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男女がひとつ屋根の下で寝るという『冒険者ルルブ』での『男性冒険者が選ぶ女性との憧れのシチュエーションランキング』2位の状況下でも特に何かあるでもなく、僕は冒険初日の疲れからかぐっすり睡眠を取っただけであった。
紳士の僕としては何をしようという気もないのだが、『据え膳食わねば男の恥』という有名な古の言葉もある。
もしも女性の方からアプローチをかけられたならいつでもそれに応じる心構えはあるつもりだ。
そんな『もしも』の状況をあれこれ妄想しながら、僕は訓練学校の門の前でサラが支度を済ませて出てくるのを待っていた。
女子が出かけるとなると、何かと準備に時間がかかるものなのである。
「おお、アキラじゃないか! ガハハ、先日卒業したオマエがこんなところで何をやっとるんだ。暇なら修行でもしていくか? 歓迎するぞ!」
そう言葉をかけてきた傷だらけの顔をしたガチムチの体格のこの人こそ、訓練学校舎監のカンキチだ。
「い、いや。カンキチ先生、ちょっと人と待ち合わせを……」
言葉を濁して後ずさりする僕。
カンキチの言う『修行』とは、3年間のカリキュラムを終えた訓練生がさらに3年間ここで訓練の日々を過ごすという意味だ。
訓練学校は学費も一切かからないし、修行をすればその分確実に力を付けることができるとはいえ、せっかく僕は念願の冒険者デビューしたのだ。
人間の寿命は他の種族と違って短く、その青春の時間も同様に短い。
あと3年も時間を無駄に使わされるなど冗談ではない。
「いいじゃないかアキラ。わしとオマエの仲だろうが。遠慮するな! ガハハハ!」
その太い丸太のような腕で僕をがっちりと捕まえて離さないカンキチ。
マズイ、このままでは冗談ではなく本気で修行させられかねない。
ガチかもしれないカンキチの態度に僕が恐れをなす。
「お待たせアキラ」
その時、女神が現れた。
サラは昨夜と違い、明るい栗色の長髪を右側に束ねて胸元に垂らしている。
これがきっと普段のスタイルなのであろう。
というか凄まじい美人だ。
昨夜よりも一層見映えがする美人のサラに、朝のランニングをしている訓練学校の男子生徒たちもその足を止めてボーッとみとれている。
「おお、サラ君。無一文のまま兄上に放り出されるとは災難だったな、ガハハ! 生憎ともうここに泊めてやることはできんが、修行ならいつでも歓迎するぞ!」
豪快に笑うカンキチに手の平を突き付けるサラ。
「いえ結構です。昨夜は助かりました。それではアキラとこれから用事があるので失礼します。行きましょう、アキラ」
サラのおかげで僕はカンキチの魔手から無事解放された。
うーむ、美人なだけでなく実に頼りになる女の子だ。
そして待ち合わせの時間である朝7時に、僕はサラを連れて『みやび食堂』へと到着した。
知り合った経緯を手短に端折って『みやび食堂』の前でアンナとヤンに事情を説明する僕。
「ふーん、イタリアからこの国に来て早々、帰るお金もなくなっちゃったワケねぇ。アタシも故郷はイギリスだし、乙女が故郷を離れて見知らぬ土地で心細い思いをする気持ち、十分に分かるわ。そういう事情なら当然ほっとけないわヨ」
「じゃあ、いいの?」
僕の言葉にウィンクして右手でOKサインを作るとサラに向き直るアンナ。
「アタシは盗賊のアンナ。むさい男所帯に今まで女子はアタシ一人きりだったから、女の子の仲間が増えるのは嬉しいわ。歓迎するわヨ、サラ」
自分を女子に堂々とカウントするんだ……と呆気に取られる僕の傍らでパーティの仲間として受け入れられたサラが嬉しそうに自己紹介をする。
「はじめまして、アンナ。私はサラ。まだ冒険者登録したてのレベル1の戦士だけど、精一杯頑張りますのでこれからどうかよろしくお願いします」
おずおずと頭を下げるサラの背中をヤンが遠慮なしにバンバンと叩き、ついでに腰にもタッチする。
「ひゃっ!」
サラが敏感に飛び上がった。
「ウシャシャシャ、ワタシ僧侶のヤンさんよ。顔だけじゃなく体の方もしっかりしてるアルねサラ。アキラも昨日までレベル1だったのを、ヤンさんが実戦でビシビシ鍛え上げたよ。"レベルアップ請負人"と呼ばれたこのヤンさんに任せておけば万事解決、何も心配いらないアルね」
丸眼鏡を光らせてヤンは胸を張る。
"レベルアップ請負人"なんてヤンの肩書き、初めて聞いたぞ。
それに、ヤンに鍛えてもらった覚えもないような……。
「よ、よろしくお願いするわね、ヤン」
ヤンの馴れ馴れしすぎる態度にサラもドン引きしたみたいだ。
「まずはサラにも剣と鎧が必要だわネ。アキラ、『堀田商店』まで一緒に行って揃えてあげなさいヨ」
「その間にヤンさんたちはテーブル確保して朝メシ頼んでおくアルね」
ヤンが朝から忙しそうなフェルパーの女性店員に何やら呟くと嫌な顔をされていた。
ほっといて僕はサラと『堀田商店』に向かうことにした。
「いらっしゃーい、アキラおにいちゃん。あれ、あれれー? 一緒におる美人な女の人はーもしかしてー」
ニヤニヤと好奇の眼差しで僕とサラを交互に見つめるアカリ。
「はじめまして。アキラのパーティに加入した戦士のサラよ。よろしくね」
「なーんだ。てっきりアキラおにいちゃんの彼女さんかと思うたやん。サラおねえちゃん、ウチはこの堀田の名物看板娘アカリです。まあ、冗談はここまでにして商売させてもらいます」
そう言って途端に商売人の目になるとサラの全身を一瞥するアカリ。
「ふんふん、必要なんは武器と防具やね。ほな奥に試着室があるから一緒にいこか。あっ、アキラおにいちゃんは来たらアカンで。乙女の生着替えやさかい」
僕はそれから軽く20分は待たされて店の番をさせられた。
客なのになんで僕が。
やっと試着室から出てきたサラは、僕も買った堀田印の剣と革鎧を購入したようだ。
あれだけ待たせて結局それかとは当然言わない。
僕だって女性の装備選びには少しは理解があるつもりだ。
「ねえ、どうかな?」
サラが若干恥ずかしそうに頬を染めて身に付けた装備の感想を聞いてくる。
僕の脳内で警鐘が鳴る。
大丈夫、こういう場合の対処法も前もって『冒険者ルルブ』で学んでいるのだ。
「うん、すごくよく似合うよ。『堀田商店』に舞い降りた華麗な女戦士様って感じだね。見違えたよ」
僕の感想を聞き、嬉しそうにサラが両手を頬にやる。
「そ、そうかな? ちょっと派手かなって思ったんだけど、私も一目見てから欲しいなと思ってたから」
「サラのイメージにぴったりだと思うよ。僕ともお揃いだし」
僕は自分の剣と革鎧をサラのそれと見比べてうんうんと頷いてみせる。
「はあっ? アキラとお揃いって……」
サラが疑わしい目で僕を見ている。
どうやら何か答えを間違ったみたいだ。
考えろ、考えるんだアキラ。
脳内をフル回転させようやく僕は正解に気付く。
迂闊だった。
サラの足下、そこに今まで無かったとてもセクシーなピンク色のブーツが存在していたからだ。
「いやいや、革鎧もいいけれどやっぱりそのセクシーなブーツが一番サラを輝かせているよ、うん。色もいいなあ。女の子らしくてピッタリだね」
そう軌道修正して何とかありったけの賛辞を放り込む。
「嬉しい! 私もコレ気に入っちゃったのよね。アンナともお揃いで色違いだし」
げえっ、アンナもコレを履いてるのか!?
男は意外と他人の、それもオカマの足下までは見ないので気付かないものである。
まあサラの足下も危うく見過ごすところだったのだが。
これからは注意して見ていこうと僕は誓った。
「よくおにあいですよサラおねえちゃん。それじゃもうお会計でええね?」
ニコニコとアカリが両手を揉んでいる。
「剣と革鎧が確か20Gだったっけ、ブーツもそんなにしないんでしょ?」
サラも100Gぐらいは給付金を受け取っているはずなので、僕のように変な抱き合わせ商品を買いでもしないかぎりは余裕で支払える額のはずだ。
僕の言葉にアカリはきっぱりと首を横に振る。
「ちっちっち、女性用防具相場をナメたらアカンでアキラおにいちゃん。セクシーブーツはお値段なんと400G! 初回購入割引と、アキラおにいちゃんのお仲間やさかい勉強させてもろて、剣と革鎧も付けてしめて合計380Gになります」
小さな胸を張り自信満々で恐ろしい金額を口にするアカリ。
「どうしようアキラ。私そんなに持ってないわ」
眉尻を下げて困った顔をするサラ。
カワイイがこればっかりはどうしようもない。
「僕だってないよ!」
何しろ先日ここで全財産をはたいた上に、アンナに40Gの借金までしてる身の上だ。
「せや、アキラおにいちゃんが分割で払うっちゅうんはどうやろ?」
親指と人差し指を立てたキメ顔でアカリがロクでもない提案をする。
「それって素敵! ありがとうアキラ」
サラが大喜びで僕に抱きついた。
どうしよう、なんだか断りにくい雰囲気になってきたぞ。
「うんうんステキやでアキラおにいちゃん、ひゅーひゅー! かっこいいー!」
「トホホ、だからどうして僕なんだよ……」
結局なすがままに代金を分割で支払うという書面に渋々サインさせられる僕であった。
まあサラは僕が買ってあげたセクシーブーツを大層気に入ったようなのでよしとするか。
しかし、討伐報酬のスライム換算だと10000匹近く倒さなければけないのかと思い、僕はぶるぶると身震いした。
「毎度ぉー。今後ともご贔屓にしてなーアキラおにいちゃーん、サラおねえちゃーん」
ぶんぶんと両手を振って僕らを見送るアカリ。
「とても可愛い店員さんだったね。また来ようね、アキラ」
確かに白いワンピースを着たアカリのそのしぐさは愛らしく、男なら思わず守ってあげたくなる本能をくすぐられる。
だが忘れてはいけない。
彼女はホビットで、ああ見えてもう26歳のれっきとした成人女性なのだ。
僕はもう騙されないぞと肝に銘じ、仲間の待つ『みやび食堂』へと戻った。
「ただいま」
「遅かったね。もうヤンさんたち朝メシ食べ終わったよ。アキラとサラも早く食べないと迷宮に乗り遅れるアルね」
迷宮に乗り遅れとかそんな概念があるのかと思いつつ、僕とサラも二人の座るテーブルに着く。
今がちょうど朝のピークなのか『みやび食堂』は混雑していた。
あっちもこっちも見渡すかぎり満席状態だ。
にも関わらずテーブルの一角をずっと占拠している僕たちへ、フェルパーの女性店員が露骨に嫌な視線を向けてくる。
そんな空気にもヤンは全然お構いなしで、水のおかわりを氷多めで平然と要求した。
この人のハートの強さは尋常ではない、本当どうなっているのだろうか。
「アンナとお揃いのコレ、アキラに買ってもらっちゃった♪」
サラは椅子に腰かけるとピンと両足を揃えてアンナに買ったばかりのセクシーブーツを見せた。
カワイイそのしぐさに、僕は借金を重ねただけの価値はあったなとちょっとだけ報われた気分になる。
「アラ、いいわねぇ。高かったでしょそれ。アタシもアキラに何かおねだりしちゃおうかしら?」
ロクでもない発言をするアンナ。
これ以上地獄の借金ロードを歩かされてはたまったものではない。
「さあ、急いで食べてしまわないと迷宮に乗り遅れちゃうからね。サラもなるべく早く食べてしまおう」
わざとらしくそう言うと、僕はアンナの言葉を聞かない振りをしてチャーハンをガツガツとかっ込んだ。
食事を済ませると僕らは、『マルホーンの迷宮』へと赴いた。