アングラデスの迷宮第五層 その2
五層に降りた僕たちは、入り口で判定員から貰ったマップを取り出して確認する。
「これを見てもなんかぐるぐる長い通路が続いてるだけで、南のT字路にある扉以外は何もなさそうだな。まずはそこへ行ってみようか?」
僕の意見にみんなが揃って頷く。
南に向かい回廊をどんどん進んでいくと曲がり角の側に小さな水場があり、そこには一匹の大きな蟹がいてハサミで僕たちを威嚇してきた。
よく見ると甲羅の部分が怒りの形相を浮かべた人面みたいですごく気持ちが悪い。
それを見てヤンが急に小躍りしながら丸眼鏡を光らせる。
「おほっ! アングリーヘイケクラブじゃないアルか。しかも養殖じゃなく天然モノよ。エマ、一番弱い炎呪文でこいつを攻撃して欲しいね」
「分かりましたわ。サバトの火よ我の呼び声に応え愚かなる罪人を燃え上がらせよ<燃焼>」
程よく焼けてぐったりとしたアングリーヘイケクラブをヤンは杖でブン殴り、素手でむんずと鷲掴みにしてかぱっとその甲羅を外した。
「しかも運の良いことにメスよ。こいつらの身はマズくて食えたもんじゃないが、そのミソと特にメスの卵は絶品アルよ。"迷宮のキャビア"と言ってもいいね」
そう言ってズズッとトロトロになった甲羅の中身を勢い良くすするヤン。
うわあ、モンスター食っちゃってるよこの人……以前<バタフライナイト>のママが、ダーティークレイフィッシュを食べたというオチの笑い話を聞かせてくれたけど、それをリアルで上回ってるぞ。
「騙されたと思ってアキラも食べてみるよ。食べ物と女の食わず嫌いは良くないアルよ。目の前に出されたものは何でも黙って頂くのが男の流儀ね」
真顔で僕に甲羅を差し出すヤン。
「ええー、本気で言ってるの? 怖いなぁ……」
恐る恐るそれを口にしてみると、口内に濃厚で深みのある味わいが広がっていく。
信じられないうまさだ!
「うわっ、本当にうまいや! みんなも食べてみなよ」
仲間たちはそんな僕の言葉にも半信半疑だったけど、甲羅を回し食いするとたちまちその顔がとろける。
「おお、迷宮でこんなうまいもんにありつけるとは思わんかったちや。ヤンはまっこと物知りじゃのう」
「セボン! 美味しいわ。これはお酒が欲しくなりますわね……ウフフ」
「本当ね。このカニさんたちもっといないのかしら? 私、どうせならもう少し食べたいわ」
サラが物欲しそうな顔で水場をじーっと眺める。
手にしたハルバードで銛突き漁でも始めかねない雰囲気だ。
「ハイハイ、食べ終わったならさっさと行きましょうネ。こんな場所でいつまでも小休止してたら危ないわヨ」
アンナにそう促されて、未練たらたらではあるが僕たちはその水場を後にして先を進む。
すると回廊の奥から黒い影がぬっと現れた。
「やっとグレーターデーモンのおでましか!」
僕はスシマサを抜いていつでも臨戦態勢に入れるよう構える。
だがそいつはグレーターデーモンではなかった。
牛の頭をした真っ黒な体毛を持つ、非常にたくましい体つきの獣人。
手には重くて切れ味の良さそうな恐ろしい斧を構えている。
「光の精霊よ天より来たりて見えざる者を包みその姿を明らかにせよ<光視>」
すぐさま対象鑑定呪文を詠唱したヤンが警告の声を発した。
「種族名ブラックミノタウルス、神話生物アルよ!」
不死生物ならともかく、聞き覚えのない言葉だ。
「何その神話生物って? まさかコボルド神みたいに神的なやつなの?」
一層でコボルドキングが召喚したコボルド神シバはかなりの強敵だった。
あれクラスの相手だとしたらたまらない。
「神ではないアルが、神話生物はその起源が非常に古い結構ヤバイ相手よ。悪魔やドラゴンよりも格では上の存在ね」
なるほど、グレーターデーモンだけじゃなく五層にはこんなやつらもいるのか。
「一気に片付けてやる、<操手――うわっ!」
必殺技を放とうとした僕を誰かが後ろから急に引っ張り、僕の頭があった場所を斧の一撃がブンと轟音を鳴らして通り過ぎた。
は、早い!
<操手狩必刀>をあのまま出そうとして動かなかったら、僕の首は今頃宙を舞っていたぞ……。
「気を付けなさいアキラ。どうやらゆっくり技を出させてくれる相手ではないみたいヨ」
僕を引っ張って助けてくれたのはアンナであったようだ。
ヒョウマも斬りかかる隙を窺っているが、たくましい腕から滅茶苦茶に振り回される斧を前にそのチャンスがなさそうで間合いを保ったままである。
「私のハルドードの出番ね。秘伝<カジキ一本突き>ーっ!」
サラが妖魔のハルバードを手に突進し、ブラックミノタウルスに電光石火の鋭い突きを放つ。
「ブモォォォーーーーッ!」
その一撃は脇腹に見事命中したが毛に覆われた筋肉があまりに分厚いのか刺さりが甘く、動きを止めない獣人による斧の反撃がまともに直撃する。
「きゃあっ!!」
サラの細い体が大きく吹き飛ばされた。
「サラ!」
重く切れ味鋭い一撃をまともに食らったのに出血はしていない、どうやらビキニアーマーの効果によって直接肉体が切られるということはないみたいだ。
だがサラの顔はとても苦しそうで今の攻撃によるダメージ自体は相当あるらしい。
本来なら確実に即死の攻撃だったから、魔法の加護でいかに衝撃を和らげるとはいえかなりの痛みがその全身を襲っているはず。
「こいつめ、よくも!」
中段から僕が鋭くモーションの少ない斬撃を浴びせるのに呼応して、ヒョウマも横からコンビネーションで斬りつけにかかる。
ズシュ。
お互いに命中はしたが手応えが甘い、獣人の体にわずかに血の筋を浮き上がらせただけだ。
そしてブラックミノタウルスはすぐに斧を振り回してカウンターで僕とヒョウマを切り裂いた。
「うぐっ、大丈夫ヒョウマ?」
悪の鎧のおかげで僕はまだ立っていられる程度にはダメージを抑えられたが、軽装のヒョウマは出血がひどい。
「ああ、じゃが今のはちっくと効いたぜよ」
そう言って豹頭の侍は苦しそうに空いた手で傷口を押さえている。
くそ、ただの雑魚モンスター1体でこのレベルの強さか!?
「邪眼の短刀の効果に期待してみるわ、失敗したらその時はその時ネ」
アンナが素早く壁を蹴って高く跳躍すると、頭上から石化効果を稀に発揮するという邪眼の短刀で獣人の首元を切りつけた。
その願い虚しく獣人は石化せずに、無防備なアンナの体をカウンターで斧が無情にも切り裂き、鮮血が舞う。
「アンナっ!?」
「任せるよ。光の精霊よ天より来たりて傷つきし者らを慈愛の光にて包み活力を取り戻し給え<快活大光>」
頼もしいヤンの回復呪文でたちまち全員回復したが、この強敵を前に一体どう戦うべきか……。
その時、エマのセクシーな唇から朗々とした声が流れた。
「本当はグレーターデーモン戦に備えてもう少し温存しておきたかったのだけど、そうも言ってられないようですわね。天より降り注ぎし滅びの火よ汚れしその熱を持って万物を黄昏に染めあげよ<核撃>」




