外伝 世界三大冒険者コジロー秘話 中編
琥侍狼はこの年22歳の誕生日を迎え、いよいよ國原館を巣立つ時となった。
「師匠、今までお世話になりました」
琥侍狼が万感の思いを胸に頭を下げる。
「うむ。お主が12の歳にこの國原館の門を叩いてからはや10年か。もうわしが教えるべきことは何もない。國原一刀流の極意、確かに授けたぞ」
あの日の少年は立派に成人して一人前の剣士に成長していた。
厳しい修行の果てに、師匠である國原中弥斎から<一ノ太刀>という必殺の秘剣をも学んだ。
そして、極意を極めた先で開眼した究極の奥義も。
「さてと。大事な弟子をこの晴れの日に、手ぶらで送り出すわけにもいかんだろう。わしのコレクションの中でも随一、この天下の名刀と謳われたフツノミタマを授けよう。持って行くがよい」
國原中弥斎はそう言って愛弟子にとてつもなく長い直刀を手渡した。
持っただけで凄まじい霊気がビンビンと琥侍狼にも肌で伝わってくる。
「フツノミタマ、このような貴重な業物を……師匠、ありがとうございますッ!!!」
「うむ。それでは達者でな」
一礼して去ろうとすると、道場から二人の若者が目を真っ赤に腫らして琥侍狼の下に駆け寄ってきた。
「琥侍狼先輩!」
それは2年前に入門したばかりの弟弟子たちであった。
「六九四に豹馬。師匠の教えをしっかりと学び、立派な剣士となれ。弥生のことを頼むぞ」
こうして佐々木琥侍狼は、10年に渡り慣れ親しんだ國原館を後にした。
「ただいまぁー」
コジローと入れ違いに弥生が道場へとやって来た。
「おじいちゃん、コジローはどこぉ?」
「これ、ランドセルを置いて着替えて来なさい弥生。ちょうど入れ違いでな。琥侍狼はもう旅立ったわい」
「なんでよぅ! わたしが小学校から帰って来るまで絶対に待ってねって言ったのにぃー! ああーん!!」
弥生が大号泣を始めた。
「あわわ弥生、泣かないで欲しいのでーす。せっかくの美人さんが台無しですぞ」
「そうぜよ、琥侍狼先輩も笑顔の弥生を好いちょるはずじゃ。さあ、一緒に笑おうぜよ!」
「ムックとピューマにはわかんないよ! わあーん!!」
その場にいた六九四と豹馬の慰めも逆に火に油を注いだだけだった。
無理もない。
物心付いてから10年間、琥侍狼とはずっと実の兄妹同然に暮らして一緒に育ってきたのだ。
「ま、まあそういうこともあるわい」
内心すっかり忘れていたのだとはもう言えず、國原中弥斎は困った顔で白い顎髭を撫でる。
「おじいちゃんのばかー! ああーん!!」
弥生は泣きながら道場を出て行った。
「こりゃしまった。弥生よ、おじいちゃんが悪かったから戻ってきておくれ~」
訓練所と呼ばれるその施設は、冒険者になろうと思ったなら必ず最初に訪れなければならない場所である。
「冒険者名コジローさん。1番窓口へとお越しください」
訓練所のアナウンスの声に促されて窓口へと向かうコジロー。
「はい、お待たせ。担当の服部です。えーと、事前に受けてもらった判定球の結果、コジロー君の属性は善だね。次にボーナスポイントはと……えっ、24! すごいよ君! よっぽどの幸運の持ち主、いや……違うな。事前に十分過ぎる修行をしていたんだね。コジロー君は基礎ステータスの方も相当に高いよ。じゃあ続いて職を選ぼうか。この数値ならロードでも侍でも、お好きな上級職バッチ来いだよ。残念ながらみんなの憧れ『殺戮マッスィーン』の忍者は無理だけどね」
ややテンション高めの担当官の言葉にコジローは首を横に振る。
「俺は侍以外になるつもりはありません」
コジローは担当官にそうきっぱりと答えた。
「うん。その迷いのなさ、いいねえ。コジロー君を見てるとオジサンの若い頃の知り合いを何だか思い出すよ。はい、それじゃこれが冒険者登録証と給付金120Gね」
佐々木琥侍狼はこの日『レベル1・善・侍・コジロー』として正式に冒険者デビューした。
そして、コジローが冒険者になってからさらに5年の月日が流れた。
久々に日本へと帰って来たコジローは、その足で懐かしき國原館を訪れた。
あの当時と何ら変わりのない佇ましいを見て、思わずコジローの胸に熱いものがこみ上げてくる。
道場には師匠、國原中弥斎の姿も健在であった。
「お久しぶりです師匠」
かつての教え子の成長した姿を見て、國原中弥斎はその顔を綻ばせる。
「うむ。随分と活躍しておるようじゃな。先日もモナコの『グリマルディの迷宮』で魔王を倒した話、聞き及んでおるぞ」
「大量の大型飛行モンスターを召喚された時にはどうなるかと思いましたが、狭い迷宮の中で助かりました。これも師匠の教えのおかげです」
『魔王アカ・マナフ』は宙に浮いた巨大な脳味噌を思わせる敵で、グレーターグレイグリフォンという名のモンスターを際限なく呼び続ける強力な相手だったが、それすらも単身で倒せる程のとてつもない実力を今のコジローは持っていたのだ。
「して、いよいよアレとやるのか」
國原中弥斎が自らの白く長い顎髭を撫でる。
「はい。我が大願、必ず成就してご覧に入れます。ところで師匠、弥生と、それに六九四に豹馬は……」
懐かしい少女と弟弟子の姿を目で探すコジロー。
「残念じゃが、揃って『すいいつ』とやらを食しに行ってまだ帰って来てはおらん。お主もつくづく縁がないのう」
「そうでしたか。もしかするとこれが最後になるやも知れないと思い、師匠と弥生たちのお顔を拝見しておきたかったのですが……」
コジローが残念そうな顔をすると、國原中弥斎は目を伏せて首を振った。
「馬鹿を申すでない。負けても構わん、お主は必ずや生きて帰れ。わしの息子夫婦の時と同じ思いをするのはもうたくさんじゃ」
「この佐々木琥侍狼、まだまだ未熟者でした。決戦を前に少し気弱になっていたようです」
師匠の言葉にハッとなったコジローが深くその頭を下げる。
「それではもう行きます。お元気で、師匠」
踵を返そうとするコジローにポンと手を打つ國原中弥斎。
「おおそうじゃ。いつぞやお主が探しておった藤原紅麻呂とやらに関する品、『堀田商店』にあるらしいぞ。立ち寄って見るとよかろう」
「いらっしゃーい、って……ウソやろ、あの、世界のコジローやん!?」
『堀田商店』の看板娘アカリが素っ頓狂な声を上げる。
今や冒険者でコジローを知らぬ者はない。
年間数体の魔王を討伐しているという日本が誇る侍の中の侍、当然である。
「サ、サインしてもらわな……いやいや、アカン! ウチも掘田の娘、世界の有名人相手でもきっちり商売せな……な、何をお探しですか?」
世界的有名冒険者を前に抗いがたい欲求に打ち勝って、かろうじて営業モードに入るアカリ。
「藤原紅麻呂に関する品があると聞いて来たんだが」
コジローの口から出た聞き慣れない言葉にアカリが首を捻る。
「うーん、ウチは店に並べてある商品は全部把握しとるつもりやけど、知らんなぁ」
そう言って一応台帳を確かめるが、やはりどこにもそのような品の記述は無かった。
「たぶんそんな品はうちの店には無いんとちゃうかなぁ。お客さんの勘違いちゃう?」
コジローの顔にありありと落胆の色が浮かんだ、その時。
「ふん。そこのバカ娘に古代の品のことなど分かるはずもなかろう」
そう言って奥から現れたのは厳しい髭面のドワーフの男。
この『堀田商店』の主、堀田洞門である。
「あっ、お父ちゃん。でも藤原紅麻呂なんて名前、店の商品リストの中には一切見当たらんかったはずやで。ウチ、バカちゃうもん。自分の店の商品ぐらい、ちゃーんと頭に入っとるわ」
ぷくーっと頬を膨らませて反論する娘にふんと鼻を鳴らす父。
「当たり前だ。『第一級保管優先アイテム』は商品として並べとらんし、台帳にも書いとらん。クニハラの弟子、もっと早くここに来ると思ったがな。ふん。まあいいこっちへ回れ」
コジローは自分のことを昔から知っているかのような口ぶりの店主に、カウンターの奥にある倉庫へと通された。
厳重に鍵をかけられていたその倉庫の中には、見たこともないような不可思議な形状の武器や防具が所狭しと置かれていた。
中でも侍であるコジローの目は自然と刀へと注がれる。
『セブントルソー』、『グレートカネヒラ』、『モノホシザオ』と札に書かれたその刀たちからは、一瞥しただけで尋常でない業物だという気配がコジローにもビシバシと伝わってくる。
「こっちだ。書物の保管場所にある」
がさごそと店主が漁るその棚には『講談 江戸の寿司政』、『大黒屋九兵衛著 大江戸名刀百選』など見るからに古そうな書物がずらりと並んでいる。
「おまえが探しておるのはこいつだ」
そう言って店主は一冊の古ぼけた書物を取り出した。
表紙には白い狐と烏帽子を被った貴族らしき男が描かれ『藤原紅麻呂怪異譚』という題名が記されている。
「そいつには特別な力が込められておる。だが、ただ読んだところで意味は無い。迷宮の中で然るべき者が読まんと真の力は解放されん」
『堀田商店』店主、堀田洞門こと旧名ホルター・ドルムンクは、かつて『魔王イブリース』を討伐したパーティ『心剣同盟』の一員であった。
ドワーフ族の代表者であったホルターは、攻撃と回復双方の呪文を使いこなす優秀なビショップとして活躍した。
だが、ホルターが他の誰よりも優れていたのは呪文の使い手としてではなく、その『鑑定眼』である。
ありとあらゆる見たこともないアイテムの数々を立ち所に鑑定して、パーティの戦力アップに大いに貢献したのだ。
仲間の戦士と盗賊が、当時まだ正式な職業ではなく隠し職業であったロードと忍者に転生したのも、彼の活躍のおかげといえる。
冒険者を引退してしばらく経ったある日のこと、平安時代の書物である『藤原紅麻呂怪異譚』を手に入れたホルターは、すぐにその価値に気付くと『第一級保管優先アイテム』として現在まで大事に保管していた。
世界最高の鑑定眼を持つビショップだからこそ、一瞥しただけでその秘められた力と用途にも気付いたのだ。
「店主、ぜひこれを譲ってくれッ!!!」
12年前に探していた念願の書物をついに目の前にしたコジローは身を乗り出した。
「よかろう。100万Gだ」
それに対して法外な値段を平然と口にする店主。
装備品の中でも特に金のかかる部位とされる鎧カテゴリの『上等のプレートメイル』でもせいぜい3万Gが相場だ。
そして伝説級武器と名高い名刀『ムラマサ』の『堀田商店』での取り扱い価格が50万G。
たかだか一冊の古ぼけた書物にそのような値段は、天地がひっくり返っても有り得ない。
冗談もいいところである。
「お父ちゃん! いくらなんでもそんなボッタクリ、堀田の名前が泣くやろ!? 世界のコジローさんやからてそれはアカンわ!」
娘が大声を出して父の提示した値段を批難する。
「おまえは黙っておれアカリ。どうするね。買うのか買わんのか」
厳しい顔でどちらでも良さそうな調子でコジローへ尋ねる店主。
コジローはコクリと頷いた。
「決まっている。買いましょう」
これにあっさりと了承するコジローもどうかしている。
冒険者の中でも第一線で活躍し、年間数体の魔王を討伐し続けて国連から莫大な報酬を受け取っているとはいえ、100万Gは決して安い値段ではない。
懐からスッと自らの冒険者登録証を取り出して店主に差し出すコジロー。
「うむ」
店主が軽く頷きそれを受け取る。
冒険者登録証にはクレジット機能もあるのだ。
これを読み込ませる専用の水晶球はまず普通の店には無いのだが、ここ『堀田商店』には存在していた。
店主が水晶球を操作して冒険者登録証をかざすと、正しくコジローの預金残高から料金が精算される。
するとどうであろうか、あれほど厳しかった店主の表情がいきなり柔和な老人の顔つきに変わった。
「毎度。とてもいい品ですよ」
それまでの態度と打って変わり、まるで別人としか思えない好好爺然とした口調で営業スマイルを浮かべている。
「こ、これがお父ちゃんの商売か。ウチ、恐ろしいわ……」
自分の許容をはるかに超える金額のやりとりを見たアカリは、思わず両手で我が身を抱きしめるとガクガクと身震いした。
店を出るとコジローは待ちきれないのかさっそく書物の内容を確かめる。
だが、大まかな内容はほとんど12年前に読んだあのおとぎ話と同じであった。
「くそッ、100万も払って、騙されたのか俺は!!!」
思わず地面に叩き付けようとして、ハッと店主の言葉を思い返す。
『迷宮の中で読まんと真の力は解放されん』、そう言っていたはずだ。
コジローは急ぎ足で手近な『アングラデスの迷宮』へと向かった。
迷宮に足を踏み入れたコジローは再び『藤原紅麻呂怪異譚』を開く。
『紅麻呂、死の息を前に無礼簾返しにて旋風を巻き起こす』
その一文からコジローの脳裏にあるイメージが直接伝わってきた。
烏帽子を被った風流な身なりの男が振るう太刀の動き。
コジローはそれを正確にトレースして愛刀であるフツノミタマを同じように振るう。
するとどうだろう、剣先より突如旋風が巻き起こったではないか。
それは竜巻状になり、長時間その場所に留まり続ける。
「今誰かに見られておったような気がするでおじゃる」
どこからか不思議な視線を感じて辺りを見回す。
「紅麻呂様、物の怪も退治しましたし、ここにはもう私の他に誰もおりませんよ」
白い稲荷狐が尾を左右へと振り、仕える主人に人語で恭しく返事をする。
「やれ、狐にでも化かされたでおじゃるか麿は。ほっほ」
藤原紅麻呂は白い稲荷狐を前に、そう冗談を言うと太刀を鞘に戻した。
「これだッ!!! 我、今ここに究極の返し技、<ブレス返し>を会得したりッ!!!」
迷宮の中でコジローが腹の底から声を出して叫んだ。
体の内からこみ上げてくる高揚感に、腕試しを兼ねてこの迷宮を一気に攻略してしまおうかと考えるコジロー。
ここはいまだ未攻略迷宮という触れ込みだが、コジローにかかればこんな迷宮をクリアするなど造作もないことである。
だが急に考えなおすとフッと笑い、頭を振る。
「いや駄目だ。ここは次代の若き冒険者たちを育てる試練場だ。俺が攻略すべき場所は、真に危機の迫った魔王が現れた迷宮だけでいい」
そう呟くとコジローはフツノミタマを納刀し『アングラデスの迷宮』を後にした。




