アングラデスの迷宮第五層 その5
『イノセント・ダーツ』が室内へ踏み込むと大きな人影が目に飛び込んだ。
そこに仁王立ちしていたのは、頭には宝石の付いたターバンを巻き上半身は全裸、下半身にはゆったりとしたズボンを履いた何やら風格のある、どす黒い肌の巨人であった。
「どうやらこの層のボスかな? 事前情報では白い悪魔がいると聞いていたが、黒い巨人とは真逆もいいところだぜ。いつもの陣形でいこう」
チヒロの言葉に各自武器を手に、クロトを先頭に布陣を取る仲間たち。
それを見て巨人がその口を開いた。
「よくここまで来たのォ~。ワシがァ! あ、ワシこそがァ!! 元巨人族の王、ジャイアントキングであるゥ~ッ!!!」
「声が大きすぎなのー! 耳がびりびりするのー!」
「ほんとね! うるさいったらありゃしないわよ!」
雷のような大音声を響かせてそう名乗る巨人に小さなミーミとニーニが耳を押さえるが、ヤヨイは臆することなく指を唇に当てて頭に浮かんだ疑問を投げかける。
「あれっ? 元ってことは、今は王様じゃないのぉ?」
「なんだとォ~人間の小娘? 今なんと言ったァ!?」
恐ろしい表情でヤヨイを睨むと巨人は何故か頷いて言葉を続けた。
「よくぞ聞いてくれたのォ~! そうとも、今のワシは王ではない。そればかりか忌々しいことにジャイアントキングですらない! あの憎きオークの王オルイゼに美しい女王を奪われたばかりか、一対一の勝負で打ち負かされ一度は死んだ身よ。四層におるネクロスがワシを復活させたが何の嫌がらせか、よりによっておぞましい体に生まれ変わらせおった。おまけに六層へ続く階段のあるこの部屋から、呪縛により一歩たりとも出られん。あの腐れネクロスはワシを体のいい番人にしおったのだ! どいつもこいつも契約を無視しおって、腹立たしいことこの上ないわ!」
怒りに打ち震える巨人にチヒロは戦闘を回避できるかもと思い、交渉を試みることにした。
「そのオルイゼもネクロスもとっくに冒険者の手でもう倒されたぜ。ここであんたと俺たちが戦う理由はないんじゃないかな? そこを通してくれるとありがたいんだが」
すると巨人は大きな声で豪快に笑う。
「ワッハッハ! そうはいかん。何しろ貴様らはワシがポイズンジャイアントとなって以来、初めて現れた獲物だ。じっくりと腹いせの道具としていたぶらせてもらおう! まずは挨拶がわり、しびれ針雨の洗礼を食らえい!」
巨人がターバンを脱ぎ捨ててブンブンと頭を振ると、その頭髪から針のような毛が何本も雨のように飛んでくる。
ダメージこそ微々たるものだったが、それを受けたクロトとヤヨイの体が瞬時に麻痺して硬直した。
素早い動きで回避したチヒロと、小さすぎて当たらなかったフェアリーたちはそれを見て次の行動に移る。
「あの針には麻痺効果があるのか。ミーミ、アレを頼む」
「了解なのー。内なる生命のパトスよ我が声に目覚めその神秘の力にて癒やし守護せよ<超神秘波濤>」
ミーミがサイオニックの最上位呪文である、回復と状態異常治癒と守備力上昇効果を一度に仲間全員へ付与する<超神秘波濤>を詠唱した。
たちまちクロトとヤヨイの体から硬直が取れ、さらにダメージも回復し守備力も高まった。
「助かった、ぞ」
「ありがとうミーミ!」
ギロッと爬虫類独特の目で巨人を睨み反撃に転じたクロトはデュランダルで斬りつけ、後方からはヤヨイがミナモトグレートボウで援護し、チヒロが二刀のク・ナイフで死角から連続で切り裂く。
そしてニーニはアルケミスト呪文の真骨頂である『雲』系統の継続攻撃呪文を詠唱した。
「大気に満ちたりしエーテルよ我が敵の頭上に留まり灰色の世界で覆え<苦霊層雲>」
巨人の頭上に灰色の雲が出現しその体にダメージを与え続ける。
だがそれだけのコンビネーション攻撃を受けたのにも関わらず巨人はケロリとしており、豪快に笑うだけであった。
「ワハハ、それだけか? ぬるいぬるい! おまけに何だこの妙な雲からのしょぼくれたダメージは? 不死生物となったこの体にはさっぱり効かんなァ~!」
その馬鹿にしたような巨人の言い草は、ニーニのプライドをいたく傷つけ彼女をカンカンに怒らせた。
「何よ! 不死生物だと自分から申告するだなんてとんだ馬鹿ね! ニーニは腐った筋肉には興味もないし、もう光のエーテルでさっさと終わらせてあげるわよ!」
そう言ってニーニは空中で小さな妖精の杖をくるくると回す。
「大気に満ちたりしエーテルよ光の粒子となりてその神秘なる輝きで全てを照らせ<霊光>」
ニーニがアルケミストの光呪文を詠唱すると、ポイズンジャイアントの体をしゅんしゅんと無数の光が貫いた。
呪文無効化地帯の四層でこそ使えなかったが、不死生物にはこの光属性ダメージを与える呪文は絶大な効果がある。
「むぐうぅ、不死生物となった体にこいつは効くのォ~! だが、今のワシには強力な自動再生能力がある。ワハハ、もう完治したわ! そら、お返しの毒撃ブレスを食らえい!」
巨人がその口からぶはっと吐き出した紫色の毒霧がモクモクと室内に充満して、彼らの体を包み込む。
「ごほっごほっ、息が、できないのー……」
「うぐ、腐った筋肉のクセに……」
最も体力の少ないフェアリーの姉妹は、飛ぶ力を失い床に落ち気絶した。
「大丈夫かカノン姉妹!? だが俺もまずいぜ……」
チヒロが顔に焦りの色を浮かべて膝をつくと、ヤヨイも同じくその場にへたり込んだ。
「かなりのダメージがあるねこの霧、わたしも立っていられないよぉ……」
チヒロとヤヨイはかなり苦しそうであるが、クロトだけはそれを食らっても態勢を崩すことなく立っている。
その理由は、クロトが全種族でトップクラスの力と生命力を誇るリズマンであり、全職業で最も体力のある戦士、そして鋼のように鍛え上げられた肉体、そこに装備者の体力を倍増する効果を持つシルバープレートまで装備しているからであった。
「そこの貴様、ワシの毒撃ブレスを食らっても平然としておるとはやるではないか! んん~、待てよその姿……思い出したぞ。貴様はリザードマンだろう? ワシら巨人族と同じく契約によりこの世界で冒険者と戦う役目を帯びておるはずが、何故そいつらに与しておるのだァ~?」
ポイズンジャイアントの責めるような声に、クロトは堂々と大剣の狙いを定めて答えた。
「俺はリズマンのクロト。冒険者の戦士、だ」
そう言うと手にしたデュランダルで挑みかかり、巨人の右足のアキレス腱をぶちっと切断した。
「生意気な、そんな物理攻撃なぞ痛くも痒くもないわ! 死ねい!」
巨人はすぐに片足のまま大きく飛び跳ねて反撃のスタンプをリズマンの戦士に食らわせる。
「……!!」
とっさにクロトは決して折れることのないデュランダルの腹でそれを受けたが、その判断は誤りで大剣ごと巨体に押し潰されそうな態勢になる。
「いけないクロト!」
瞬時に味方の危機を悟ったチヒロがクロトの体を蹴っ飛ばして、巨人の足で踏み潰されるのを間一髪で防いだ。
「すまん、な」
見ると先程クロトが切断したはずの巨人のアキレス腱がもう再生し始めている。
(まずいな、あのクロトが押されるとは。自動再生能力を前に攻撃が追い付かないか。今ならまだ撤退するチャンスもあるが……どうする?)
チヒロが心の中でリーダーとしてどう決断を下すべきか考えたその時、後方のヤヨイが健気にも立ち上がりミナモトグレートボウに矢をつがえていた。
(やる気かヤヨイ。だが通常攻撃はあの不死生物となった巨人の体には……)
そう懸念しつつ、ク・ナイフを構えいつでもカバーに回れるよう態勢を整えるチヒロだったが、ヤヨイが放とうとしたのはただの矢ではなかった。
『鏑矢を取って弓につがえ、十分に引きしぼってひゅうっと放つ。この時、空流照美主大神に祈り、必ず命中すると信じるのだ』
不思議な体験をして八幡太郎から教わったその言葉をヤヨイは頭の中で反芻すると、それを口に出す。
「えっとぉ、かぶらやをつがえて……ひゅうっとだよね、ひゅうっと! 命中してね、神技<空流照美主大螺>」
ひゅうっ――。
風を切る鋭い音をさせて放たれたその矢は空中で虹色の大きな螺旋を描き、巨人の心臓に吸い込まれるように命中すると虹色の螺旋が花火のようにキラキラと弾ける。
「うごががァ!?」
その一撃を食らった巨人は口からぶくぶくと紫色の泡を吹いて目の焦点が定まらなくなると、やがてドシーンと大きな音をさせその場に倒れ痙攣し始めた。
「まさか効いたのか? ヤヨイ、今の技は一体?」
「えっとね、タローさんは髭がふさふさな弓のうまい昔の人でね、ヤヨイと一緒に湖で大蛇を退治してあの技を教えてくれたんだよぉ!」
その威力に呆気に取られたチヒロが尋ねてみたが、さっぱり要領を得ないヤヨイの話に思わず首を捻る。
「ともあれ今が最大の好機だな。クロト、頼む」
リーダーの声にクロトは無言で頷くと、倒れてビクビクと痙攣する巨人にフィニィッシュを決めるべくデュランダルをゆっくりと背中の位置に構える。
「リザー道連技<ヤツザキオロチ>」
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ。
豪快かつ連続で繋がった流麗な動きで振るわれたその剣により、ポイズンジャイアントの体は首、両手両足、胸、腹、腰の八つに分断された。
さすがの不死生物と化した巨人も、ここまでされると自動再生能力が効かないようでついに動かなくなった。
「やったな! 四層で不死生物にしてやられた借りをようやく返せたぜ。五層攻略レースは俺たち『イノセント・ダーツ』の勝利だ。おっといけない、カノン姉妹の治療をすっかり忘れてた」
チヒロが慌てて腰の革袋から薬を取り出し、アンプルの先端を折ってぐったりと床に倒れたフェアリーたちの体に降り注ぐ。
「もーっ、早く回復させてなのー! 死ぬかと思ったのー!」
「本当よ! おかげでクロトの躍動する筋肉が生み出す名シーンを見逃したじゃないの! どうしてくれるのよチヒロ!」
薬まみれでぐっしょりと濡れたミーミとニーニの猛抗議を前に、チヒロは耳をふさぎ嵐が過ぎ去るのをじっとこらえるしかなかった。




