死闘の結末
グレーターデーモンは2体になり、そいつらは攻撃するでも冷気呪文を使うでもなくまたも仲間を呼び始める。
念には念を入れ、数を増やしてから僕たちにとどめを刺すつもりのようだ。
「ふう、これはもうおしまいネ……」
アンナが諦めの表情で悲しげに呟いた。
「ヤンはまだ動けるよね? 今のうちに扉までダッシュで行けば逃げられるんじゃないか?」
僕がそう言うとヤンは首を横に振った。
「ヤンさんは仲間を見捨てて一人逃げるような男じゃないアルね。生まれた時は違えども死ぬ時は同じ、それが男の道よ! なんちゃって、ホントは一人で逃げてもどうせ五層か四層でモンスターにやられて終わりなのが分かってるね。僧侶はつらいアルよ~」
最後の最後まで冗談めかしてヤンはそう言い、僕たちは笑った。
4体まで増えたところでようやく冷気呪文の詠唱に入る悪魔たち。
「アタシは下手に冷気軽減装備なんてしてるから苦しむ時間が長そうでイヤだわ」
「せめて全員目の前まで近づいてきてくれれば、左手だけでなんとか刀を振れるんだけどなあ……」
「どうせなら最後にエマのおっぱいも揉んでおけば良かったアルよ。紳士な自分がうらめしいね」
ここまで必死で戦った冒険者の最後にしては僕たちの心は穏やかだった。
きっと一人ではないからだろう。
そういう意味では僕は幸せだ。
悪魔たちの詠唱が終わったその時――。
バンッ、という音と共に稲妻のような速さで何かが僕たちの前を駆け抜けた。
「國原一刀流奥義<向抜撃剣>」
ズバッシャァー!
赤い髪の大男が振るった剣は冷気呪文が発動するより先に、4体の悪魔たちの心臓を貫いて、完全にその肉体を破壊した。
「トシさん!?」
アンナが驚いてその背中に向かって叫ぶ。
「全滅には何とか間に合ったようだな。しかし今のタイミングは危なかった。ミーの技が必ず先手を取れる技で助かったぜ」
僕たちに白い歯を見せて救出屋のトシは陽気に笑った。
あっ……助かったんだ、僕たち。
嬉しいやらホッとしたやらで一気に僕の全身から力が抜けた。
「遅くなった! 無事か『バタフライ・ナイツ』!?」
次に大きな声を出して飛び込んできたのはトニーノ、その後ろにはさっきまで死んでいたマナとヴェロニカの姿まである。
地上で仲間の蘇生が無事に成功し、僕たちの救援に駆けつけてきてくれたのだ。
「まったく、ひどい有様ですわね。大いなる神よ我が祈りの声を聞き届け癒やしの力と恵みの祝福を授け給え<真慈癒>」
美人すぎる女僧侶が僕たちに最高の回復呪文をかけてくれた。
僕の折れた手足もすっかり元通りだ。
「わたくしがあなたを嫌いなことにかわりはありませんが、助けて頂いたのには感謝いたします。もう動けるのですからジェラルドたちをあそこから下ろすのを手伝って貰いますわよ。そうやって人のために働いて少しは奉仕の心を学びなさい。そうすればわたくしもちょっとは……いえ、何でもありませんわ。さあアキラはあの鎖を切るのですよ」
ヴェロニカは丁寧にお辞儀したかと思うと、すぐに動けと僕にあれこれ指示を出してきた。
うーん、結構人使いが荒いなこの人。
「よく喋る女アルね。まあ助かったのは良かったよ、ヤンさんが優秀な遺伝子を残さずこんなところで死んだりしたら人類にとって大きな損失ね。男に生まれたからには死ぬ前に一度は全種族の女と子作りしてみたいよ、ヴェロニカも人間女部門でエントリーどうアルか? ウシャシャシャ!」
「ああ、なんてお下品かつ違法な……」
ヤンの発言によろめくヴェロニカ。
「ちょっと、彼女はウブなんだからそういう下品な話を聞かせないでよね。あんたもリーダーなんだからあのモグラみたいな眼鏡男にちゃんと教育しといてよ、葉山」
よく通る声でマナは苦情を言うと、僕の首を脇に抱えてまるで男友達みたいに気安くヘッドロックをしてきた。
その勇ましい鎧を着てなかったら完全に胸が僕の顔に当たってるよな。
あんまり考えたことはなかったけど、この人は何カップなんだろう。
「柊先輩、ちゃんと復活できて良かったですね。扉の前で先輩の死体を見た時はさすがに焦りましたよ」
僕がそう言うとマナは急にパッと手を離して、自分が女であることを思い出したかのように顔を赤らめた。
「あたしが死んでる時、まさか変な所とか出てなかったよね? その、胸とかお尻とか……」
もじもじと言葉尻を濁す<最強の百合>に僕は男らしく頷く。
「大丈夫です。もし出ていたとしても先輩は女と思ってませんから」
ビシッ!
いたた、思いっきり尻を蹴られたぞ。
僕たちはその後、全員の死体をトシが組み立てた大きなソリの上に乗せると、ビショップであるトニーノの転移呪文で一気に地上へ戻った。
少し休んで魔力を回復させたヤンが、死んだ仲間たちを一度灰化させてその蘇生成功率を高めた結果、教会でマナたちも復活させたベテラン蘇生人が全員無事に生き返らすことに成功した。
本当なら教会での蘇生は結構な料金がかかるみたいだけど、今回は『イグナシオ・ワルツ』が、というかジェラルドが僕たちの仲間の分も全額立て替えてくれるらしい。
それぞれのパーティが生き返った仲間を見て教会内で喜びの声を上げる中、僕の前にサラとジェラルドが仲良く一緒に姿を現した。
サラ、生き返ることができて本当に良かった……。
「お疲れ様アキラ。無事にあいつを倒して私や兄さんたちを助けてくれたのね。私、絶対に勝てるって信じてたわ。兄さんが何かアキラに話があるみたいよ」
二人揃うとその栗色の髪も淡いブルーの瞳も全く同じで、やっぱり兄妹なんだなとしみじみ思う。
ジェラルドはその整った顔によく似合う前下りなボブの髪をさっと手でかき上げ、僕に向かってゆっくりと口を開いた。
「今回は大きな借りができたなアキラ。私も悪の属性の者についての考え方を改めざるを得ないようだ。感情に任せてサラに絶縁宣言をしたのは私の誤りだったと認めよう」
そう言って僕に向かって手を差し出すロードの美青年。
「こっちこそ蘇生代金をオゴって貰っちゃって、どうもありがとう。トニーノたちがトシさんを連れて来てくれたのも助かったよ」
互いに剣を交えたこともあるけれど、ようやく分かり合えたんだ。
僕は感無量の思いで彼の手を握った。
ぎゅーっ。
いた、いたたた!
僕の手を握り潰さん勢いで、バカみたいに手に力を込めてくるぞジェラルドのやつ!?
「ところで、サラが裸同然のこんなはしたない格好なのは、悪魔みたいな格好をしているおまえの影響みたいだな。兄として少し話がある、別室へ行こうか」
耳元でそう囁くと、ニコニコと手を振るサラを尻目にジェラルドは強引に僕を引きずって教会の中の部屋へ連れ込んだ。