救出屋トシ
翌朝、<トーキョーイン>のロビーで僕たちは昨夜いなかったヒョウマに改めて新たな仲間エマを紹介した。
「ボンジュール、あなたが侍のヒョウマね。ワタクシは魔術師のエマよ。これから仲良くやっていきましょう」
そう言ってエマはヒョウマにピタリと体を密着させる。
「おっほ! こりゃまた、げにまっこと……コホン、わしは國原一刀流免許皆伝者、坂本豹馬こと侍のヒョウマと申す者。まだまだ修行中の身じゃが、ちっくと剣の腕には覚えがあるぜよ。困ったことがあれば何でも相談するがええちや」
おいおい、こんなガチな様子で自己紹介するヒョウマなんて初めて見たぞ!?
どうやらあのヒョウマもよっぽどエマの魅力にコロリとやられたらしい。
そのやり取りを見て、ヒョウマのことがお気に入りだったアンナ、美女を奪われるかもと危機感を抱いたヤン、同じ女性として対抗意識を持っていそうなサラ、それぞれが微妙な顔を浮かべている。
まさか、一人の女性を巡る色恋沙汰がきっかけとなって仲の良いパーティを崩壊させるという、あの"パーティクラッシャー"になったりしないよな、エマの存在って。
ここはリーダーである僕がパーティの潤滑油としての役目を果たさなくては。
「それじゃ『みやび食堂』で朝ごはんを食べてから『アングラデスの迷宮』に行ってみようか」
「賛成、昨日の今日だけど解禁されてるといいわね。せっかく鍛えた私のハルバードの腕が鈍っちゃうもの」
サラが可愛い声でそう言うと、エマは興味深げにハルバードを眺めた。
「そんなに大きなロングウェポンを使いこなすなんて、サラはとっても強いんですのね。それにひきかえ魔術師のワタクシはか弱いから、前衛に守ってもらわないと戦闘なんてとても無理。アキラ、リーダーのあなたを頼りにしてますわよ」
エマはセクシーに微笑むと僕の腕にむぎゅっと柔らかいものを密着させて抱きつく。
あ、サラの視線が痛いぞ……。
「ふっ、実はこのヤンさんも"回復請負人"と呼ばれた程の男ね。エマがダメージを受けたらすぐに呪文で回復するよ。いざという時は頼りにしていいアルね」
ヤンまで渋い声を作ってしゃしゃり出てきた。
「ウフフ、ヤンのことも勿論頼りにしてますわよ」
エマにそう言われ深めのボディタッチされたヤンはデレデレである。
これは本気で"パーティクラッシャー"になるかも知れないなと、僕は目の前でニコニコと微笑むアダルト赤ずきんに一抹の危うさを感じた。
相変わらず迷宮の前には都市防衛機構の兵士がいて入れなかったが、木陰の側で退屈そうに椅子に腰かけた迷宮判定員に僕たちは話しかけ、エマをパーティ登録して貰った。
「はい、エマさんの『バタフライ・ナイツ』パーティ登録完了です。これでついに皆さんもフルパーティですね」
「それにしてもまだ迷宮は解禁されないんですね。何か最新情報はありませんか?」
昨夜、酒場でもアンナが聞き込みしたのに有力な情報を得られなかったので僕がそう尋ねると、判定員の男は声を潜めた。
「ここだけのオフレコでお願いしますよ。実は五層の調査に向かった迷宮調査員たちがグレーターデーモンの群れに襲われて全滅したんです。都市防衛機構はすぐに依頼を出して救出屋が救助に向かったのですが、まだ戻って来ないんですよ」
その言葉で途端に僕たちの顔に緊張が走る。
『ザ・カブキ』で僕が倒したグレーターデーモンが最後に言っていた言葉と、ジャイアントクイーンの教えてくれた情報がこの時符合した。
もしも僕が戦ったあの個体と同じ強さのヤツがウヨウヨいるとなると、本当の意味で五層は地獄だろう。
あの時は相手が1体だったから<操手狩必刀>で片付けられたけど、あれがもし3体もいたならとても勝てる気がしない。
さすがに今は仲間たちもいるのだから何とかなるはずだと思うが……あの危険なエナジードレインにも重々気を付けねばならないだろう。
僕がそんなことを考えているとアンナが判定員に尋ねた。
「救出屋ってあのトシさんよネ。トシさんが潜ったのは今から何時間前の話なのかしら?」
「6時間前です。リミットの正午までに戻らなければ二次遭難と見なされて、もしかしたら冒険者さんたちの手をお借りすることになるかも知れませんね」
それを聞いた僕の手に自然と力が入る。
立ち入り解禁を前に思わぬ突入になるかもと思い、僕は気を引き締めた。
『アングラデスの迷宮』第五層。
長い長い回廊が果てしなく続くそこを進み、指定されたT字路の扉の前で無事に依頼された4人の遺体を確保した救出屋のトシであったが、そこに漆黒の影が現れた。
その影の正体はグレーターデーモンである。
光る眼光を向けてフシュルルと不気味に息を吐く悪魔たちの数は3体。
冒険者がたった一人でまともにやり合って勝てる相手ではなさそうである。
だが、仲間も連れずにたった一人でこんな危険な場所にいること自体がそもそも前提としておかしい。
グレーターデーモンたちはその違和感に気付いておらず、目の前の赤毛の男も先に倒した者たちと同様の脆弱な獲物としか見ていなかった。
しかし、迷宮調査員が地上へ念話で伝えた『グレーターデーモンに五層南のT字路で襲われた』という情報はトシにも伝えられており、彼は万全の態勢で今回の救出に望んでいたのだ。
「ヘイ、どうした? かかってこいよ、カモン!」
トシはまるで冗談でも言うような軽い口調で悪魔たちを挑発する。
2体の悪魔が左右から鋭い爪で同時に襲いかかったが、トシはそれをわざと大きなその体で受けた。
すぐに神経毒、あるいは最悪の場合エナジードレインが発動するはずであったが、そうはならなかった。
「チッチッチッ、毒無効の護符と対エナジードレイン効果を持つこのデーモンバスターがあれば、ユーたちの直接攻撃なんてかすり傷程度にしかならないのさ。ミーの番だな」
トシは右から大きく剣を振りかぶると、眼前に立つ2体の悪魔の胴体を一気に一刀両断した。
凄まじいその攻撃を前にしても、後ろに残った1体は慌てることなくまた増援の悪魔を2体呼んだ。
「なるほどな。それがユーたちのパターンか。これじゃ1体ずつチマチマ倒していたら追いつかないだろう」
そして今回悪魔たちは爪での直接攻撃をせずに、何やら呪文の詠唱を始める。
たちまちトシの体を強烈な冷気が包み激しいダメージを与えるが、彼は冷静に緑色の液体の入った薬瓶を取り出して一気にそれを飲み干す。
「魔術師呪文<氷魔凍>と同程度の威力か。これは後衛がまともに食らえば命に関わりそうだ。だが生憎とミーは前衛、その中でも全職業で最もタフな戦士。ちっとやそっとの攻撃でミーを倒せると思ったら大間違いだぜ。しかし、一人だと独り言が多くなっていけないな。ユーたちに喋れるヤツはいないのかい?」
返事のかわりにまたも呪文の詠唱を始める悪魔たちに苦笑しつつ、トシは左足を踏み出すとすうっと息を吸い込み、手にしたデーモンバスターを構えた。
「ミーがセンセイから教わった技はたったひとつ。だがミーにはこれさえあればいい。國原一刀流奥義<向抜撃剣>」
気合を込めてダッシュで振るわれたその剣は、冷気呪文が発動するより前に3体の悪魔たちの心臓を貫いて、完全にその肉体を破壊した。
『城塞都市ネオトーキョー』で、遭難して死亡した冒険者の遺体を地上に持ち帰る『救出屋』を営む戦士トシこと本名トッシュ・マクガイバーは、今から20年前にたった数週間ではあるが國原館で修行を受けた、世界三大冒険者コジローの兄弟子に当たる男だ。
彼はその逞しい大柄な体格が災いして素早さには恵まれなかったが、それを克服する最大の奥義を國原中弥斎より授けられていた。
それこそが、相手より先に攻撃可能な奥義<向抜撃剣>。
古の侍、土方歳三が得意とした必殺剣をベースにした技である。
先手を取れる奥義と万全の準備、そして長年の経験。
それが彼をたった一人でこのような場所に潜らせることを可能としていたのだ。
「敵さんの全滅を確認。さてと、引き上げるとするか」
その時、どこからともなく現れた白い悪魔がトシの目の前に立ちふさがった。




