あの子とチンチン
今日一日、僕たちは思い思いに休日を過ごすと、待ち合わせていた『みやび食堂』に集まり夕食を一緒に食べた。
僕はあれ以来すっかりその魅力にハマッてしまった歌舞伎を『ザ・カブキ』まで観に行き、例の頭の禿げたお爺さんとまた会って、その後サニー通りで一緒にお茶をしながら歌舞伎談義を楽しんだ。
市川恋十郎はもう引退しちゃっていないけど、若い頃の恋十郎の演技を彷彿とさせるレベルまで若手が育ってきているとかで目が離せないそうだ。
サラとアンナはスイーツ巡りとショッピングを楽しんできたらしく、えらく上機嫌である。
無事に『パーラージェロニモ』のジャンボパフェを制覇したようで、次は毎回すぐに売り切れてしまうドラゴンエッグタルトを狙っているんだとか。
ヒョウマはあの手甲を修理に出した後、剣の師匠に久々に稽古をつけてもらったらしく、その表情は晴れ晴れとしている。
ヤンはこの間オークを倒した時にちゃっかり回収していた素材を『龍華八仙堂』で売却したそうで、僕たちになんと5000Gずつも分けてくれた。
さすがヤンの七福丸眼鏡、高価な素材は見逃さないすごいマジックアイテムだ!
今現在僕の所持金は3万5401G、ヤンのおかげで怒涛の勢いでお金が増えていくよ。
またそろそろ『堀田商店』で新しい防具を探して見てもいい頃合いかも。
「ふう、ご馳走様でした。みんなこの後はどうする?」
絶品中華コースを食べ終わった僕は仲間たちに問いかけた。
「わしゃこれからちっくとヤボ用じゃき。また明日ぜよ」
ヒョウマはそう言って、僕たちが詳しい話を聞く前にさっさと一人でどこかへ行ってしまった。
「まったく、ヒョウマにも困ったね。パーティの仲間にはどこへ行くのかちゃんと教えておくのが筋よ。それじゃ、ヤンさんもギャンブルで一儲けしてくるアルよ」
ヤンも待ちきれないとばかりにドタドタと走って店を飛び出して行く。
「もうヤンったら。せっかくまとまった大金が入ったのに、どうせまた全部スってくるわヨ。ホントどうしようもないわネ」
「僕たちはどうしようか? アングラデスの立ち入り解禁に備えて今の内に何かやっておけたらなと思うんだけど」
僕の言葉にアンナが小指を立てて頷いた。
「それじゃ酒場に情報収集にでも行ってみましょうか。成果があるかは疑問だけれど、たまにはあそこに顔を出しておくのも悪くないわ」
後に残された僕とアンナとサラは、揃って久々に<うるわしの酔夢亭>へと繰り出した。
<バタフライナイト>の方が雰囲気もいいし店としては好きなのだが、情報を手に入れるなら冒険者が多く集まる<うるわしの酔夢亭>の方が役に立つ。
『アングラデスの迷宮』の調査状況なんかの最新情報が聞けるといいんだけれど。
<うるわしの酔夢亭>に一歩入るなり、酒場の客たちが一斉に僕たちを見てヒソヒソと話し始めた。
「おい、例の悪のパーティの連中だぞ」
「ここで大暴れした"非情の殺戮マシン"アキラが率いるって噂の?」
「知ってる、ルルブの特別増刊で見た」
「あのオーク四天王の芸術王オルイゼを倒したんだぜあいつら……」
「そんなことして残りのオークどもも黙っちゃいないんじゃないか? 特に北のノーティクスが動いたらやべえよ」
「第一層のコボルドたちも根絶やしにしたんだとよ」
「コボルドってあの友好的なモンスターだろ? マジかよ……容赦ねぇ」
「そんなヒドイことするなんて信じられないわ……」
「俺、コボルドたちに二層まで案内してもらったことあるんだぜ。いい犬たちだったのに。天国の犬たちに乾杯」
「悪魔かよ『バタフライ・ナイツ』は!」
「きっと仏に会えば仏を切り、神に会えば神を斬る罰当たりな奴らだろうな」
「あのリーダーのアキラが腰に下げてる得物はなんとムラマサらしいぜ」
「ウソ……だろ……?」
「おまけにあのアキラって奴は男でも女でも何でも見境なくやっちまう、とんでもない性のモンスターみたいだぞ」
「しっ、目を合わせない方がいい。何をされるか」
そこかしこから冒険者たちのヒソヒソ話が聞こえてくるが僕らの、というか僕の評判は著しく悪い。
耐えるんだ、人の噂も七十五日だとアンナも言っていたじゃないか。
でも、まだ僕が冒険者になってから二週間も経ってないんだよな……七十五日とかこれ、当分じゃないぞ。
そんな状況で僕とサラがしばしフリーズしていると、アンナが実に手慣れた自然な感じで冒険者たちから情報を聞いて回る。
盗賊、というかアンナのコミュ力はすごいなと僕が思っているとアンナがこちらにウィンクした。
どうも情報を聞くのは任せてくれという合図みたいだ。
「情報収集はアンナに任せて、せっかく酒場まで来たんだし僕たちも何か飲もうか、サラ」
「アンナにはちょっと悪い気がするけど、私もう喉がカラカラだったの。ドライエールの大にしようかな」
サラが可愛くそう言ったので、僕は忙しく走り回る店員に声をかけた。
「すいませーん、ドライエールの大二つ! テーブルはどこも空いてないね、立ち飲みかなこりゃ」
店員は僕に目もくれず、注文の声が聞こえたのか聞こえてないのかもよく分からない。
空いているテーブルがないかと見回していると、僕と目が合った海賊風のアイパッチを付けた髭もじゃのドワーフの大男が急に体をビクッとさせ、カードで楽しく遊んでいた男たちを蹴り飛ばし、強引に席を空けさせる。
「ささっ、こちらへどうぞアキラさん。俺ら悪の属性の冒険者はアキラさんたちを応援してますんで、どうか今後ともひとつ。ドライエール大二つでしたね、すぐにお持ちしますんで」
椅子を引いて僕とサラを座らせた片目の大男はそう言って愛想笑いを浮かべると、別のテーブルに運ばれようとしていた酒を店員から有無を言わさず奪い取り、真っ直ぐ僕たちのテーブルに持ってきた。
その様子に他の客たちがざわついた。
「すげえな、あの片目のジャックをまるで執事のように従えてるぜあいつら」
「それが『バタフライ・ナイツ』なのさ。アキラは中学の頃から下僕を従えていたらしいし、そういう天性のカリスマがあるんだなきっと」
星沢の書いたデタラメな記事のせいで、僕への世間の対応もとんでもないことになってきているな……。
いいや、もう何も言うまい。
「それじゃサラ、乾杯!」
僕はサラのグラスに自分のグラスを気持よく音を立ててぶつけると、ゴクゴクと乾いた喉を潤す。
くーっ、ドライエールは体中に染み渡る深みのあるキレがたまらないな!
「飲んでいいのかしらコレ? いいのよね。それじゃあアキラ、チンチン!」
「えっ?」
なんだか今すごい言葉がサラの口から飛び出た気がするぞ!?
戸惑った顔の僕を見て慌ててサラが言葉を続ける。
「あっ、私の国の言葉で乾杯って意味ね。変な想像しないでよ、もうっ」
そう言ってサラは豊かな栗色の髪の毛を揺らして可愛らしく笑った。
「気が付けばアングラデスも残り二層でクリアね。最初の頃、ドブラット相手に苦戦していたのがまるで遠い日の出来事のようだわ」
ドライエールに口をつけ、ほんのりと桜色に上気した頬が少し色っぽい。
「本当そうだよね。コープスワームにトリプルG、コボルドにオーク。色んな強敵を相手に成長をしてきた今の僕らなら、きっと最後まで無事に行けるさ」
僕は自信に満ちた表情でサラにグッと親指を立てる。
「アキラと一緒なら私、最後まで頑張れる気がするの。これからもよろしくね」
サラがそう言って僕に微笑みを返した。
彼女の綺麗な淡いブルーの瞳を見ているとまるで吸い込まれてしまいそうだ。
思えばサラと訓練学校の寄宿舎で最初に出会った時は、夜這いか痴漢に間違われて当然の最悪の出会いだったんだよね。
それが今ではこうして隣で笑い合ってお酒が飲めて、共に生死を潜り抜ける、かけがえのない存在になった。
お酒の勢いもあって、ある言葉が僕の口から出そうになる。
「サラ、僕は――」
そこまで言った時、丸眼鏡の男がドカッと僕たちのテーブルに腰を下ろした。
「おお、さっそく飲んでいるね。ヤンさんも喉がカラカラよ。一口貰うアルよ」
ヤンは僕の飲みかけのドライエールを勝手に取ると一気に飲み干した。
「ぷはー、この一杯のためにここまで来たアルね」
「なんだよもう、せっかくいいムードだったのに!」
「ヤ、ヤンはギャンブルしに行ったんじゃなかったの?」
顔を赤くしたサラが甲高い声で尋ねると、ヤンは丸眼鏡を光らせて彼女の飲みかけのグラスも引ったくった。
「賭博仲間の爺様がこっちに来ていると聞いて呼びに来たよ。でも入れ違いになったみたいね。飲み足りないからサラのも貰うアルよ。……ぷはー、これでやっと並ジョッキ一杯分よ。アキラもサラも飲んだのは一杯分まで。ヤンさんも二人の飲み残しを合わせてちょうど一杯分よ。つまり……これぞ三方一両損ならぬ、三方一杯分アルね、ウシャシャシャ!」
「はあ、激しくどうでもいいんだけど……。ほんとくだらないよね」
僕がそう言ってサラに同意を求めると、彼女は何故か顔を真っ赤にさせて下を向いた。
どうしたんたろう、お酒に酔ったのかな。
…………。
ちょっと待てよ、さっき僕は心の声を思わず口に出してなかったか?
うわあああ、しくじった!
その時、一人のエルフの女性が僕たちに近づいて来て声をかけた。
「今日の『冒険者ルールブック』特別増刊号で特集されていた、オルイゼを倒したムラマサを持つ幸運なパーティ、『バタフライ・ナイツ』というのはあなたたちよね?」




