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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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外伝 世界三大冒険者コジロー秘話 前編

 日本最大の迷宮攻略都市『城塞都市ネオトーキョー』、その一角に居を構える漆喰を使った白壁に囲まれた昔ながらの風情のある大きな屋敷。

 ネオトーキョーらしくない趣きのある石灯籠が立ち並んだ綺麗に小石を敷き詰められた縁側には、枝を横に伸ばした立派な松の木と鯉が泳ぐ風流な池も見え、まるでここだけ江戸時代から時が止まったままかのような錯覚を与える。

 いささか時代錯誤のその場所は國原館(くにはらかん)という名の、知る人ぞ知る剣術道場だ。

 ここの師範にして人間国宝である剣の達人、國原中弥斎(くにはらちゅうやさい)は、門下生をごく少数しか取らずに屋敷に住み込ませ数年かけて徹底的に鍛えるという、今時珍しい本格的な指導方針の持ち主である。

 そのため、今この広い屋敷に弟子はたったの一人しかいない。

 それは佐々木琥侍狼(ささきこじろう)という名を國原中弥斎により与えられた、まだ若干15歳の少年だった。


「あのね、やよいね、こじろにごほんをよんでほしいのぉ!」

 國原中弥斎の孫娘である弥生(やよい)が、とてとてと一冊の本を両手に抱えて琥侍狼の下へ走って来る。

「すまない弥生。今は剣の修行の時間なんだ」

 その若さゆえに琥侍狼は焦っていた。

 弥生の両親、迷宮調査員ダイヤ&ハートが今際の際に国連に残したというメッセージ、『魔王アトゥ』の吐くという全てを滅する核撃のブレス。

 その打開策がまるで思い浮かばないのだ。

 今のままでは修業の日々を終えた後に、命懸けでダイヤ&ハートが施した封印が解ける『魔王アトゥ』との決戦の日を万全で迎えられない気がしていた。

 若き琥侍狼は師匠である國原中弥斎とその孫娘の弥生のために、アフリカの地でダイヤ&ハートの命を奪った『魔王アトゥ』を討ち滅ぼすと固く心に誓っていた。

 それがこの異国の地で暖かく自分を受け入れた師匠たちに対する、彼なりの恩返しなのだ。

 古の時代で侍は主君のためなら喜んで死んでいったという。

 琥侍狼も同じく死を恐れてはいない、だが自らの力不足で『魔王アトゥ』の討伐を成し遂げられないことを何よりも恐れていた。

「やーあ! こじろによんでほしいのぉ」

 相手をしてもらえずに弥生がぐずり始める。

 仕方ないと諦めて苦笑すると、琥侍狼は剣を置き縁側にその腰を下ろす。

「貸してごらん。読んであげるから」

 弥生から受け取ったその本は、少なくとも小学生以上を対象とした内容で、とても3歳の弥生が読めるような本ではなかった。

 そのまま読んだところで弥生に果たして理解できるかどうか……。

「えーと、『にほんこどもめいさくしゅうそのいち、ぶれいすがえし、はじまりはじまりぃ』……」

 幼い弥生のために難しい内容を自分流にアレンジして、分かりやすく噛み砕いて読み聞かせることにした琥侍狼。

「わーい」

 琥侍狼の膝の上に乗っかった弥生が満面の笑みでパチパチと拍手をする。

 物語をどう解釈して伝えようかと、琥侍狼はスラスラと本の内容を黙読で読み進めていく。


 『無礼簾返(ぶれいすがえ)し』。

 平安の昔、都の外れに奇怪な穴が現れた。

 そこからは夜な夜な恐ろしい物の怪が現れ、都の人々を恐怖の底へと陥れた。

 この事態を重く見た帝は、武士に討伐を命ずる。

 まるで地獄の底に通ずるかのような深い深い穴を、現れる物の怪たちを退治しながら、ついにその最深部まで到達する武士の一行。

 だが、そこに待ち受けていたのはそれまでの物の怪とは比べ物にならない、受けただけでたちまち人を死に追いやる恐ろしい死の息を吐く強敵であった。

 かろうじて生きて帰った一人の武士より報せを受けた帝は頭を悩ませる。

 一方、都の貴族である藤原紅麻呂(ふじわらのべにまろ)はやんごとなき身の上で、世事とは無縁の優雅な日々を送っていた。

 そんなある日のこと、女官たちが屋敷の隅でめそめそと泣いている姿を紅麻呂は目にする。

「あのおなごたちは何故泣いておるのでおじゃるか?」

 無邪気に従者へと疑問をぶつける紅麻呂。

「あれは物の怪に夫を殺され嘆き悲しむ未亡人たちです」

 従者はそう主人に教えた。

「おなごを泣かせるとはまったくもってけしからん。無礼なやつでおじゃる。よし、麿(まろ)がその物の怪とやらを成敗してくれようぞ」

 従者が止めるのも聞かず、屋敷に飾ってあった立派な太刀を手にすると、紅麻呂は単身物の怪の潜む穴へと乗り込んだ。

 紅麻呂はただの貴族の優男ではなく文武両道、さらに身のこなしは風のごとく、持って生まれた天運は都でも随一であった。

 だがそのことは従者しか知らない。

 まるでその才能を隠すかのように、何もせずにのんびりと日々を過ごしていたからだ。

 そして、神の御使いである白い稲荷狐をいつも側に従えていた。

 先回りしていた白い稲荷狐の案内で、複雑怪奇な穴の中を迷わずに、最深部で待つ物の怪の頭領の下へと一直線に辿り着いた紅麻呂。

「そちが噂の物の怪でおじゃるか?」

 物の怪からは返答のかわりに武士たちをあの世に送った死の息を浴びせられる。

 あわや紅麻呂の命も風前の灯かと思われたが、策あり。

 手にした太刀で突如旋風を巻き起こすと、たちまち物の怪の吐いた死の息をはね返す。

「これ無礼者、そのようなものは自分で食らうがよい。名付けて『無礼簾返し』でおじゃる」

 その勢いのまま太刀にて急所に鋭い一撃を与えると、物の怪は断末魔の声と共に雲散霧消する。

 紅麻呂は意気揚々と都に凱旋すると、穴に潜んだ物の怪を退治したと帝に報告した。

 こうして都に再び平和が戻ったのだ。

 だが、武士が束になっても敵わなかった強敵をただの貴族ごときがたった一人で本当に倒したのかと、一部の武士の間でその真偽が怪しまれた。

 そんな風評にも紅麻呂はどこ吹く風。

 二度と太刀など物騒なものを持つこともなく、優雅に余生を過ごし『無礼簾返し』なる妙技をその目で見た者もなかった。


「『べにまろのおかげでみやこにへいわがもどりました。おわり。めでたしめでたしぃ』……」

 本を読み終えた琥侍狼の頭の中に鋭く電流が走る。

 死の息をはね返した剣技。

 おとぎ話として伝わるこの話が、もしも真実なら。

 思わずその拳にも力が込もる。

 その時だった。

「やよいちゃーん、こじろーくーん、あーそーぼ!」

 國原館の近所に住む弥生より3つ年上のまだあどけない幼女、柊茉菜(ひいらぎまな)が表門より姿を見せた。

「茉菜ちゃん、ちょうどいい。弥生をしばらく見ていてくれ。すまない弥生、ちょっと出かけて来るッ!!!」

 ポカンとする二人を置いて、猛ダッシュで琥侍狼は飛び出して行った。

 琥侍狼は藤原紅麻呂に関する文献が他にも存在しないか街中の古書店を探しまくる。

 しかし有力な手がかりは何も得られない。

 最後の頼みの綱であった日本の全ての文献を網羅しているという噂の国連図書館にすら、弥生相手に読み聞かせたおとぎ話の本以上の情報は得られなかった。

 琥侍狼は落胆を隠せない様子で、トボトボと一人道場へ帰った。


 そしてこの日より7年の月日が流れた。

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