ノームの賭け
<うるわしの酔夢亭>に再び舞い戻ったヤンは、先ほどと同じ席に座るノームの男の顔を見て安堵の溜息を漏らした。
「いたいたフリチョフ、おまえさっき"ロード・オブ・ハルバード"とか言っていたアルね?」
駆けつけるなり、ずいっとフリチョフに詰め寄るヤン。
「いかにも。わしこそハルバードの伝道師にして、数千人の教え子を世界中に持つ"ロード・オブ・ハルバード"だぞい」
「よく分からんがとにかくその槍の凄い使い手ってことね。戦士はそれを装備できるアルか?」
ヤンの言葉に首を振るフリチョフ。
「ヤンよ、ハルバードは槍ではない。先端部分は槍であり、側面は斧であり、反対側は鉤爪となっている、突いてよし切ってよし引っかけてよし。三拍子揃った素晴らしい武器がこのハルバードだぞい」
そう言ってフリチョフは大きな凱歌のハルドードを、新体操の道具のごとく軽々と片手で回してみせた。
「詳しい説明はいいアルよ。それで戦士は装備できるか、そのハルバード?」
「うむ。戦士はほとんどの武器を装備条件でクリアしておるからな。わしの教え子にも戦士は多いぞい」
これを聞いてようやくヤンはホッとした顔になった。
「それはちょうど良かったね。実はヤンさんの仲間の可愛い女子が剣から槍に装備を変えようとしてるよ。おまえがちょっくらハルドードの使い方をコーチしてやって欲しいアルね」
フリチョフはふーむと考えこむ素振りで顎に手をやる。
「他ならぬ同族の頼み、指導してやりたいのは山々だがわしも忙しい身の上だぞい。祖国ノルウェーからわざわざ来日したのも、"忍者恐怖症"になって引きこもった息子を更生させ、立派な一流の男に鍛えて欲しいとの大富豪、西園寺氏からの依頼で仕事として来ておるんだぞい」
やんわりと断られたがヤンはなおも食い下がる。
「明日一日だけでもいいアルから、そこを何とか頼めないか?」
「うーむ一日だけか。それなら時給5万Gで引き受けてもいいぞい」
フリチョフはヤンに五本の指を突き出して見せた。
「高すぎよ! もうこうなったらマージャンで白黒つけるアルね! いいね、ヤンさんが勝てばタダでコーチするよ」
ヤンの提案にフリチョフはニヤリと笑い頷く。
つい今しがたヤンを相手にボロ勝ちしたばかりだったからだ。
「面白いぞい。わしが勝ったら時給5万Gきっちりと貰うぞい」
「その条件で問題ないアルね」
ヤンが丸眼鏡を光らせて頷く。
「ほっほ、ならわしも加わってサンマで決着というのでどうかな、おまえさん方?」
赤ら顔のノームの老人の申し出により、ヤンとフリチョフは三人麻雀で対決することとなった。
「いやーそれにしても立派な"槍"アルね、フリチョフの"槍"は。爺様もそう思うね?」
勝負の最中、突然ヤンがそう口にした。
「だから槍ではなくハルバードだぞい」
「おっと失礼したアル。爺様それポンよ」
ヤンは今こっそりと"通し"のサインをノームの老人に対して送ったのであった。
狙い通り老人はヤンの欲しかった牌を捨て、ヤンが鳴いてそれを手に入れてアガリに一歩近づく。
要するに二人はグル、イカサマ行為をしたのだ。
「フリチョフ、それロンね。対々和、遠い方からわざわざ振り込みにご苦労さんアルよ~」
「ぐぬぬ、次はわしがアガるぞい」
だがヤンと老人のコンビ打ちに翻弄され、気が付けばフリチョフはボロボロに負けていた。
「……何かおかしいぞい」
さすがにフリチョフも異常な点差での負けと、ヤンの鳴きの多さに違和感を覚えた様子である。
フリチョフはジロリとヤンを睨み、剣呑な雰囲気を漂わせる。
するとヤンは丸眼鏡を狡猾に光らせて笑う。
「ウシャシャシャ、勝負に負けてからケチ付けるなんてギャンブラーとして失格ね。それともノルウェーではそういうのが許されるか? いやーこれはヤンさん勉強不足よ。あちらさんのノームは負けた途端に難癖を付けてくる連中だと、これはギャンブル仲間にも触れ回っておかないといけないアルね」
ヤンがそう煽ると、顔を真っ赤にさせてフリチョフが叫んだ。
「わ、分かったぞい! わしも男、二言はない。明日一日だけその娘っ子を指導してやればいいんだろう? やってやるぞい!」
「それじゃ明朝8時に『アングラデスの迷宮』第一層の入り口まで迎えに来るアルね」
フリチョフが引き上げた後、ヤンと老人は二人きりでしみじみと酒を飲む。
「しかしヤンよ。おまえが"通し"を頼むとは珍しいのう。そんなにまでカモりたい相手じゃったか、フリチョフは」
ノームの老人が酒を飲みながらヤンに問いかける。
「悪いね爺様。どうしても負けられない勝負だったアルよ。ヤンさんの大事な仲間のためにね」
「ほっほ、おまえの口からそのような言葉が出るとは。こりゃ明日は血の雨でも降るんじゃないかのう」
ノームの老人は楽しそうに酒を飲んで笑った。
「なんかあっちは盛り上がってるね」
3人のノームたちが恐らくギャンブルにでも興じているのだろう、ギャラリーもチラホラと囲む賑やかなその様子を見てマナがぽつりと口にする。
それとはまるで真逆に、マナたちの卓では重く鬱屈とした空気が漂っていた。
『アングラデスの迷宮』探索開始から2日目、『イグナシオ・ワルツ』の面々は昨日に引き続き第三層で足止めを食らっていたからだ。
今日も出てくるモンスターには苦戦することもなくレベルも多少上がったものの、得られた成果らしきものはそれだけ。
四層へと続く階段はどこを調べても一向に見当たらなかった。
「あ、ごめんなさい。今そういう空気じゃなかったよね。駄目だなあたしって」
マナが少年のようにこつんと自らの頭を叩いて謝ると、若干仲間たちの顔からも重さが取れたようである。
「いや……こちらも負けてはいられないな。大いに盛り上がっていこうじゃないか。ヘイ、ボーイ! 極上の酒と料理を人数分頼む!」
ジェラルドがパチンと指を派手に鳴らして、忙しく店内を回っている店員に大声でそう呼びかけた。
その見目麗しい美青年の振る舞いはたちまち酒場の女性たちを虜にする。
マナはあっけに取られたような顔でジェラルドを見つめた。
「この切り替えの良さがうちのリーダーのいいところでもあるのさ」
美形のエルフの青年トニーノが茶目っ気たっぷりにマナに片目を瞑って笑いかけると、思わず彼女もつられてクスッと笑う。
すぐに卓には酒と料理が運ばれて、その高額な値段相応の味に全員が舌鼓を打つと、会話も次第に弾みだした。
「それにしても妙ですわね。あれだけの時間をかけて全員で調査したにも関わらず何の痕跡も見付からないだなんて。事前に入手しておいた迷宮調査員の報告書によりますと、あのオークロードたちのいた部屋に階段はあるはずなのですが。わたくしたちの探し方が悪いのか、それとも聖イグナシオへの信仰心が足りないせいでしょうか。そうですわ、今からみんなで礼拝堂にお祈りにいきましょう」
黒髪の美人すぎる僧侶ヴェロニカは酒に酔ったのか頬を真っ赤に染め、ヒックとしゃっくりをしておぼつかない足取りで立ち上がる。
「ヴェロニカちょっと大丈夫? ああもう、ちゃんとしないと下着が見えちゃうって」
マナが慌ててめくれ上がりそうになったヴェロニカのスカートをキチンと直してあげると、酒場の男たちが残念そうな顔をした。
「拙僧たちが何度も入念に調べたがあそこには階段などなかった也。他の方法を模索するが上策と思うが、各々方の考えはいかが?」
「ベンケイの言う通りこのままでは埒があかないのでーす。ワガハイ、何時間も壁や床を調べて回るのはさすがに飽きてきましたぞ。侍は盗賊ではないのでーす」
白の五条袈裟に身を包んだベンケイの発言に、毛むくじゃらのムクシが同意するように象牙色の毛をぶるぶると振るわせた。
「これはお手上げってやつかな。どうするんだいジェラルド?」
トニーノが試すような口調でリーダーである男に意見を求めると、ジェラルドは酒を飲み干してカタンとグラスを置く。
「明日は『アングラデスの迷宮』に潜るのはやめよう。私は街で少し情報を集めてみる。みんなは一日ゆっくりと休んでくれ」
こうして夜は更けていった。




