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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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忍者への転職

 ジェラルドの言葉でその場に漂っていた祝勝ムードも終わり、僕たちは教会を後にした。

 僕たちがアルビノデーモン相手に死闘を繰り広げている一方で、チヒロたち『イノセント・ダーツ』がまさか真の五層のボスと戦って勝利していたとは……。

「あの南の赤い扉は完全に罠だったんだね……僕たちは戦わなくてもいい戦いで危うく全滅するところだったのか。一層では隠し扉にも気付けたんだけどな」

 リーダーとして誤った選択をしたことに僕が落ち込んでいると、アンナにポンとお尻をはたかれた。

「あの白い悪魔を放っておいたら五層を完全に支配するだけじゃなく、グレーターデーモン軍団でも結成していずれ地上にも出てきていたかもしれないわヨ。それに、ガイとマグアの仇を討ってくれたことでアタシもヤンも感謝してるのヨ。スゴイことをしたんだからもっと胸を張りなさい、アキラ」

「そうよ。南に行ったおかげで結果的に兄さんたちを助けることができて、私も絶縁宣言を取り消してもらえたし。アキラは最善の選択したと思うの。ありがとう、アキラ」

「ムクシのやつがあのまま死んじょったら、わしもさぞ寝覚めが悪かったろう。強敵相手におもしろき技にも開眼できたし、まっことアキラとおると退屈せんでええちや」

「ウィ。アキラのおかげでワタクシも呪文無効化に対抗する特別な詠唱法……白い悪魔はイニシエ詠唱と言っていましたわね。それを使えるようになりましたし、あの戦いはとても価値がありましたの。メルシー、アキラ」

 アンナ、サラ、ヒョウマ、エマがそれぞれの言葉で僕の選択が間違ってなかったと後押ししてくれた。

 仲間っていいな。

 困った時には肩を叩いてくれ、嬉しい時には共に喜びを分かち合える。

 ぼっちだった僕にも昔は友達のヨシュアがいたし相棒はクロがいたけど、仲間というものは冒険者になってから初めて得た特別な絆、かけがえのない僕の財産だ。

 ヤンがそんな思いにふける僕を見つめて丸眼鏡を光らせる。

「アキラは友情より女を取る薄情な男よ。ヤンさんガッカリね。またアルビノデーモンでも現れて、美女たちのピンチにヤンさんの回復呪文の出番が回ってこないアルかね~」

 どうやらさっきの教会での僕のモテ期をまだ根に持っているらしく、他の仲間たちと違ってろくでもない言葉をくれた。

 感動も台無しである。


 訓練所へと赴いた僕たち『バタフライ・ナイツ』はいつもの討伐の手続きを済ませた。

 本日倒したモンスターの総数は、ゾンビ14、アングリーヘイケクラブ1、ブラックミノタウルス1、グレーターデーモン26、アルビノデーモン1。

 討伐報酬は8万2530G、一人1万3000Gずつ分配して端数はパーティ貯金だ。

 続いて判定球にそれぞれの冒険者登録証をかざし経験値加算をすると、レベルアップを知らせるけたたましいファンファーレが鳴り響く。

 『レベル17・悪・戦士・アキラ』

 『レベル12・中立・侍・ヒョウマ』

 『レベル14・悪・戦士・サラ』

 『レベル18・悪・盗賊・アンナ』

 『レベル16・悪・僧侶・ヤン』

 『レベル18・悪・魔術師・エマ』

「一気に4レベルアップか……気が付けばマスタークラスを通り越して相当に強くなったな僕も」

 僕は感慨深く登録証の数字を見つめてぎゅっと拳を握りしめる。

 体の内側から力が湧き上がってくるような感じがするぞ。

「フフ……かつての時代の冒険者たちは、際限なく仲間を呼び続けるグレーターデーモンを相手に命がけの経験値稼ぎをしたものですが。アキラ君たちもようやくその域まできたようだね」

 そう言っていきなり僕に声をかけて来たのはいつものあのオジサンだ。

「オジサンの権限で君たちの現在のステータスを見させてもらったよ。おめでとう、アキラ君とアンナ君はこれで晴れて『殺戮マッスィーン』忍者の転職条件を満たしました。フフ……忍の道を歩む準備はいいかな君たち?」

 えっ、あの上級職の忍者になれるの僕?

 両手で複雑な印を結び不敵に笑うオジサンにアンナはひらひらと手を振った。

「忍者になんかなったらアタシの繊細な盗賊技能が激しく落ちるしお断りヨ。そりゃ攻撃力は相当上がるかも知れないけど、レベルもまた1からだし。あの全身黒づくめのダサい忍者装束もアタシのイメージと違うのよねぇ」

 えー、僕はカッコイイと思うけどな……いかにも闇の者って感じで。

 全身黒がダサいのなら、僕の『漆黒の使者』コーデも実はそう思われているのかな……ショックだ。

「うーん、残念。でもオジサンの大本命、アキラ君はこの日のために今まで忍者修行を続けて来たんだし、当然転職するよね? オジサンが第一印象で決めてたアキラ君だもの、嫌とは言わせないよ」

 確かに上級職には憧れていたし、属性的に侍にもロードにもなれない以上は忍者が僕にとっての一番ベストな選択肢なんだろう。

 ムラサマは忍者でも装備できると前にアカリから聞いた。

 スシマサについてはヒョウマからも何も聞いていないけど、多分ムラサマと同じく忍者もいけると思う。

 悪の鎧など僕の『漆黒の使者』コーデは……装備制限で忍者は金属鎧が無理だから、これは諦めるしかないだろう。

「アキラは忍者になるがかよ? わしのように軽装になれば今より格段に攻撃回数も跳ね上がるぜよ。ただ体力と防御面は完全に諦めにゃならんが」

 布製の上着に袴という軽装な出で立ちでこれまで戦ってきたヒョウマの言葉を聞いて僕は考え込んだ。

 ヒョウマって強いけど、結構な大ダメージを何度もその体に受けてるんだよな。

「そうか。戦士は全職業で一番体力が多くて金属鎧も装備できるんだもんね。忍者になると攻撃力は上がるけど体力と防御面で今よりガクッと落ちちゃうのかあ。スタイル的にはヒット&アウェイの極地って感じか……どうするか悩むな」

 ヒット&アウェイは本来僕の性に合った戦闘スタイルではある、だが……。

 その時、無意識にサラの方に目をやった。

 ビキニアーマーに包まれたその柔肌はほとんどの部分を露出させており、訓練所を行き交う人々もその大胆な格好に目を奪われている。

 色々丸出しな訳だけど、メタリックな水着と思えばそんなにいやらしさは感じない……じゃなくて、サラと一緒に乗り越えてきた自分の今までの戦いを僕は振り返る。

 よし、答えは出た。

「僕も忍者になるのはやめておきます。厳しい戦いをこれまで乗り越えられてきたのは、戦士としての高い体力と防御のおかげでもあるから。最後まで攻撃を耐え抜き、敵を倒す。きっとそれが僕に一番合った戦闘のスタイルなんです」

 僕がキッパリそう告げると、オジサンは吹っ切れたような顔で頷きお茶をぐいっと一気に飲んだ。

「アキラ君ならオジサン最高の忍者になれると思ったんだけどなあ。いや、仕方ないね。いつか君の気が変わる日が来るのをここはじっくりと待つよ。1年でも10年でもね、フフ……」

 執念深いストーカーみたいでちょっと怖いんですけど、オジサン……。

「ところで、『イノセント・ダーツ』がアングラデス五層のボスを倒して六層への階段が発見されたんですよね? やっぱりまた迷宮の調査で立ち入り禁止になったりするんですか」

 話題を変えた僕の質問にオジサンは感心したふうに頷く。

「おっ、情報が早いねアキラ君。その通り、もうアングラデスは立ち入り禁止になったよ。さっそく調査に向かった迷宮調査員たちの話によると、ポイズンジャイアントが倒された五層北の隠し扉の先の広間に確かに階段はあったようだよ。前回の全滅の経験を踏まえて、今回は迷宮調査員たちも慎重の上に慎重を重ねて調査するようだから、解禁には前よりも時間がかかるかも知れないね」

 六層。

 僕たちが三層で助けたジャイアントクイーンは以前こう言っていた。

 『そして六層は最深層。妾たちを契約にて呼び寄せたこの迷宮の支配者の名は、魔界の大悪魔アークデーモン……妾が知るのはここまでです』

 アークデーモンがどんなモンスターなのかは知らないが、分かるのはあのアルビノデーモンよりも格段に上位の存在であること。

 そしてこの僕のスシマサが有効な悪魔系モンスターだということだ。

 最深層である六層最後の戦いも絶対に勝ち抜いて、僕たち『バタフライ・ナイツ』がこの日本最高難易度の未攻略迷宮『アングラデスの迷宮』をきっと攻略してみせるぞ!

 決意を胸に秘め、僕たちは訓練所を後にしたのだった。


 ネオトーキョーの街が黄昏色に染まると人々の足も途端に慌ただしくなる。

 ある者は家路へ、ある者は食事をしに、またある者はこんな時間から早くも酒場へと繰り出す。

 そんな中、訓練所から一足先に宿泊先の<トーキョーイン>に戻った仲間たちと別れ、僕は『堀田商店』に迷宮で手に入れた正体不明の金属板を売りに来ていた。

「ふんふん、これは『精霊銀』やね。自然界には存在せえへんかなり希少な金属なんよ。3万Gでどうやろ?」

「うわ、そんなにするの? 喜んで売るよ!」

 価値が有るのかどうかも疑問だったあの金属板がまさかこんな高値で売れるなんて、僕の顔も緩んでしまう。

「毎度ぉ。これだけの量があればお父ちゃんも喜ぶわ。もうレアメタルが入手できんてドワーフの里の鍛冶工房でも難儀しとったみたいやし、精霊銀ならかわりとしても十分やろ。それにしても」

 じーっとつぶらな瞳で僕の全身をくまなく観察するアカリ。

「悪の鎧に悪の兜、それに黒いブーツとはお父ちゃんもなかなかええセンスしとるわ。これだけのアーマークラスの冒険者なんてこの街でもそうそうお目にかかれんで。あの初心者丸出しゃったアキラおにいちゃんがここまで成長するなんてウチも鼻が高いわぁ。せやな、アキラおにいちゃんはウチが育てたようなもんか! あっはっは!」

 何が面白いのか、椅子に座ったまま白いワンピースから毛糸のパンツが見えるのもお構いなしに、短い足をバタバタさせお腹を抱えてのけぞり大爆笑するアカリ。

「いや、アカリさんに育てられた覚えはないけど。にしても、この装備を売ってくれたあのドワーフのお爺さんってアカリさんのお父さんだったんだね。僕もコレ、かなり気に入ってるんだ」

 まあ普通に考えて、ドワーフの子供がホビットのはずはないから血は繋がってないんだろう。

 僕もみなし子だし、そこは深く突っ込むまい。

「せやで。お父ちゃんは世界一のアイテム商人なんや。ウチもはよ見ただけでアイテムをズバリ言い当てられるぐらいになりたいわぁ。ん? アキラお兄ちゃん、そっちのムラサマじゃない方の刀ちょっと見せてんか」

 興味津々で僕の腰に下げたスシマサを見つめるアカリ。

「これ? スシマサって名前の刀なんだ。貰い物なんだけど」

 そう言ってアカリに手渡すと、僕から受け取った刀を鞘から抜いて広い台の上に置き、細い道具を取り出してあっという間に柄巻きの間にある目釘を抜いて柄をバラしてしまった。

「これって刀の体裁に打ち直してあるけど、元々は鮪包丁やね。魚屋さんが使うおっきい包丁の、アレや」

「へえー見ただけでそこまで分かるんだ。さすが堀田の看板娘だね。よっ、二代目!」

 僕の褒め言葉に上機嫌で拡大ルーペを取り出して(なかご)にある銘を確認するアカリ。

「なになに、『弘化元年九尾稲荷大社奉納悪滅操手狩必刀寿司政』……うーん、神社かどこかに奉納されたスシマサいう刀なんは、さっき名前聞いたから分かるけど……アカンわ。チンプンカンプンや。ウチの興味本位で見ただけやし、鑑定能力使うまではせんでも別にええやろ。元通りに直しとこな」

 操手狩必刀寿司政。

 政の使ったその技も刀も、何の因果かこの僕が受け継いだんだね。

 さっきの戦いでアルビノデーモンを倒した最後の技も、きっと政が力を貸してくれたに違いない。

(ありがとう、政さん)

 僕は大昔の偉大な寿司屋にそっと心の中でお礼を言った。


 一方、<トーキョーイン>の自室では、サラが大きな縫い針を手に真剣な顔つきで叫んでいた。

「大丈夫、サイズが違うだけで原理は同じはずよ。深呼吸して……ふぅっ、秘伝<カジキ一本突き>ーっ!」

 サラがフリチョフから学んだハルバードの技を使って縫い針を通したそれは、ブラックミノタウルスという名で呼ばれた獣人の黒い皮の切れ端であった。

 その気合を込めた一撃は硬い皮を見事に貫通させて、最初の糸を通すことに成功した。

「やったわ! この調子なら簡単にできちゃいそう。喜んでくれるかなアキラ」

 自分の仕事がもたらす結果に思いを馳せながら、乙女は着々と作業を続けた。

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