


「せっかくポイントを貯めて人界に出たのに、今すぐ帰って来いとは役所も簡単に言ってくれるわな……やれ契約だの召喚だの古臭い手続きでがんじがらめにしおってからに。これだから魔界のしきたりは嫌なんだわ。おや、そこにおるはアークデーモンさんじゃなかとですか」

 上半身だけで浮遊する骸骨のような不気味な姿のモンスターが、頭に山羊のような丸い角を生やした魔術師風の人型モンスターを見て親しげに呼びかけた。

「これはカル・スカル殿、こう気軽に呼び戻されたのではお互いたまりませんな。一応私はとある迷宮の支配者として君臨している身なのに、これですから」

 アークデーモンがあからさまに不満気な態度を見せる。

「まったくもってその通り。吸血卿なんて時代遅れの年寄りが今頃起きたとこで、私らにゃ何の関係もないんですがね。この魔界の古い体質をどげんかせにゃならんですわ」

 そう言ってカル・スカルは、ゆらゆらと陽炎のようにきらめく透き通った実体の無い鎌を掲げてアークデーモンに同意した。


 幻想宮殿と呼ばれる魔界の恐ろしく豪華な建物の一室。

 エレガントな黒い天蓋付きのベッドの上で、フリルのついた白いドレスシャツを着た清潔な身なりの男が大あくびをした。

 左右の口髭を上向きに伸ばしたカイゼル髭。

 右目には銀の鎖の付いた片眼鏡『次元モノクル』を着用し、左目はずっと閉じたまま。

 曲がった鷲鼻で頬が痩せこけてげっそりとした、まるで人間の冴えない中年男性を思わせる独特な風貌の男。

 彼こそが現在の魔界での一番の実力者にしてヴァンパイア族の始祖、吸血卿クアトロである。

「何ざぁすか、執事連中が雁首揃えて騒々しい……イブリース坊っちゃんはもう復活なされたざぁすか?」

 魔界広しといえどもあの『魔王イブリース』を坊っちゃん呼ばわりして許されるのはこの男だけ、そして彼はイブリースへの不敬を絶対に許さない。

 その気怠く若干イラついたような声に、ずらりと控えた魔界執事デーモンバトラーたちは身を震わせながらも、その一人が軍人のようにきびきびと答える。

「はっ、まだであります。今少しご復活には時間がかかるかと。吸血卿のために極上の処女を100人揃えてあります。大広間の方へどうぞ」

 いつクアトロが目覚めても良いように、幻想宮殿には常に吸血用の女性たちが多数用意されていた。

 だがクアトロはこの数百年の間、慢性的な低血圧で常に倦怠感と食の細さ、すなわち吸血欲求の低下に悩まされているのだ。

「寝起きで生き血なんてとても飲む気にならないから結構ざぁすよ。それにしてもまだ復活されてないざぁすか。坊っちゃんのいない世界は主役のいないオペラのようで面白くないざぁすねぇ……それで、人界のトップ冒険者どもの動きはどうざぁすか?」

 吸血卿の右目のモノクルが怪しく光ると、白い髭を生やした一番の古参デーモンバトラーが進み出て主人に膝を折って報告をする。

「現在冒険者どもで最もレベルの高い、かつてイブリース様の偉業を阻んだ『心剣同盟』唯一の現役であるマルティーノの命はもう尽きようとしておりまする。それに続くのは侍のコジロー、ビショップのカルロ、戦士のワンジムら世界三大冒険者などと呼ばれている厄介な者どもですが、3年前に邪神アトゥを倒した時のようにパーティーを組むという動きは見られず、それぞれが勝手に行動しておる次第です」

「ふうん、わぁ~れが寝ている間にあの邪神アトゥがやられたんざぁすねぇ。ま、そいつらはどうでもいいざぁす。問題なのは"解放者"になりうる可能性を秘めた血統の者たちざぁしょ? 人界で愚かにも異種族の迫害まで始めたあの状況から、異種族同士仲良しこよし、おてて繋いでチーパッパと坊っちゃんの下まで辿り着いたあの時の奴らのように。その血を継ぐ連中を放置しておいたら、いずれ危険な"解放者"に成長しかねないざぁす」

 クアトロの言葉に白髭の執事はかしこまった。

「例の"解放者"の予言でございまするか。『再臨する偉大なる魔王の下に、古の血を受け継ぐ光を宿し解放者が多くの種族を束ねて立ち塞がり、再び偉大なる魔王を滅ぼすであろう』という」

 白髭の執事の言葉にクアトロは自身のカイゼル髭をつまんでピンと引っ張る。

「分かってるなら話は早いざぁす。魔王と名乗る連中は星の数いれど、『偉大なる魔王』なんて坊っちゃん以外にはいないざぁすからねぇ。どこぞの魔王が滅ぼされようが知ったこっちゃないざぁすが坊っちゃんだけは話は別、未来の障害は今のうちから取り除いておくざぁすよ。何か手は打ったざぁすか?」

「ご安心くだされ。"解放者"となりうる可能性が最も高かった『心剣同盟』のリーダーである侍クニハラの子と、唯一無二の真の聖剣で生まれ変わったロードのアカリの子は、10年以上前に"干渉ポイント"を優先的に使い、間接的に手を回して両方殺害が完了しておりますから何も心配の必要はございませぬ。後の可能性の低い『心剣同盟』の者たちについては"干渉ポイント"も足りずに殺害までには至っておりませぬが、ロードのマルティーノの子からはその記憶を奪い、顔を知る者もない遠く離れた地に隔離することに成功しました。魔術師のグワナとビショップのホルターは両者とも子を残せる歳ではなく、どこぞで老いぼれてその命が尽きるのを待つのみです。残念ながら僧侶のテッドの子は数が多すぎて把握に時間がかかり何も手が打てず、忍者のハットリサンについては消息すら分かりませぬ」

 そう言って頭を下げる白髭の執事。

「ま、クニハラとアカリの血を絶っておけば十分ざぁすね。坊っちゃんを深き休息に追い込んだ『心剣同盟』の連中も許せないざぁすが、特にあのアカリはわぁ~れが大事に育てて坊っちゃんの側近にも取り上げられた優秀なメスメロ伯爵を、<真祖退散(ディール・ワン)>などという姑息な技で消滅させた憎い女だから格別にいい気味ざぁす」

 ハンカチを取り出してモノクルのレンズを拭くと満足そうに頷き、クアトロはさらに尋ねる。

「新たに育ってきている冒険者パーティはどうざぁすか?」

「現在『アングラデスの迷宮』で急激な成長をしておるパーティが3つあります。中立の盗賊が率いるパーティにはデュランダル使いの厄介な戦士がいるらしく、あそこを支配するアークデーモンに警告しておきます。善のロードが率いるパーティはアルビノデーモンの手により一度壊滅させたと報告があったので特に警戒の必要はないでしょう。そして悪の戦士が率いるパーティですが、そのアルビノデーモンを倒しただけでなく、オークの芸術王オルイゼ、さらにコボルド神シバまでもが召喚され倒されたとの報告がありました。これもやはり警告しておきます」

 それを聞いたクアトロはピクリと耳を動かした。

「最後の連中は一体何者ざぁすか? 新人パーティがそれだけの相手を続けて倒すのはちょっとおかしいざぁす。まさか見逃した"解放者"の可能性がある者じゃあないざぁしょねぇ……」

 モノクルを光らせて疑惑の目を向ける主人を前に、白髭の執事は準備しておいた一冊の雑誌を取り出した。

「念の為にその悪のパーティに関する詳しい資料を人界より入手しておきました。これです、『俺は金にならない仕事はしない主義でな。人命など二の次三の次、どうでもいい』と、明らかに自分の利しか考えぬ愚かな冒険者のようで。とても予言にあった『光を宿し解放者』などではありませぬ」

 白髭の執事に手渡された雑誌の『現代のピカレスク・ロマン。アングラデスの迷宮最速攻略筆頭候補の悪属性パーティ、バタフライ・ナイツ。悪のカリスマたるリーダーの素顔に迫る。本誌美人女性記者、星沢愛の"体"を張った完全密着レポート』と題打たれたその記事を読み、吸血卿は鼻を鳴らした。

「ふうん、こんな利己的でクズの見本のような人間たちが"解放者"であろうはずもないざぁすからねぇ。ま、単に強いだけの冒険者ならいくらでも迷宮で遊ばせておいても構わないざぁす。それじゃ、わぁ~れはもう数年寝かせてもらうざぁすよ。後のことは適当に頑張れと皆に伝えておくざぁす」

 そう言って再びベッドに潜ろうとするクアトロを慌てて若いデーモンバトラーが引き止めた。

「そ、それだけですか? 吸血卿が50年ぶりにお目覚めになられたということでせっかく全魔族を魔界に招集させたのに。せめてバルコニーにでも出て皆に一目その姿をお見せください!」

 途端にそれまで気怠そうだったクアトロの雰囲気が一変する。

「……執事の教育がなっていないようざぁすね。<死眼>」

 くわっと吸血卿の閉じられた左目が見開かれると、その視線を向けられた若い執事は声ひとつ上げず苦しむ素振りも一切なく、バタリとその場に倒れた。

 それこそ吸血卿クアトロが恐れられる要因のひとつ、<死眼>であった。

 視線系で最強最悪の能力として知られるのが蛇の王バジリスクが持つ石化効果のある<邪眼>、次に一部上級魔族が持つ対象を意のままに操る効果のある<魔眼>が有名であるが、吸血卿の<死眼>はそれらとは一線を画す恐るべき力で、狙いを定めた相手をほんの一瞬見ただけで必ず即死させる効果がある。

 吸血卿が眠たそうにあくびをして左目を閉じると、残ったデーモンバトラーたちは何も言わずに死体を部屋から運び出した。

「そうそう、人界のことは全部ドラッケン伯爵に連絡を取り任せておけば問題ないざぁしょ。人類に紛れたあの男なら大概のことは上手くやってくれるざぁす。それじゃ、グッナ~イ」

 魔界一番の実力者はそれだけ言ってベッドに入ると、すぐに寝息を立て始めた。


 魔界でもそれなりに名の知られた大悪魔としての礼を尽くそうと、めかし込んで吸血卿に謁見の用意をしていたアークデーモンは役人から伝えられた言葉に声を失った。

「は? 吸血卿がまた眠られた? それも『後のことは適当に頑張れ』と、それだけ? 私は何をしにわざわざ魔界まで戻ったというのだ……」

 アークデーモンがわなわなとやり場のない怒りに身を震わせていると、対応した役人は思い出したように言葉を続けた。

「そうだ、『アングラデスの迷宮』を支配するおまえには特別な指示があったぞ。『イノセント・ダーツ』と『バタフライ・ナイツ』とかいうパーティにくれぐれも気を付けろとのことだ。何でも戦士が強いらしいから、うっかりやられないよう十分注意するように」

 特に感情も込めずにそれだけ告げると、役人は自分の仕事に戻るべく魔界役所へ足早に去っていった。

「くだらぬ、そのような冒険者ごときに注意せねばならぬ存在だと私は魔界の者たちに思われているのか……しかも『倒せ』ではなく『気を付けろ』だと? 大悪魔にあるまじき屈辱だ。いいだろう。そいつらを圧倒的な力の差を見せ付けた上で葬り、いずれこの寝ぼけきった魔界も私が支配してくれる」

 瞳に怒りの炎を燃やすと魔界の大悪魔アークデーモンはそう決意し、自らが支配する『アングラデスの迷宮』へと戻った。

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