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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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歌舞伎が教えてくれたもの その2

 あれ、『寿司政』ってこんな展開だったっけ?

 僕を含めて観客も、それどころか役者たちまで戸惑いを見せているさなか、舞台上に漆黒の影がどこからともなく現れた。

「なんでェ? 無粋な輩が恋十郎最後の花道をブチ壊そうって腹かィ?」

 お爺さんが怪訝な顔でその闖入者らしき声の主、うずくまった影を睨む。

「やいやい、てめえは何者でい?」

 たたらを踏んでその漆黒の影に詰め寄る政役の市川恋十郎だが、その顔には明らかに戸惑いが見える。

 これ絶対、台本にないアドリブだよな。

 すると漆黒の影は立ち上がるといきなり大きく広げた――その蝙蝠のような左右一対の羽を。

 そこに現れたのは人ではなく、紛れもない『悪魔』だった

「我が眷属の名はグレーターデーモン。数百年の時を経て、我ら再びこの世界に舞い戻ったぞ」

 グレーターデーモンだって……。

 なみいるモンスターの中でも特に凶悪な力を持つといわれる最悪の敵。

 名前だけはとてつもなく有名だが、冒険者の間でもその実態は詳しく把握されていない。

 何故なら戦った冒険者は必ず命を落とすという言い伝えが実に50年近く前からあり、こいつと出くわした瞬間みんな一目散に逃げるからだ。

 『冒険者ルルブ』の『絶対に戦っていけないモンスターランキングベスト100』でもなんと5位に入っている。

 でも数百年の時を経てってどういう一体意味だ?

 グレーターデーモン自体は『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』が出現した時からもうその存在が確認されているはずだ。

「お客様の中に冒険者の方はいらっしゃいませんかッ!? 誰か恋十郎を助けて下さい!」

 アナウンスが必死に叫んでいるが、こんな昼間に歌舞伎を観に来るような客の中に冒険者はおらず、逆に客席はパニックと化して我先にとみんな出口へと殺到し逃げていく。

 今あいつと立ち向かえる者は僕しかいない。

 僕がやるしかないんだ。

「お兄ちゃん、逃げねぇのかい?」

 立ち上がって避難しようとしたお爺さんが僕に尋ねた。

「僕は冒険者だから、行ってきます!」

 僕の言葉を聞いてぴしゃりと自分の額を打つお爺さん。

「気に入った! それでこそ江戸っ子よ。よし、おいらもここから意地でも動かねぇぞ。かぶりつきでお兄ちゃんの晴れ姿、最後まで見届けてやらぁ! 恋十郎を頼んだぜ!」

 そう言ってお爺さんはどっかと胡座をかき腕を組んで桟敷に座り込む。

 そうか、これが江戸っ子の心意気ってやつか。

 なんだかお爺さんから勇気を貰った気がして張り切って舞台に駆け上がった僕は、腰に下げたムラサマを威勢良く抜き放って叫んだ。

「恋十郎さん、コイツは僕が何とかします! 安全な場所に早く!」

 僕は歌舞伎役者を守るようにして悪魔の前に立ちふさがる。

「すまねぇ。恩に着る」

 僕を拝むと市川恋十郎は安全な舞台袖に引っ込もうとした。

 だが――。

「逃がすものか。キサマからは極めて上質なエナジーを感じるぞ」

 悪魔はその羽で僕の頭上を飛び越え市川恋十郎を片手で捕まえると、刀の届かない空中に浮遊した。

 しまった、飛行系モンスターにはこれがあったんだ!

「それでは頂くとしよう。<エナジードレイン>」

 エナジードレイン。

 全ての冒険者が恐らく死の次に忌避する最悪の状況。

 それは今まで得た経験値を吸い取られるという、まるで悪夢のような攻撃手段だ。

 噂によるとマスタークラスに達した程の達人でも、あっという間に素人同然にまで戻されるという。

 モンスターの中でも上級の悪魔や不死生物の中にごく稀にその力を有するモノがいるというのは聞いたことがあるが、こいつはそれを使えるのか……。

 でも冒険者ではない一般人がそれを食らってしまったら、一体どうなる?

「くそっ、その手を離せっ!」

 悪魔は僕の声にチラリと視線を向けると、まるでゴミを放るかのように無造作に市川恋十郎をこちらに投げ捨てた。

 慌てて僕は駆け寄るが、その体はミイラのように痩せ細り、目は生気が抜け落ちて虚ろで、息もか細い。

 素人目にも一刻を争う危険な状態に思える。

「そんな、一瞬でこんなになるなんて……これがエナジードレインの力なのか」

 こんな時ヤンがいたらきっと回復呪文で何とかできるのに!

 考えろ、どうする?

 このままでは稀代の名人市川恋十郎は恐らく死んでしまうだろう。

 そうだ……あれがあった!

 僕は背中の袋からガラスに入った小瓶を取り出して、瀕死の歌舞伎役者の口に無理やり突っ込んだ。

「ゴホッ! ゴホッ……うぐ、とんでもねぇ味がしやがる。けど、おかげで助かったぜ」

 その目には再び光が宿り、やせ細っていた体も見る見る元通りになる。

 良かった、成功だ!

 ロンファから『ユニコーンの角から抽出した驚異の回復力を与える精力剤』だと説明されたそれは、確かに5000Gの価値はあったらしい。

 究極の回復能力を誇る伝説の神獣ユニコーンの角、超希少なレア素材を用いた高級精力剤『一角皇帝究醒液』はエナジードレインの力に打ち勝ったのだ。

 息を吹き返した男を見て悪魔が空中から悠然と降りてきた。

「キサマ、エナジーを完全に吸い尽くされ残りカスとなったその男をどうやって蘇らせた?」

 悪魔に僕は刀を構えて対峙し、今度こそ市川恋十郎が安全な場所まで退避したのを無事見届ける。

 これで舞台上には僕とグレーターデーモンだけとなった。

「刀、か。サムライかキサマは」

 牙の並んだ真っ赤な口の中を見せて悪魔が笑う。

 凄いプレッシャーだ。

 でも、今までも自分より遥かにレベルが上の強敵と戦い、死闘を潜り抜けてきたんだ。

 もう恐れはしない。

「いいや。僕は戦士だ。それも悪のね」

 そう言って手にしたムラサマで悪魔の背中に生えた羽を狙い定めて斬りかかった。

 ズバシャッ!

 刀は直撃して羽の根元を断ち、悪魔はどす黒い血を舞台に滴らせる。

 よし、効いてるぞ!

 これであの厄介な飛行はもうできないはずだ。

「それで終わりか? ではこちらのターンといこうか」

 悪魔は自慢の羽を失ったというのに苦しむ様子も一切見せず、それどころか笑いながら爪による連続攻撃で僕を引っ掻いてきた。

 確かにその爪は鋭いけど、アーマークラスの低い革鎧ではなく、コボルド神シバの雷にも耐えた鎖帷子+1を着込んだ今では大したダメージもないはずだ。

 そんなわずかな油断が隙を生んだのか、2回、3回と捌いていたが4回目の爪は僕の腹をかすめる。

 でも予想通り、その爪は内臓どころか肉にすら達せず、浅く皮膚を切り裂いただけに留まった。

 その時、全身にかつて感じたあの感覚が宿る。

 しまった、神経毒――。

 僕の全身は末端から徐々に固まると麻痺していき、ついにその場に倒れて動けなくなってしまった。

 ムラサマを握ったその手はしっかりと閉じられたままだが、動かすことも立ち上がることも無理だ。

 『マルホーンの迷宮』第ニ層でジャイアントスパイダーから神経毒を食らった時はヤンが呪文で治療してくれたが……。

 僕はトリプルGやコボルド神シバといった強敵との戦いに勝ったことで、完全に慢心していたとようやく気付く。

 いつだって仲間がいたからこそ戦えたのに、僕は何を勘違いしていたんだろう。

 たった一人であのグレーターデーモンなんかに敵うはずがなかったんだ。

 そう、ろくな考えもなく正義感に駆られて一人で飛び出すよりもっと確実な、より良い選択肢を慎重に考え優先すべきだった。

 でも後悔しても、もう遅い。

 ゆっくりと悪魔は笑いながらこちらに近づくと、僕の頭を片手で掴み軽々と持ち上げる。

「うぐっ……」

「さて、先程の役者と違い戦士であるキサマのエナジーは一体どんな味かな。<エナジードレイン>」

 急激に僕の体の奥から何かが失われていくのが分かる。

 だ、だめだ……このままでは…………。

 意志に反して、僕の意識は次第に遠のいていった。

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― 新着の感想 ―
エピソード10で二カ所、エピソード52で一箇所、第二層ではなく第ニ層になっている誤字がありました。
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