アングラデスの迷宮第三層 True その5
「お……大いなる神よ我が祈りの声を聞き届け癒やしの力と恵みの祝福を授け給え<真慈癒>」
ヤンの詠唱の声で僕は意識が戻った。
回復呪文を唱えてくれたらしいが、いつもの聞き慣れたあの呪文ではなかったような気がする。
見るとヤンも仲間たちも傷つき横たわったままで、全快したのは僕だけだ。
「良かったアル……ダメージが大きすぎて<快活大光>ではきっと間に合わなかったよ。最上位呪文<真慈癒>をかけて正解……だったね……」
弱々しくそう喋るヤンの目の前にオルイゼが立ちふさがると冷たく言い放つ。
「このオルイゼは詠唱の最中に攻撃するような真似はせん。だが今のでおまえのターンは終わった。次はこちらのターンだ、<茶嵐暴>」
そう言って芸術王はヤンの首を捕まえて、その腹部に強烈な膝蹴りを何度も何度も叩き込んだ。
ズガズガズガッ!
そしてとっくに意識のなくなったヤンをまるでボロ雑巾のように投げ捨てる。
「ヤンっ!!」
「やれやれ、回復呪文というのは実に面倒なものだ。倒しても倒しても、折れずに何度でもまた立ち上がってくる。そう、その目だ。先程まで絶望と恐怖に震え、完膚なきまでに叩きのめされたおまえが、どうしてまたそんな目ができる」
怒りに打ち震える僕の目を見て、芸術王が呆れたような口ぶりでそう言う。
もう許せない、僕は完全に堪忍袋の緒が切れた!
その時、また僕の心の中に新たな言葉が浮かぶ。
『無刀の者には無刀、蹴鞠には蹴鞠で対抗するのが風流人のたしなみ』
……そうか。
いつの間にか僕はまた<操手狩必刀>に続く新しい技を会得していたらしい。
繰り出すべきその技のイメージも、手に取るようにはっきりと分かる。
芸術王は武器と魔法によるダメージを一切受けないと言い切った。
実際その通りなのだろう、奴に唯一通用する攻撃手段は恐らく素手だ。
ならば僕がやることはただひとつ。
無刀、すなわち奴と同じ素手で立ち向かうしかない。
僕はムラサマを納刀すると、静かに左手を後ろに回し、右手を前にして指を前から3本立てた。
「武器を収め素手で立ち向かう決意をしたか。その意気やよし。ならばこのオルイゼにその技見せてみよ小童、おまえのターンだ」
余裕の表情でノーガードのまま語る芸術王に、僕は必殺の言葉を高らかに叫んだ。
「これで勝負を決めるっ! <ブレーメンドライブシュート>ぉぉぉッ!!」
大きく後方に振りかぶった僕の右足がバチバチと雷を纏い、物凄い衝撃音と共に芸術王の体に向かって放たれた。
ズギューーーン!
僕の右足の先端にとてつもない力が加わり芸術王の腹部に食い込むと、敵はそれをすぐに両腕で掴んで食い止めにかかる。
「ぐおおおおッ!! な、なんという力……だが耐えてみせる! 耐えてみせるぞ! むおおおッ!」
芸術王は両手両足を必死に踏ん張り僕のキックに耐えるが、ついにその体が耐え切れなくなり派手に吹っ飛んだ。
ドガァーーーーン!
けたたましい音と共に芸術王はダンジョンの天井にまでめり込んで、その後力なく地面にドスンと落下した。
「ま、まさかこのオーク四天王最強であるオルイゼに、純粋な力で挑み、勝る者が現れるとはな……冥土の土産に、おまえの名を聞かせてもらおう」
息も絶え絶え瀕死の芸術王がそう尋ねてきた。
「僕の名はアキラ、悪の戦士だ」
「悪の戦士アキラか……いい蹴りだった……ぞ」
最後にそう言い残し、僕の新技<ブレーメンドライブシュート>でどてっ腹に大穴を空けられ、芸術王オルイゼは死んだ。
そうだ、ヤンは無事か?
「ヤン、死ぬな! しっかりしてよ!」
僕が涙ながらに抱きかかえると、ヤンは丸眼鏡を光らせた。
「いやー焦ったね。死んだフリをしても全然攻撃やめないから、ヤンさん本当に死ぬかと思ったアルよ。光の精霊よ天より来たりて傷つきし者らを慈愛の光にて包み活力を取り戻し給え<快活大光>」
ペラペラと喋ると回復呪文で仲間たちの傷ついた体をたちまち癒やした。
はあっ!?
今まで死んだフリして芝居してたのこの人?
僕の涙を返してよ。
「やったわネ、アキラ。オーク四天王を倒しちゃうなんて大手柄ヨ!」
「私とヒョウマの必殺技でも敵わなかったのに。アキラってとっても素敵!」
アンナとサラが笑顔で僕の首に抱きつく。
「かっかっか、さすがわしの見込んだ男ちや! もうおまんに一生ついていくぜよ!」
ヒョウマも牙を剥き出して笑い、僕の肩にガッチリと腕を回して離さない。
大ボスにトドメをさすとこうもモテモテなんだなぁ……悪くないぞ。
元気になった仲間たちが口々に褒めてくれて嬉しかったけど、僕はあの丸眼鏡の男のことが気になった。
ヤン、あれだけ何発も芸術王の攻撃食らってたのに意外と丈夫だよな……というかタフすぎるぞ!
僕は仲間であるはずのノームの男に芸術王以上の恐怖を何故か感じた。
厳重に鍵のかかった鉄の檻をアンナが解除して、僕たちはそこに囚われていた裸の女性たちを解放する。
「皆さん、もう大丈夫です。オークは僕たちが倒しました。一緒に街に帰りましょう」
すると女性たちは喜びのあまり泣き出した。
「ひっぐ、もう絶対一生ここから出られなくて……あの化け物の子供を産まされ続けるんだと……ううっ」
ヤンが訳知り顔で僕の肩を叩く。
「男子として女体への好奇心は理解するアルが、こういう場合はあんまりジロジロ見るもんじゃないね。それが男の道よ」
いや、そこは僕もわきまえてるよ。
アンナがすぐに女性たちに羽織るものを広間から掻き集めて用意してやり、泣き出す女性の背をよしよしと優しくさすって慰めてやった。
サラはもらい泣きしたのか一緒に泣いている。
するとその中にいた一際大柄な体格をした、高貴な風格が漂う美女が僕たちの前に進み出た。
ドワーフ、にしては色んな意味で相当大きいよなと僕が思っていると、美女が優雅にお辞儀をして名乗る。
「妾は巨人族の女王ジャイアントクイーン。よくぞあの芸術王オルイゼを倒してくれました。皆を代表して礼を言います、冒険者よ」
ということはノブくんの……そういやジャイアントってモンスターだよな?
とはいえ、連中から酷い扱いを受けた女性であることには変わりない。
「ジャイアントクイーンさんも一緒に街に帰りますか? それとも迷宮のどこかに?」
僕が優しくそう尋ねると高貴な微笑みを返してきた。
「妾のことは心配無用。猪結界を出た今、すぐに配下の者が迎えに来ましょう。契約に背き女王である妾を虜囚にして辱めた報いとして巨人族はこの迷宮からはもう立ち去りますが、その前に助けてくれた礼がわりとして妾の知る限りのことをそなたたちに教えます」
そう言ってとても重要なことをジャイアントクイーンは僕たちに教えてくれた。
「四層は死者の棲まう階層。あらゆる呪文はあの場所では無効となります。あの層を支配するのは死霊術を極めた不死生物の頂点に立つ死者の王ネクロス。その恐るべき自動再生能力の前にはかなりの苦戦をすることでしょう」
「五層は妾たち巨人族の棲まう階層でしたが、このところ悪魔族の姿が増えつつありました。十分に気を付けるのです」
「そして六層は最深層。妾たちを契約にて呼び寄せたこの迷宮の支配者の名は、魔界の大悪魔アークデーモン……妾が知るのはここまでです」
僕たち『バタフライ・ナイツ』に『アングラデスの迷宮』のゴールが見えてきた。




