アングラデスの迷宮第五層 その4
赤い扉の先で待ち構えていた白い悪魔と、それに付き従う無数の悪魔たち。
『イグナシオ・ワルツ』が戦闘に突入してからおよそ30分、彼らは追い詰められていた。
「……これ以上は無理だな。私が囮となって敵を引き付けるから、みんなはその間に撤退するんだ!」
ボスと思われる白い悪魔が腕組みして余裕の表情を浮かべる中、ジェラルドたちはそいつに全く近づけずにいたのだ。
無数にいるグレーターデーモンが次から次に鋭い爪を振りかざして迫り、白い悪魔の前に壁となって立ちはだかる。
そいつら自体はジェラルド必殺の<ペリ・ソーレ・フィナーレ・マーレ>やムクシの國原一刀流の奥義で一撃で倒せるのだが、奥に控えた連中が冷気呪文でパーティ全員を攻撃してくる。
おまけに増援を次々と呼び出し、その数は減るどころか増す一方である。
回復呪文に全力を注いだヴェロニカとトニーノは全ての魔力を使い切り、次の冷気呪文にはもう耐えられない程の状態だった。
ジェラルドもマナもとっくに回復呪文を使い切っている。
リーダーであるジェラルドが下した撤退の決断もやむを得ないだろう。
「ワガハイも残るのでありまーす。ジェラルド殿と一緒にしばらく食い止めますぞ。奥義<一ノ太刀>、いざ参るのでーす」
ムクシが出し惜しみなく奥義を使い、呪文の詠唱を始めた悪魔を一刀両断した。
「拙僧も残ろう。ジェラルドはこの命に換えても死守する故、残りの皆は部屋から出て態勢を整える也」
ベンケイも薙刀で目の前の悪魔を切り伏せながらそう口にする。
ジェラルドはムクシとベンケイの言葉に無言で頷く。
「それならあたしも――」
「駄目だ! 非力なトニーノとヴェロニカを君がサポートするんだマナ。二人はもう呪文を使える魔力が残っていない。また奥の奴が詠唱を始めた、急いでくれ!」
マナが発した言葉はすぐさまジェラルドによって遮られ、断腸の思いで短髪のヴァルキリーは二人を連れて危険な広間から脱出した。
ガチャリ。
3人が広間から出たその時、扉から奇妙な音がした。
慌ててマナはその手をノブにやるが、鍵がかかったようで扉は開かない。
内側にも外側にも、この扉に鍵はなかったはずである。
「ウソでしょ!?」
そして室内に取り残された仲間の身を案ずるマナたちにも危機が迫っていた。
「マナ、ヴェロニカ。グレーターデーモンだ……それも5体」
逃げ場所のない行き止まりとなった扉の前で、美形のエルフの男が青ざめた表情で女性たちにそう告げた。
†
気が付くとヤヨイは見たことのない山の中にポツンと一人で立っていた。
「あれ? どこだろうここ。わたしみんなとダンジョンにいたのに。あっ、そうか! 夢だよきっと。うん」
一人で納得してポンと手を打つと、何がおかしいのかケラケラと笑い出すヤヨイ。
その目の前を一匹の白い蝶がひらひらと通り過ぎた。
「あ、ちょうちょだ! まってー」
綺麗な紋白蝶に誘われて園児のようにトコトコ後をついて行くと、ガサガサと藪の中から立派な身なりの武士が突然現れ、ヤヨイに話しかけてきた。
「おお、そなたはこの付近の村娘か? それがしは八幡太郎。湖に現れるという例の大蛇を討伐しに参った。娘よ、案内を頼む」
これは夢じゃないのかなと思い、ヤヨイは目の前の男の立派な口髭をぐいっと引っ張ってみた。
「いたた! これ、よさぬか! いくら童女とはいえ、初対面の武士に向かって無礼であろう!」
八幡太郎が割と本気で怒るとヤヨイは少し反省する。
「ごめんねタローさん、夢かと思っちゃった。わたしはネオトーキョーからきた國原弥生ですぅ。ここがどこなのか、わたしもわからないんだよ」
普通に自己紹介をした少女に何故か八幡太郎は驚く。
「なんと、それがしと同じ京の住人であったか。成程、よく見れば良家の姫のような風格……夢のような世界で暮らし世俗に慣れておらぬのも無理はない。いや失礼した。弥生姫もお供とはぐれたか。しかし困った、それがしも家来とはぐれて問題の湖がどこなのか道がさっぱりわからぬ」
八幡太郎はヤヨイの発言を勝手に勘違いして会話が成立してしまったのだった。
「湖ならたぶん、こっちだよ。独特の匂いがするもん。わたしこう見えてレンジャーなんですぅ、えっへん!」
そう言ってヤヨイは自信満々に袴姿のお尻をフリフリ、背中のミナモトグレートボウを見せつけた。
「ほう、弥生姫は弓の練者とな? しかもその弓はそれがしのとよく似ておる、さては同じ職人の手による品か。何を隠そう実はそれがしも弓の腕にはいささか自信があってな……って、待て待て! それがしを置いて一人で先に行かないでくれ!」
ヤヨイは険しい山の中を頼もしげに、ずんずんと一人で勝手に進んでいった。
白い蝶はヤヨイたちが湖の方へ歩いて行ったのを見送ると白い狐にその姿を変え、ぱたぱたと尻尾を振った。
†
「むにゃむにゃ……タローさんスゴいよぉ……」
ヤヨイがだらしない顔でよだれを垂らしながら寝言を呟く。
「あらあら、ヤヨイは一体どんな夢を見ているのかしらね」
「きっとイケメンが出てくるエッチな夢なのー! きゃーきゃーなのー」
ミーミが顔を両手で覆ってきゃっきゃと喜ぶと、ニーニは腕組みをしてフンと鼻を鳴らす。
「ミーミはイヤらしいわね、ヤヨイがそんな夢見るはずがないじゃない。きっと筋肉ムキムキのマッチョたちと爽やかな汗を流している夢よ!」
「そんな夢こそ見るはずがないのー! ニーニはちょっと人と感性がズレているのー!」
妹のその言葉にニーニはカチンと来た。
「何よ!」
「何なのー!」
フェアリーたちが空中でくんずほぐれつ取っ組み合いのキャットファイトを始めると、そのやかましさでヤヨイは目を覚ます。
「ふわぁ……ニーニとミーミ、どうしてケンカしてるのぉ?」
まさか自分の寝言が原因だとは夢にも思わないだろう。
「ヤヨイも起きたようだし小休止は終わりだな。さてみんな、恐らくこの扉の先はボス戦だろうが準備はいいかい?」
チヒロが手にしたコーヒーを飲み干してそう尋ねると、クロトも茹でた鶏のササミを飲み込み立ち上がって大剣を背負った。
「いつでもいい、ぞ」
「わたしもいけるよ! 頑張ろうね、みんな」
仮眠を取りスッキリとした表情のヤヨイが元気よく手を挙げる。
「腕がなるわね! いよいよニーニの攻撃呪文の見せ場よ!」
「今回はニーニに譲ってあげるのー。ミーミは回復に備えているのー」
フェアリーの姉妹も先程までのいがみ合いはどこへやら、すっかり戦闘モードに入っているようだ。
「よし、それじゃ行きますか」
隠し扉を進んだ先にあった大きな青い扉の前で、爽やかにチヒロは先陣を切り室内へと踏み込んだ。




