スシマサ
僕は『堀田商店』を出て<トーキョーイン>に戻ると、部屋に残っていたサラとエマとアンナを呼んでさっそく買ったばかりの防具一式を披露した。
キラキラと黒く輝くプレートメイル、山羊みたいな丸い角のある独特の形をした黒い兜、そして足下を包む黒いブーツとカラーリングも統一されている。
「わあっ素敵! すごいわアキラ、一体いくらしたのコレ?」
僕が身に付けた『漆黒の使者』コーデをキラキラと淡いブルーの目を輝かせてサラが見つめる。
「兜と鎧と靴のセットで35000Gもしたよ。カッコイイだろ? この悪の鎧は悪属性しか装備できなくて、おまけに抗毒効果もあるらしいんだ。他にも珍しい武具が色々入荷していたよ」
憧れの目で見るサラに、僕は両腕を組みモデルのように立ってそう答えた。
「本当? こうしてはいられないわね、私も買いに行かなきゃ」
サラはそう言って感想もそこそこに部屋を飛び出して行った。
もっとじっくり褒めて欲しかったんだけどな。
「アラ、随分とまた奮発したわネ。アタシも『堀田商店』に行ってみようかしら。エマも一緒にどう?」
「メルシー、お気遣いどうもありがとう。でもワタクシは魔術師ですし、特に新しい武具は必要ありませんことよ」
誘いの声をかけたアンナにエマは笑顔で断る。
「そう、じゃ行って来るわヨ。何かアタシに似合うセクシーな掘り出し物がないか楽しみだわ」
二人が去って部屋には僕とエマだけが残された。
ナイスバディなエルフの美女と二人っきり、何かが起こりそうな予感がするのは僕だけだろうか?
目が合うとエマはその茶色の大きな瞳をこちらに向けて微笑み、思わず僕はゴクリと唾を飲み込む。
「悪の兜と黒いブーツはワタクシも何度か見たことがあるけれど、悪の鎧を見るのは初めてだわ。高いアーマークラスを誇るとても珍しい鎧ですのよ。今のアキラのアーマークラスを数値で表すなら『15』というところかしらね」
側に寄ると何やら妖艶な手つきで僕の黒く輝くプレートメイルに白く細い指を何度も這わせるエマ。
とてもエロティックなその仕草になんだか胸がドキドキしてきた。
「へ、へえー。エマは結構装備について詳しいんだね。アーマークラスの数値とか分かっちゃうなんて」
内心の同様を悟られないように僕は頷く。
「ノンノン、ワタクシが分かるのは専攻で学んでいた防具のことだけ。武器のことは何も分かりませんの。アキラの腰にあるその刀、ムラマサについて教えてくださる? 世界中の冒険者が憧れるとっても立派な刀なのよね、ウフフ……」
甘えるような声で吐息を漏らしつつ、僕の腰にそっと手を回すエマ。
本気でこれは何かのサインではないだろうか。
『冒険者ルルブ』の『女性冒険者に聞いた意中の男性を誘っている時の秘密のサインはこれよ! ランキング』では、甘えるような声を出す、体へのタッチ、両方上位にランクインしていたはずだ。
だとするとこのまま流されてしまったら当然そういう流れになる訳で……それはちょっとマズイ気がする。
「いやいや、『ムラマサ』じゃないんだよ! 僕のは『ムラサマ』だから! そんな立派な物じゃないし、名刀でもなんでもないんだって本当!」
体を引き離して慌てて否定する僕を見て、エマは悪戯を思いついた少女のような顔になった。
「モナミ、隠さなくてもよろしくってよ。同じパーティにいる以上、仲間としてお互いのことはよく知っておかないと。秘密を打ち明けられるような親密な関係になってくれると、ワタクシはとっても嬉しいわ」
そう言ってエマは上目遣いで瞳を潤ませて、戸惑う僕の手を取りなんと彼女の心臓の上に、つまり胸へと押し当てた。
赤いローブの下にある、むにゅっとした豊かな膨らみの感触が僕の手にダイレクトに伝わる。
僕の心臓が早鐘のように鳴り始めた。
ううっ、サラにはすごく悪い気がするけど、健全な男子としてはこれ以上もう理性が持ちそうにないぞ。
僕がアダルト赤ずきんの誘惑に負けそうになったその時、バタンと急に部屋の扉が開いた。
「おおアキラ、おまんその装備はどうしたがよ!? まっこと男っぷりが一段上がったちや」
入って来たヒョウマを見て、慌てて僕はエマの体から離れた。
「あー、ヒョウマお帰り! 今『堀田商店』で買ったこの防具をエマに見せていたところなんだ!」
大きな声で侍に話しかけながら、まだバクバクする心臓の鼓動を何とか静めようとする僕。
チラリと横目で見るとエマは心なしか残念そうな顔をしている。
よし、もう平常心を取り戻した。
ヒョウマがちょうどいいタイミングで帰って来てくれたおかげで"パーティクラッシャー"にならずに済んだよ、危ない危ない。
あとちょっと遅かったら、とんでもないことになっていた気がする。
「防具だけじゃのうてええもんもあるきに。わしの師匠からアキラに手渡してくれと、これを預かってきたぜよ」
「えっ? ヒョウマの剣の師匠から? 僕は会ったこともないのに。一体何だろう」
不思議に思いながらもヒョウマから布で包まれた長いモノを受け取り開いてみると、それは一振りの刀だった。
「わしも詳しいことは聞いちゃおらんが、その刀は『スシマサ』という名らしいぜよ。アキラに使ってくれちゅうことじゃ」
スシマサだって!?
その名前で思い当たるのは、江戸時代に愚零太泥衛門と戦い、僕の<操手狩必刀>のきっかけとなった、歌舞伎の『寿司政』に出てくる寿司屋の政しかいない。
これがその政の持っていた刀かどうかは分からないけど、同じ名前の刀が僕の手に渡るとは何という不思議な巡り合わせだろうか。
そう思い手にしたスシマサを抜いてみた瞬間、何故だかとても美味しいお寿司の味の記憶が僕の舌に鮮烈に蘇った。
『堀田商店』にやって来た明るい栗色の長髪を束ねた少女と短髪をピンク色に染めた男性を見て、アカリは愛想よく声をかけた。
「いらっしゃーい、サラおねえちゃん、アンナちゃん。今日は何をお探しですか?」
「こんにちはアカリちゃん。悪の鎧を買ったアキラから、色々すごい武具があるって聞いて来たんだけど。まだあるかしら?」
その言葉に両手を綺麗にパーの形に開いて驚くアカリ。
「あれ買ったのってアキラおにいちゃんやったん!? 『バタフライ・ナイツ』さんはえらい稼いどるんやねぇ……。まだ他にもええ商品がたっぷり残っとるけどどれも一点モノやさかい、アキラおにいちゃんが買った悪の鎧はもうないんよ」
「そうなの……私もアキラとお揃いであれが欲しかったんだけど。残念だわ」
ガックリと落ち込むサラを見てアンナが尋ねる。
「他に何かサラ向けのアーマークラスの高い防具と強いハルバードはないかしらアカリさん。あとアタシ用にセクシーな盗賊装備もお願いネ」
それを聞いてアカリは頼もしげにドンとその小さな胸を叩いた。
「そういうことならウチにまかしとき! ほな先にアンナちゃんからいこか。おしゃれな盗賊のアンナちゃんには稀に石化効果のある邪眼の短刀と、冷気を軽減する雪豹のストールがバッチリやね」
アカリは素早く店内から商品を持ってくるとアンナに手渡した。
鏡の前でそれを身に付けてくねくねとポーズを取るとアンナは頷く。
「さすがアカリさんネ。アタシ好みのいいコーディネートだわ。おいくらかしら?」
「しめて2万2500Gになります。はい確かに。毎度ぉ」
ホクホク顔で即金でしまわれた大金をポッケにしまい込むと、アカリはサラに向き直る。
「それじゃお次はサラおねえちゃんの番やで。今ロングウェポンは3種類あるけど、ここはやっぱり魔力の込められた妖魔のハルバード一択で決まりや。鎧もええのが3種類あるけどこっちは完全にお好みやね。素直にアーマークラスを取るか、アーマークラスと特殊効果の半々を取るか、思いきって特殊効果を取るかの三択なんよ。どれがええやろか?」
アカリに提示された選択肢から、サラはアーマークラスを取ることにした。
「ふんふん、それを選ぶとはお目が高いわ。それじゃこの呪文ダメージを高い確率で無効化する黄金のティアラも欲しいとこやろ? その鎧にバッチリ似合うとるで。えっ、高すぎるしお金がない? そんなんウチとおねえちゃんの仲やし、足りん分は分割でええよ。いざとなったらアキラおにいちゃんがまた払うてくれるやろ。少し勉強もしとくから、もう四の五の言わんと買うとき買うとき! はい、毎度ぉ」
まず売れないだろうと思っていた高額な装備を次々と売ることができて、アカリは充実感に満ちた気分で二人の上客を見送った。
「また来てなー! ふっふっふ……ウチ、やったったで!」
客のいなくなった店内で一人盛大にガッツポーズをすると、アカリは鼻歌を歌いながら売れた商品の札をひっくり返して『SOLD OUT』にした。




