強き者たちへの憧憬
その日、<うるわしの酔夢亭>では眼鏡をかけた幼い顔立ちの少女が荒れに荒れて飲みまくっていた。
少女は國原中弥斎の孫娘、先日レンジャーになったばかりのヤヨイである。
すでに探していたムクシは『イグナシオ・ワルツ』に加入、おまけにフルパーティの6人。
ヒョウマに至ってはあの評判最悪の『バタフライ・ナイツ』に加入しているという情報を他の冒険者たちから聞いたヤヨイは、相当なショックを受けて落ち込んでいた。
ヤヨイのムクシとヒョウマと一緒にパーティを組むという当初の願いはもう叶いそうにない。
先日、あのトリプルGが現れた時にもしもヤヨイが居合わせていたなら、自慢の弓で見事撃退してヒョウマとはパーティを組めたはずだったのだが。
とことんツイていなかった。
「マスターおかわり! 本当、これじゃ一体何のために冒険者になったのか分からないよ! 別々のパーティに入るなんて、ムックとピューマはわたしに意地悪してるんだきっと! ねっ、マスターもそう思うでしょ?」
ヤケ酒ならぬヤケミルクコーヒーとばかりに、何杯もおかわりをしては店主の毛を掴んで文字通り"絡んでくる"少女にムークの店主はそっと新しい飲み物を差し出して用事も無いのにそそくさと奥に引っ込む。
ヤヨイは店主にとって苦手なタイプの客らしい。
それもそのはず、物心ついた時からラワルフ、ムーク、フェルパーとふさふさした毛のある種族と長い時間共に暮らして育った彼女は、大のふさふさフェチだったからだ。
「おやおやー」
「あらあら」
「どうしたのー」
「人間のお嬢ちゃん」
ふわふわと宙に浮かぶ、猫よりも小さなフェアリー族の二人の女性が、ヤケを起こしていたヤヨイへ交互に話しかける。
鮮やかな緑色をしたぐるぐるのカールヘアが、その小ささも相まってとてもチャーミングなフェアリーたちだ。
フェアリーという種族は羽の生えたとても小さな妖精である。
その羽で空を飛んで移動することが可能で、全種族の中でもっとも素早く頭も良い。
なまじ捕まえようとしてもその敏捷さと小ささゆえに軽々と回避されまず不可能だが、攻撃がまともに当たろうものならあっけなく死んでしまう儚さも持つ。
その寿命も全種族で最も短命である。
出会って数分後、すっかり打ち解けたヤヨイとフェアリーたちは焼き菓子をつまみながら『冒険者ルルブ』のあるページを仲良く見ていた。
二人はニーニ・カノンとミーミ・カノンという名のそっくりの顔をした双子の姉妹らしい。
黒水晶のネックレスをしている方が姉のニーニで、キラキラなサークレットをしている方が妹のミーミだとヤヨイは見分け方を聞いた。
「やっぱりカルロ王子は素敵だよね」
「ヤヨイは分かってるのー! この乙女心をくすぐる王子の微笑みが最高にイイのー」
ヤヨイの言葉に妹のミーミが同意すると、姉のニーニがムッとした表情になる。
「ヤヨイもミーミも全然分かってないわね。男は筋肉よ!」
そう言ってニーニが『女性冒険者が選ぶ抱かれたいイケメン冒険者ランキング』の次のページをうんしょうんしょと両手を使って懸命にめくる。
そこにある『男性冒険者が選ぶ一緒にパーティを組みたい冒険者ランキング』1位の、身長の半分ほどもある大きな仮面を被り全身をムキムキに鍛え上げた半裸の黒人男性の写真をちょんと指差し、どうだと言わんばかりに胸を張った。
『黒光りする究極の肉体美! 俺たちの兄貴ワンジムさん』と怪しげな煽りが書かれている。
「ほらほら、ヤヨイもちゃんと見てよ。このキレイに割れた腹筋を。『筋肉×仮面×霊槍=無敵の戦士』に『人類最強の筋肉』だって! 本当うっとりしちゃうわよねワンジム。これこそイイ男の見本よ」
ニーニがワンジムの写真を見つめて切ないため息を漏らすと、やれやれといった様子で小さな両手を広げるミーミ。
「ニーニの趣味は特殊すぎるのー。ヤヨイも引いているのー」
「あらあら、そうなのヤヨイ?」
ニーニに聞き返されたヤヨイが返答に困る。
「う、うぅん。ワンジムさんも素敵だと思うよぉ。だって世界三大冒険者だもんね!」
カルロ、ワンジム、コジローの3人は世界三大冒険者と呼ばれている。
『三大冒険者夢の競演』と銘打たれた3年前の戦いでは、アフリカで共にパーティを組んで魔王よりもさらに上位存在である邪神を倒し、二度と迷宮が現れないほどのレベルでアフリカの地を浄化することに成功した。
個人としてのレベルも100に迫る勢いである。
『微笑み王子』ことビショップのカルロは、イタリア王家の正統な王子でありながら、その持って生まれた天賦の才を世のために役立てたいと聖イグナシオ教会の信徒として生涯を捧げる道を選んだ美青年だ。
その身に纏う聖骸布にレアメタルを織り込んで作られた聖なるローブ『ホーリーメタルシュラウド』は並の攻撃では傷ひとつ付けることすらできない。
戦士のワンジムは、ケニアの少数部族出身の勇猛果敢な男である。
盾がわりの巨大な仮面と部族の歴代戦士に代々伝わるレアメタルでコーティングが施された特別仕様の霊槍『ローホメタルムクキ』を持つ。
鎧は身に付けずその鍛え込まれた筋肉を頼みに、どんな相手にも恐れず勇敢に立ち向かい、決して後衛には近づけさせない。
ホームであるアフリカは完全に浄化され、迷宮もモンスターもいなくなったので近年ではアジアを主な活動の拠点にしている。
日本の冒険者たちにもワンジムさんと親しみを込めて呼ばれている人気者だ。
そして侍のコジロー。
人間国宝である剣の達人、弥生の祖父國原中弥斎に師事し、<一ノ太刀>、<ブレス返し>、<狼月狂砕牙>など数々の奥義を会得した侍の中の侍と呼ばれる日本が誇るカリスマ冒険者。
国宝であるフツノミタマをレアメタルでコーティングした究極の業物『フツノメタルブレード』を愛刀としており、輝く刀身を見ただけで低レベルのモンスターは斬るまでもなく雲散霧消してしまう。
『冒険者ルルブ』のインタビューや国連のイベントなどには滅多に顔を見せず、ひたすらに強さを追い求めるストイックなその性格は誤解や嫉妬を生むことも多く、以前は冒険者の中にもコジローをやっかんでその実力を疑問視する者もいた。
だがウィザードヴィジョンにより全世界同時生中継された『三大冒険者夢の競演』で、絶対絶命の状況から邪神にクリティカルヒットを叩き込んだ起死回生の一撃によりその評価は揺るぎないものとなったのだ。
國原館で修行していた頃には幼かったヤヨイの遊び相手をしてくれていたが、現在も年間数体の魔王級のモンスターを討伐し世界中を忙しく飛び回っているため、道場を去って以来ヤヨイはコジローとは一度も会っていない。
「男はイケメンに限るのー!」
「いいえ、男は筋肉よ!」
ミーミとニーニが『冒険者ルルブ』の奪い合いをしてテーブルの上で同時にひっくり返る。
たまたま開かれたページにある『全冒険者が選ぶ一番強いヤツはコイツだランキング』1位の精悍な顔つきの侍の写真をヤヨイは寂しさと懐かしさ、そして心の奥底に秘めた別の感情が入り混じった目で見つめた。




