嬉しいご褒美
『アングラデスの迷宮』第三層において下層へと続く階段の手がかりを何も得られず、失意の内に迷宮から帰還したジェラルドの第一声は怒りの声であった。
「一体なんだこれは? 神聖なる教会の鐘楼が汚物まみれではないか!?」
ジェラルドが怒鳴るのも無理はない。
昼間にトリプルGが休憩していたそこは、至る所フンまみれの上に、大きな鉤爪の痕が文字通り無残な爪痕を残していたからだ。
「それが聞いてくださいよジェラルドさん。実は昼間、アキラさんという悪の戦士の方のパーティ『バタフライ・ナイツ』がですね」
「ストップ、もう聞きたくない。大体分かった」
教会の若い僧侶が本日の大討伐の詳細を興奮気味に語ろうとすると、話を遮りジェラルドは背を向けてそのままツカツカと歩き去った。
「アクラだかアキラだか知らんが、どこまでも教会を挑発してくれる悪の手先め……『バタフライ・ナイツ』、迷宮で出会った時がおまえらの最後だ」
そう恨みがましい声で呟くジェラルド。
気が付けば人々が夕食の支度を始めたのか街にはいくつもの煙が立ち並び、夕日が紅く教会の鐘楼を照らしていた。
豹頭の侍ヒョウマの『バタフライ・ナイツ』加入は、僕たちの満場一致を持って迎えられた。
侍は善か中立の者しかなれなくて僕たちは悪のパーティだから、もし善の侍ならば一緒に組めないのを危惧したが、幸いにもヒョウマの属性は中立だったのだ。
中でも一番乗り気で喜んでいたのがアンナである。
「ちょっと聞いてヨ、ヒョウマったらアタシのこと『はちきんな姉ちゃん』ですって! 男勝りなお姉サマって意味みたい。もぉー、やぁよぉ!」
考えるまでもなく、ヒョウマはとんでもない誤解をしている気がするのだが……アンナが異常な程大喜びしているので今は黙っておこう。
訓練所でトリプルG討伐の特別報奨金と経験値が貰えるというので、ヒョウマのパーティ登録も兼ねて僕たちは足を運んだ。
「わしゃアキラと同じ『バタフライ・ナイツ』に入っちゅうがよ。報奨金も経験値もパーティで折半にしてくれんか」
「はあい、そのように手続きしまあす」
男らしいヒョウマの言葉に、胸の大きいドワーフの女性職員が可愛い声で返事をする。
バストサイズ的には『龍華八仙堂』のロンファといい勝負だと僕は瞬時に見抜く。
今度から"胸囲鑑定人"とでも名乗ろうかな?
冗談だけど。
新しくパーティに加入したヒョウマの粋な申し出により、トリプルGの討伐で得られる都市防衛機構からの特別報奨金&経験値は、僕たち『バタフライ・ナイツ』のみんなに平等に分配される運びとなった。
その結果、訓練所内に凄まじい勢いでファンファーレが鳴り響き、人々が何事かと一斉にこちらを見る。
これで僕たちの今のレベルは、『レベル6・悪・戦士・アキラ』、『レベル13・悪・盗賊・アンナ』、『レベル8・悪・僧侶・ヤン』、『レベル6・悪・戦士・サラ』、『レベル5・中立・侍・ヒョウマ』となった。
僕とサラは一気に2つもレベルアップし、アンナに至ってはついに念願のマスタークラスだ。
まあ盗賊の場合はマスターすべき呪文もないので、本当に名前だけなんだけど。
それでもレベル13なんて凄すぎる。
この街にだって、数えるぐらいしかそんな高レベルの冒険者はいないんじゃないだろうか?
あと、ヒョウマは凄腕の侍と思いきや、実はデビューしたてのレベル1の侍だったらしい。
とはいえもうレベル5、あのトリプルGを仕留めた剣技といい、今後その活躍にもますます期待ができそうである……と何故か僕がヒョウマに上から目線なのは、『わしの主になってくれ』と直接懇願されたせいかも知れない。
にしても『主』かあ、僕もついにそこまでの器の男になったってことかな?
そして肝心の特別報奨金であるが、なんと一人につき5000Gもの大金が支払われた。
ス、スゴイ……今までの僕たちの金銭感覚からするとありえないレベルの額だ。
討伐推奨レベル11以上の、それだけとんでもないモンスターだったということだろう。
おまけに例のレッサーコボルドの耳の代金もヤンが山分けしてくれて、僕の懐には現在5201Gもある。
冒険者になってから無一文の状態が続いたあの僕が、なんと5201Gもの大金を手にしたんだよ!?
これは豪遊し放題だ!
おっと、『堀田商店』に借金があるからそれは早めに返しておかないといけなかったんだった。
それからトリプルGによって犠牲者もかなりの数が出たんだけど、あれだけの凄惨な状況にも関わらず蘇生に成功した人たちも結構いたらしい。
みんなほぼバラバラ死体やミンチみたいになってたと思うんだが……。
教会というのは全く凄いもんだなと僕は改めて感心した。
「これだけあれば今夜は大勝負ができるアルね! 一か八か、ワンオアエイト、オールオアナッシングよ、ウシャシャシャ!」
丸眼鏡を光らせたヤンが、よく分からないポーズをとって笑う。
「もう、今夜はヒョウマの歓迎会&祝勝会なんだから、やめときなさいヨ」
笑いが止まらないヤンをアンナが唇をとがらせて注意する。
お金が入るとやっぱりギャンブルに行っちゃう人なんだな、ヤンって。
もう大金が手元にあるのだからわざわざリスクを冒す必要も僕にはないように思えるけど……うーん、根深いな。
「私、お腹空いちゃった。まずは『みやび食堂』で晩ご飯を食べて、それから『ナインテイルの湯』に寄って汗を流してから、いつもの<バタフライナイト>のコースでいきましょうよ」
そう言ってサラが嬉しそうな顔で僕の腕を取り、顔を覗き込んだ。
改めて見ると、本当に一緒にパーティを組んでいるのがまだ信じられないようなカワイイ女の子だ。
サラの美しい淡いブルーの瞳には、僕だけが今映っている。
「そうだね、定番コースでいっちゃおう!」
体の火照りを感じた僕がそう宣言し、訓練所を出ようとするといきなり誰かに呼び止められた。
「アキラ君、君に話があるのでちょっと待ってくれるかな?」
それは数日前に冒険者デビューする時、僕の担当をしたあのオジサンだった。
なんだろう、なんかまずいことをしでかしたかな……。
「ごめん、みんな先に行ってて」
そう仲間に告げて、手近なテーブルに腰かけて手招きするオジサンの下に近づく僕。
「なんですか、話って?」
不安に駆られる僕に、オジサンはお茶を啜って一息つくとニッコリと笑う。
「やっぱりオジサンの目に狂いはなかったね。君はそんじょそこらの新人とは違うよ、うん。忍者修行の方もしっかりやっているようで何よりだし、特別にアキラ君にはこれをあげちゃおう」
忍者修行なんて特にしてないんですが……忍者を相変わらず推してくるなこの人は。
僕の内心も露知らず、オジサンは紙にサラサラと何やら書いてスッと僕に手渡した。
そこには、『アキラ殿 あなたは類稀なる才能を発揮し、見事な活躍をしたことをここに認めます 服部』と書かれている。
なんだこれは?
表彰状、みたいなものだろうか。
それも訓練所のただの一職員である、オジサンからのごく個人的な……。
「フフ……嬉しそうだねアキラ君」
いや、一番嬉しそうなのはオジサンなんですが。
でも、誰かに認められるというのは、たとえそれがどんな些細な理由でも僕は内心とても嬉しかったのだ。
ちゃんと僕のことを見ていて、褒めてくれる人がいる。
それだけでまた頑張ろうという気持ちになれるってもんだ。
オジサン、ありがとう。
僕は心の中で感謝して大事に背中の袋にそれをしまうと、オジサンに無言で一礼して足早に訓練所を後にした。




