アングラデスの迷宮第三層 True その4
「こういうのは先手必勝ヨ!」
アンナがいち速く短剣を手に筋肉の化身となった芸術王へと躍りかかった。
すると芸術王は残像を残し物凄い速度で移動すると、僕たちの背後を取る。
「残念だったな。先手を取ったのはどうやらこのオルイゼのようだ。<覇王煉獄拳>」
腰を落とし深く構えた芸術王が叫ぶと、その両の拳が真っ赤なオーラに包まれ、明らかにリーチ外なのに関わらず僕たち全員の体に回避する間もなく何発も拳を叩き込んでくる。
ドガドガドガドガッ!!
「ぐぼっ!」
優に腕5つ分は間合いもあるのに一体どうやった?
僕は考えるより先に、あまりのダメージの大きさに血反吐を吐いてその場に膝をついた。
それは、ヒョウマも、サラも、アンナも、ヤンも例外ではない。
特に前衛職ではないアンナとヤンのダメージは深刻な様で、ぐったりと倒れたまま起き上がる気配がない。
「ふぅ~ッ……実に何年振りかなこの形態になるのは。知性の欠片もない、暴力を体現するだけのこの姿はあまり他者に見せたくはなかった。だが……時には知性と真逆の圧倒的な暴力にその身を任せるのも悪くない。そうは思わんか、冒険者どもよ?」
こいつは今まで僕が戦った奴らとは違う、鋭利な武器、強力な魔法や特殊能力を一切使わない、純粋な肉弾戦闘のみに特化したモンスターだ。
それなのに素手でここまでのダメージを食らうとは……信じられない強さだ。
「ま、まだよ。私のハルドードの真髄はここからなんだから! 秘伝<カジキ一本突き>ーっ!」
「わしもいくぜよ! 奥義<豹砕牙>ッ!!」
何とか立ち上がったサラとヒョウマが同時に必殺の攻撃を仕掛けるが、芸術王はそれを避けもしなかった。
ググッ。
ハルバードで突かれ、刀で斬られたというのに、その体には傷ひとつ受けた様子もなく逆に押し返す。
まさかのノーダメージである。
どういうことだ!?
「無駄だ。真の姿となったこの最強の肉体は武器と魔法によるダメージを一切受けない。次はこちらのターンだ、<凶星流墜脚>」
ぐぐっと膝を曲げて天井近くまで高く跳躍した芸術王が、空中からサラとヒョウマの背中に強烈な蹴りを連続で放った。
「あぐぅっ!」
「がはっ!」
息が止まったかのような悲痛な声を発し、苦悶の表情を浮かべて二人は倒れた。
だが芸術王は今、僕に背を向けて無防備な姿を晒している。
くそっ、仲間が作ってくれたこの貴重なチャンスを無駄にはしない!
「<操手狩必刀>」
ググッ。
しかし僕が無心で放ったムラサマでの必殺の一撃も、その刃は芸術王の肉体に弾き返され傷つけることができなかった。
「そんな……<操手狩必刀>ですら効かないなんて……」
だ、駄目だ……コイツには勝てる気がしない。
僕の体が目の前の相手に本能的な恐怖を悟ったのか、勝手に震えだす。
「無駄だと言ったはずだ。カーくんを卑劣な手で葬ったおまえは特別に、このオルイゼ最強の技であの世に送ってやろう。さあ、ファイナルターンだ」
芸術王は恐怖に怯え動けない僕をガシッと力強く捕まえて担ぎあげると、複雑な形に体をクラッチし、そのまま大きくジャンプするとダンジョンの床目がけて僕を思いっきり叩き落とした。
「とどめだ、<冒険者解体落とし>」
ズガァァーーン!
「……!!」
全身の骨がバラバラになったようなとてつもない衝撃にもう悲鳴すら出せない。
実際今の一撃で僕の骨は何箇所もコナゴナに砕かれていた。
駄目だ、これは本当に、死んだ……。
目も眩む激しい痛みの中、僕の意識は闇に飲み込まれていく。
†
ここは、どこだ?
気が付くと見覚えのない古風な作りの屋敷の庭に僕はいた。
ついさっきまで僕は芸術王オルイゼと戦闘していたのだから、恐らく夢の中なんだろうけどクロもいないし、例の輝くダイスもない。
「おーいクロ! クロちゃーん」
呼んでみたけど僕の相棒が出てくる気配はない。
まずい、これは本当に死んだのかもしれないぞ……。
不安な気持ちをこらえて少し歩いてみると、数人の子供たちが元気にボールを蹴って遊んでいた。
「わーいわーい」
人がいるのか、ここが一体どこなのかちょっと聞いてみようかな。
そう考える僕の目の前で、ずいずいとガラの悪そうな男たちが子供たちの遊び場に踏み込んでいく。
「蹴鞠とは面白ェ。ガキの頃に戻って俺も久々にやってみるか。おら、ガキどもその鞠をよこせ!」
そう言って突然着物姿の刀を腰に差したガラの悪そうな男たちの一人が、遊んでいた子供を蹴り飛ばしてボールを奪った。
その乱暴な男の顔を見て僕は驚く。
何故なら<うるわしの酔夢亭>でかつて僕に絡んできた、善の僧侶ヨースケと瓜二つだったからだ。
これってガチの夢なのか?
「うえーん」
泣き出す子供を無視してヨースケ似の男はそのボールで遊び始める。
「俺様の妙技の数々に酔いしれろや。そうら『円月回転球』」
「おう、蹴介殿の得意技が出なすった!」
「さすが千年に一度の蹴鞠の天才、蹴介殿だ」
「やあれ、あの鞠の回転だけは真似できませんな」
男の取り巻きが手を叩いて大喜びする。
大の大人のくせに、子供に対してなんてことをするんだこいつは!?
子供を泣かせてボール遊びに興じる目の前の男に僕は怒りを覚えた。
どうせ夢だし、芸術王にボコボコにされ現実世界では死んでいるかもしれない腹いせも兼ねて、目にもの見せてやる!
僕が腰のムラサマに手をかけた、その時。
「これ、刀を抜くなど無粋な真似はやめるのでおじゃる。この屋敷でそのような振る舞いをすれば、すぐに捕らえられてそちの首が飛ぶぞ」
いきなり現れた変な木の板を持ち、長い帽子を被った身なりのいい男が、僕のムラサマを抜こうとする手を止めた。
その側では男のペットらしき白い狐がぱたぱたと愛想よく尻尾を振って僕を見ている。
「けど……」
納得の行かない僕が言い淀むと、こちらに気付いてガラの悪そうな男たちが近づき声をかけてきた。
「これはこれは、藤原紅麻呂殿ではございませんか」
「おお、あの貴族の優男の」
「毎日のんびりと遊び呆けて優雅なことですなあ」
男たちが馬鹿にしたような口調でからかうと、子供を蹴り飛ばしたあのタチの悪い男がこちらにガンを飛ばしてきた。
「藤原ァ、手前ェ穴ぐらの化け物を倒しただの、法螺話をこさえて帝をたらし込んだらしいじゃねえか。武士でもねぇただの貴族の手前ェにそんな芸当ができるなんざ、俺を始め名のある武士は誰も信じちゃあいねえよ。ちょうどいいぜ。由緒正しい古の蹴り技の名手、当麻蹴速の血を受け継ぐこの当麻蹴介に、蹴鞠でも一手御指南願おうじゃねえか、なあ?」
「そうだそうだ、蹴鞠対決だ!」
「蹴介殿の天才的蹴鞠技術の前にひれ伏すがよかろう」
「都でも無類の豪傑、当麻蹴介殿を相手にせいぜい赤っ恥をかくがよい」
蹴介と呼ばれた男の取り巻きが一斉にそう囃し立てる。
「俺と手前ェの一対一で決着、飛射蹴出戦といこうや。おらどけっガキども!」
蹴介が邪魔だとばかりにまたもや近くの子供を乱暴に蹴り飛ばす。
「うわーん」
当然蹴られた子供は大泣きである。
「こいつっ! いい加減に……」
僕が大きな声を出して思わずまたムラサマに手をやり身を乗り出しかけると、紅麻呂と呼ばれた貴族の男は頭を振って涼やかな目でそれを制した。
「無刀の者には無刀、蹴鞠には蹴鞠で対抗するのが風流人のたしなみ」
そう言って紅麻呂は蹴介の方に向き直ると優雅に歩いていった。
「やる気になったってか藤原ァ、手前ェのお粗末な技をとっとと見せてみな! その化けの皮を剥がしてやるぜェ!」
蹴介が拳を鳴らして煽ると、紅麻呂は静かに左手を後ろに回し、右手を前にして指を前から3本立てた。
「当麻蹴介よ。そちのあまりに無礼な振る舞いに麿も堪忍袋の緒が切れたでおじゃる。見せてくれようぞ、名付けて『無礼面怒雷武蹴斗』」
大きく後方に振りかぶった紅麻呂の右足がバチバチと雷を纏い、物凄い衝撃音と共に目の前に置かれたボールに向かって放たれた。
ズギューーーン!
「ぶげぇっ!?」
それは凄まじい勢いで蹴介の顔面に強烈な一撃を食らわせて、そのまま屋敷の端の塀までふっ飛ばした。
取り巻きたちも唖然となり、誰も蹴介を助けにすら行かず、ただただ棒立ちしている。
僕は今、とんでもない技を目にしたぞ……。
あれをもしボール越しではなく、直接体に叩き込んでいたら一体どうなるんだ?
紅麻呂は戻ってきたボールを器用にリフティングすると子供たちにパスした。
「ほっほ、無礼者は放っておいて麿の部屋で菓子でも食べようぞ、童たちよ」
「わーい、べにまろさまだーいすき!」
笑顔でじゃれつく子供たちを引き連れて、紅麻呂は屋敷の中へとまったり歩いて行く。
側にいた白い狐が僕に片目を瞑ってウィンクするようなしぐさをすると、段々と視界がぼやけていった。




