アングラデスの迷宮第五層 その7
「ウソ? まさか失敗して消滅しちゃったの!?」
サラがショックを受けた様子でハルバードをその手から取り落とす。
死亡からの蘇生の失敗、それはすなわちこの世からの完全消滅を意味する。
かつて『ハイランダーズ』のガイとマグアがそうだったように、消滅すればいかなる手段を用いても生き返ることはないのだ。
「おいおい、冗談では済まされないぞ! それに今の呪文は一体全体何だ? 蘇生呪文でもないし、僕も知らない呪文だったぞ!?」
トニーノが血相を変えて食ってかかると、ヤンは慌ててその丸眼鏡を光らせて言葉を続けた。
「いやー悪かったね、一度は言ってみたかったちょっとした冗談よ。その通り、今のは蘇生呪文ではないアルよ。あれは前に仲間の蘇生が失敗したのをきっかけに、ヤンさんが独自に編み出した『灰化』呪文ね」
仲間の蘇生が失敗って、それってあのガイとマグアのことだよね。
でも蘇生呪文じゃなくて『灰化』呪文というのはどういうことだろうか。
「『灰化』呪文? それは一体何ですのヤン。ワタクシに詳しく教えてくださる?」
エマが茶色の瞳を大きく見開いて、興味津々な様子でヤンに尋ねる。
「『灰化』は状態としては死亡と同じ扱いアルよ。ただ、死亡から灰にしておけば死体の損傷率がどんなにひどくても高い水準で蘇生成功率を保てるよ。それに持ち運びにもとても便利ね」
ドヤ顔でヤンは丸めたブルーシートを手にし、軽さのアピールなのかそれをブンブンと振り回すとと丸眼鏡を光らせた。
僕には良く分からないけど、呪文職のエマとトニーノはしきりに頷いて尊敬の目でヤンを見ている。
「そんなことが可能なのか……ヴェロニカも前に言っていたが、君は<快活大光>のように僧侶呪文では習得できないオリジナルの呪文が使えるんだな。いやはや凄いな……天才と言ってもいいだろう」
「モンデュー! さすが老師のローブを受け継いだだけのことはありますわね……ワタクシも今後の参考にさせていただきますわよ、ヤン」
この美形の二人が感心するだなんて、ヤンって実はすごい人だったのかな?
まるで消滅したかのようなタチの悪いブラックジョークを平気でかましたり、とてもそんな風には見えないんだけど。
「じゃあこれを持って先に教会に戻るといいね。魔力の尽きたビショップがここにいても屁の役にも立たないアルよ。エマ、転移呪文は使えるね?」
ヤンは仲間の灰が入ったブルーシートをトニーノに手渡すと、エマに向かってそう尋ねた。
転移呪文って魔術師の最上位呪文にある、対象を迷宮内の一度行ったことのある任意の場所に移動させるあれか。
すごく有名な呪文だけど僕もこの目で見るのは初めてだ。
世界各国を行き来するための転移港の原理も、転移呪文が元になっているのだと訓練学校の授業で確か聞いた気がする。
「ええ、勿論使えましてよ。この方を迷宮の入り口まで転移させればよろしいのかしら? それじゃいきますわよ」
手にした杖をオーケストラの指揮者のように華麗に動かし、エマは呪文の詠唱を始めた。
「すまない、おかげで命拾いした。サラ、君はいいパーティに恵まれたね。アキラ、彼女のことをこれからも頼んだ。君たちの健闘を祈るよ」
僕に向かってトニーノが深くその頭を下げる。
「えっと、はい! 任せてください!」
僕の返事に爽やかなイケメンスマイルを浮かべると、転移呪文によってトニーノの姿はその場から瞬くように消え去った。
ちゃんと話せばいい人だったな、『イグナシオ・ワルツ』の人も。
きっとサラの兄さん、ジェラルドもそうなのだろう。
僕たちがアルビノデーモンを倒してまた彼らと話し合う機会を作らなければ。
「扉は解錠したわヨ。準備はいいかしら?」
不気味な赤い扉の前でアンナがそう言うと僕たちは一斉に頷いた。
赤い扉を開けて中へと踏み込むと、広間の中でおびただしい数のグレーターデーモンを従えて噂の白い悪魔が待ち受けていた。
「ようこそ地獄へ、下等生物ども。今日は来客が多い楽しい日だ」
そう言って変わった形の剣を手にした白い悪魔が不気味に笑う。
あれは確か『堀田商店』でもこの間売っていたクシュナートの剣だ。
大きな刃が先端からドリルのように渦巻いたその形状は、敵の肉体を徹底的に破壊する目的でデザインされた、匠の手による誉れ高い名剣である。
「先にここに来たロードたちはどうしたの! 答えなさい!」
サラが凛とした声でそう叫ぶと、白い悪魔がパチンと指を鳴らし天井から何かが吊り下げられた。
「……なんてことなの、兄さん……」
そこに現れたのは十字架に磔にされたジェラルド、ムクシ、ベンケイら3人の姿だった。
全身からひどい出血をしており、腹からは臓物もはみ出ている。
「ムクシ……!」
ヒョウマが同門の侍の無残な姿に牙を剥き出して唸る。
もう生きてはいないのは僕の目でも明らかだった。
だが――。
「……サラ……か……逃げろ……」
磔にされたまま掠れるような声で警告を発する鎧の美青年。
ジェラルドはそんな状態でありながらもまだ生きていたのだ。
「兄さん、喋らないで! お願いヤン、回復呪文を――」
「この男は下等生物にしては中々に粘ったぞ。まさか50ものグレーターデーモンを倒すとはな。もしかするとおれの自動再生能力をも上回りかねん面白い技を使ったが、この体に触れることができなければ何の意味もない」
邪悪な笑みを浮かべ、白い悪魔は手にしたクシュナートの剣をジェラルドに向かって力強く投げた。
ギュルッ。
ドリルのような形状の剣が空を鋭く切る。
「ぐはっ……」
その剣は十字架に磔にされたジェラルドのプレートメイルに守られていない喉を無慈悲に貫き、彼は糸の切れた人形のように事切れた。
「兄さん! そんな……」
その惨状にサラが目を伏せた。
ヤンの詠唱が終わる前にアルビノデーモンは僕たちの目の前で、ジェラルドにとどめを刺してしまったのだ。
こいつ……許せない。
「余興は終わりだ。さあ、戦いを始めよう」
白い悪魔がそう宣言すると、一斉にグレーターデーモンたちが行動を開始する。
次々と連続で爪で襲い来る悪魔に僕は<操手狩必刀>を出す暇もなくスシマサを短いモーションで振り抜く。
ギラリとその刃が光ったと思うと、凄まじい切れ味で一気に2体を切り裂いて倒した。
必殺技でもないのに、この威力は何だ?
「おれたち悪魔族の肉体に大ダメージを与える剣か、だがデーモンバスターではなく刀。まさか……その下等生物が持っているのは、祖を滅ぼしたあの忌々しい寿司屋の刀か?」
余裕の態度だったアルビノデーモンの顔がその表情を一変させて奇妙に歪む。
『寿司屋』、間違いない……ヒョウマの師匠が僕にくれたこの刀、これは正真正銘のスシマサ。
政が愚零太泥衛門を倒したあの刀なんだ。
ならばこいつらに対して絶大な効果があるのも当然だ!
僕はそれを今一度確かめるべく、勢い良く踏み込んでスシマサで悪魔たちに斬りつけた。
バシュッ!
悪魔たちは血しぶきを上げて面白いように倒れていく。
「やれるぜアキラよ! そのまま一気に攻めちゃろうぜよ!」
僕とヒョウマが先頭に立つとサラとアンナもそれに続いて、爪を振りかざす悪魔に怯むことなく切り崩しながら、前へ前へと攻めこむ。
「エナジードレインを繰り出す隙はないとはいえ、爪による神経毒すら効かんのか? おい、もう遊ばなくてもいい。呪文と召喚で一気に片付けろ」
アルビノデーモンがそう命令を下すと悪魔たちは詠唱を始めた。
トシが言っていた冷気呪文と仲間呼びのパターンか?
それに反応してヤンは回復呪文を、エマは攻撃呪文をそれぞれ詠唱する態勢に入る。
僕たちの体を強烈な冷気が包み込むが、即座にそれは回復呪文で癒やされる。
ドガアアアアーーーン!!!
直後、エマの<核撃>の呪文により凄まじい爆発音と熱量が悪魔たちを襲う、だが――。
「しくじりましたわ。呪文無効化能力がここまで高いだなんて」
赤いフードの下でエマの美しい顔が曇った。
ブラックミノタウルス戦でも見せた、とてつもない威力を誇る<核撃>の呪文なのに、倒れた悪魔の数はほんの3体程度にすぎなかったからだ。
そこからは絶望的な消耗戦にもつれ込んだ。




