外伝 聖夜のプレゼント
しんしんと雪が降り積もっている。
数年ぶりに降った大雪は大地を瞬く間に白く染め、人々の足をも止める。
酒場では暖炉に大量の薪がくべられ、寒さから逃れた客たちが暖を取っていた。
「ふうー生き返ったぜ。親父、強い酒をくれ。あと合成肉……いや、やめた。今日は聖夜だしな、鶏の手羽先をくれ」
そう言って今しがた酒場に入って来た男の言葉に、カウンターの隅で一人酒を飲んでいたドワーフの老人がふんと鼻を鳴らす。
「聖夜か。ふん。ワシには何の関係もない話だ」
老人の名は堀田洞門。
『城塞都市ネオトーキョー』で冒険者相手にアイテムを売買する店『堀田商店』の店主である。
堀田洞門は年明けまではずっと仕事尽くしのハードスケジュールで予定が埋まっており、とても聖夜を祝うような気分ではなかった。
「今回は久々にワシも骨が折れた。まさかレアメタルがあそこまで高騰しておるとはな。完全に手に入らなくなる前に、新たな代替金属を探す必要があるわい」
東シナ海の海底よりごくわずかに産出されるレアメタルは、モンスターに非常に有効だということが分かるとすぐに各国が我先にと争って手に入れようとした。
だがそれも『魔王クラーケン・ノブナガ』に海を支配されるまでの、わずか9年間しか採取することはできなかったのだ。
現在市場に出回っているのはその時の残りカスみたいなもので、レアメタルの大部分は国連が管理しているという。
堀田洞門はドワーフの里にある熟練の鍛冶工房に武器を発注する際、武器を生産する炉に微量のレアメタルを混ぜて作らせることで、質の良い武器を安価かつ大量に世へと送り出していた。
しかし、そのごくごくわずかな量のレアメタルでさえも入手困難となりつつあったのだ。
「ふん。若い者は第一級どころか三級の武器ですら買える金もあるまい。新人を育成せずして次代の荒波をどう乗り越えるというのだ。馬鹿馬鹿しい」
堀田洞門は酒を一気に煽るとグラスをガンと乱暴にカウンターに置く。
「それにしても、全くどいつもこいつもロクな装備をしておらん。あの時代からは考えられん、嘆かわしいことだ」
そう言って店に集う客たちにジロリと鋭い眼差しを向けて値踏みする。
酒場の客はほとんどが冒険者で、中には上級職と思しき者の姿もチラホラと見受けられる。
高そうな輝く鎧を身に付けたものや、立派な剣をぶら下げた者もいるのに堀田洞門は『ロクな装備をしておらん』と一蹴してのけたのだ。
「ワシが買い取るならせいぜいが5000G止まりか。アーマークラスも大したことはない。見た目だけに囚われおって」
そう吐き捨てると堀田洞門は不機嫌そうな顔で酒場を出た。
ここは『九龍都市ネオホンコン』、中華人民共和国に属する迷宮攻略都市である。
善と悪、正と邪、法と混沌、陰と陽が渾然一体となったようなこの街にはあらゆる人々が住んでいる。
それは冒険者だけではなく、一般人、そして異種族たちにおいてもだ。
後ろ暗い過去や経歴を持つ者や、通常ならばありえない違法な業種。
それら全てを飲み込む懐がこの街には存在した。
「ヤンー、寒いから風邪を引く前に早く帰るよ」
ショーケースに並んだ象牙製の美しい麻雀牌を、店のガラスにへばりついてキラキラした目で眺める少年に母親らしき女性が声をかけた。
「はーいマミー」
それを見ていた堀田洞門の胸にちくりと棘が刺さる。
子供。
偏屈なドワーフの老人にもかつては将来を誓い合った恋する女性がいた。
だが、ある目的のために里を捨て、気が付けばその機会を失ってしまった。
ついぞ持ちうることができなかった己の子供、もし自分に子供がいたならば一流のビショップに育てて『堀田商店』をいずれ任せていただろうか?
愛する妻がいたならば、自分はもう少し他者にも心を開いていただろうか?
ほんの一時だけ、先程の親子を見てそう夢想する。
だが現実は今も時折吹き付けてくる冷気のように冷たい。
いくらドワーフが長寿とはいえ、その平均寿命は150歳前後。
堀田洞門は現在90歳である。
ドワーフの年齢ではもう子供を作るにも遅すぎた。
せっかくドワーフ族の熟練工房から仕入れ生産ラインを確保した『堀田商店』も自分一代限りで終わりかと思うと、いくばくかの寂しさを感じずにはいられなかった。
「本当かどうか怪しいもんだったが、中華殺技団はちゃんと仕事をこなしてくれたようだぜ。身寄りのない見た目のいいホビットの小娘を一匹あのビルに捕らえてあるんだと。あれがその目印の旗だ」
「へっへっ、それじゃお楽しみといくか。ホビットのガキとヤるのは初めてだ。人間相手は多少飽きてきていたからな」
ガラの悪い男たちが下卑た笑みを浮かべて廃ビルの一室へと向かう。
「こいつは上玉だ。1000G払った分は十分に楽しめそうだぞ」
手足を縛られ猿轡を噛まされたホビットの少女は床に転がったまま恐怖に目を見開いていた。
「それどころか俺たちが楽しんだ後に客でも取らせればいい稼ぎになりそうだぜ」
そう言って男の一人が乱暴に少女の衣服を剥ぎ取った。
少女の裸体が露わになり男たちが歓声を上げると少女は絶望の涙を流す。
「猿轡は外せよ。声を聞いてみてえ」
男の一人が少女の口を自由にすると声を張り上げて叫んだ。
「だれかぁー、たすけてーーーーっ!!」
「黙れクソガキが!」
そう言って男が少女の顔面を手荒に殴りつけると口の中が切れたのか血が溢れ、少女が苦痛と恐怖に押し黙る。
「大雪の、おまけに今日は聖夜だ。誰もこんな廃ビルなんぞに来やしねえよ。今からいいプレゼントをくれてやる」
男がカチャカチャとベルトに手をかけた、その時――。
「そこまでだ下衆ども。プレゼントならワシがくれてやる」
それは堀田洞門であった。
悠然と背負った袋を地面に置いた髭の老人の姿を見て、少女はサンタクロースが助けに来てくれたのかと思った。
男たちの一人がすぐさま対象鑑定呪文を唱えた。
「『レベル0・冒険者データ該当なし』。けっ、ただの一般人か驚かせやがって」
それを聞いて安心したのか、男たちが手に武器を持ち取り囲んだ。
堀田洞門はそれに動じる気配もなく、目の前の袋から小さな短刀を取り出す。
その短刀で素早く眼前の男の腕に浅い切り傷を与えたが、何も効いていないようであった。
「一丁前に護身用ナイフってか爺さんよ。そんなもんで冒険者が倒せると思ったか、バカが。モンスター相手に戦ってる俺らの体力を舐めんな。くたばりな!」
男が笑いながら手斧を振りかぶったが、堀田洞門は逃げる素振りも見せずにビシッと指を突きつけて宣言する。
「『邪眼の短刀』価格は1万Gだ。効果は稀に対象者を石化する」
「はぁ? 何を言ってやがる?」
だがその短刀で切りつけられた手斧を持った男の体が見る間に石化していく。
「何だと!? ちいっ、呪文で焼き殺せ!」
男の一人が喚くと、魔術師と思われるローブの男が詠唱を始めた。
それを見て袋から杖を取り出した堀田洞門は、呪文を詠唱している男に向かってそれを掲げた。
すると男を取り囲んでいた輝きが急にフッと消え失せて、ローブの男は何事かと焦りの色を見せる。
「『沈黙の杖』価格は2万G。効果は稀に対象者の呪文を封じる」
そして素早く今度は袋から大きなメイスを取り出す堀田洞門。
不思議なことにそのメイスは袋よりも明らかに大きい。
すぐさま呪文が使えず動揺するローブの男にそれを振り下ろした。
「ぐあっ!」
「『病魔のメイス』価格は1万5000G。効果は稀に対象者に重度の状態異常発症」
男の顔に急に不気味な斑点がブツブツと広がったかと思うと、吐血して息絶える。
「この野郎!」
別の男が剣を振り下ろすと、いつの間に袋から取り出したのか、堀田洞門は不思議な紋章の描かれた盾でそれを防いだ。
「『覇紋の盾』価格は5万G。効果は稀に物理攻撃を完全反射する」
男の全身に深い切り傷が次々と現れたかと思うと、全身から血を吹き出してのたうち回り、やがて動かなくなった。
残ったのはただ一人。
次々と袋からアイテムを取り出しては、謎の効果で熟練の冒険者であるはずの仲間たちを倒す老人に男は恐怖を感じた。
あれだけのアイテム、どう考えても袋の許容量もオーバーしている。
それに明らかにおかしい点もあったのだ。
「な、何者だてめえ……それに、どうして稀にしか発揮しない特殊効果がそんなにも都合よく出やがる!?」
一歩後ずさる男に、堀田洞門は鼻を鳴らす。
「ふん。貴様らに名乗る名などはない。だが後の方の質問には答えてやる。『次元竜のアミュレット』価格は付けられん。効果は確率で発生する効果の成否を自在に操れる」
そう言って堀田洞門は自身の首から下げた輝く奇妙な飾りを男に自慢気に見せつけた。
せっかくホビットの小娘を嬲りものにして楽しむはずだったのに、どうしてこんなことになったのか……男は信じられなかった。
「くっ、くそがァーッ!!」
何と懐から手裏剣を取り出して放ってくる男、どうやら彼は忍者のようである。
それに対してまたも堀田洞門は袋から何かを取り出した。
それは一振りの、凄まじい妖気を放つ日本刀であった。
「『ムラマサ』価格は50万G。効果は稀に対象者にクリティカルヒット――」
ギラリと刀を手にしたその目が光る。
シュピーン。
甲高い謎の金属音が響き渡ると、手裏剣を真っ二つに分断した上に、男の首が刎ね飛んでいた。
装備制限で本来は持つことが許されない武器を振るった堀田洞門は、やはりかつての仲間には到底及ばないなと思いつつ、紙で丁寧に汚れを拭き取ると納刀して袋の中にそれを戻した。
悪党どもを全滅させて二人きりになると、堀田洞門は裸の少女の拘束を解いてやり、袋から何かを取り出して手渡す。
それは白いワンピースであった。
「『祝福のワンピース』価格は5万G。効果は……」
それを言い終わる前に少女がしっかりと堀田洞門の体に抱きつく。
(温かい、な)
その温もりを肌で感じた堀田洞門は、無言で優しく少女の頭を撫でてやった。




