予期せぬ休日 その6
僕とヤンはセーラー服通りで、傷ついた一人のフェルパーの男を助けた。
「光の精霊よ天より来たりて傷つきし者らを慈愛の光にて包み活力を取り戻し給え<快活大光>」
「すまん、助かったぜよ」
ヤンの回復呪文で両肩の傷を癒やされた、腰に刀を下げた侍らしきフェルパーの男が礼を述べる。
「あれと戦ったんですか?」
僕は遠くで自由奔放に飛び回り、今は教会の鐘楼の上に止まったそのモンスターを指差す。
「おまんらもあれを倒しにきたんじゃろう? じゃが、げにまっことありゃ面倒な相手じゃ。まともに攻撃もさせてくれん」
グレーターグレイグリフォン、通称トリプルGとか今しがたアナウンスされていたそのモンスターは、推奨レベルが11以上と言っていたはずだ。
おまけに下手に推奨レベルをアナウンスしたせいで、屋外には奴と戦おうという冒険者の姿を全然見かけない。
それもそのはず、レベル11以上の冒険者などそうそういるはずがないからだ。
<うるわしの酔夢亭>にたむろしている冒険者を探してもせいぜい9レベルが最高だろう。
僧侶のヤンはともかく、レベル4の戦士である僕なんかがまともに相手にできるモンスターではないのだ。
「わしの剣も空飛ぶ相手にゃお手上げか。何のために今まで腕を磨いて修行したがかよ! げにまっこと情けない話ちや……」
男は何とも悔しそうな声を出して跪くと、拳で地面を叩いた。
きっと彼は凄腕の侍なのだろう。
まかり間違っても最初の警報に気付かずに、人の消えた街をウロウロしていた僕たちとは違う、確固たる戦う意志を持ってここにいる勇気ある男なのだ。
「今度はあっちに降りたねトリプルG。ここからよく見えるアルね。お、誰か戦ってるみたいよ」
ヤンの言うその位置から、ちょうど何者かがそれと戦っているのが見える。
途端に僕は信じられないものを見たような顔つきになった。
あれは……間違いない、サラだ。
どうして君がトリプルG相手に戦っているんだ!?
僕と同じレベル4の戦士である君が、推奨レベル11以上の危険なモンスターになど敵うはずなんてないのに!
胸に渦巻く疑問の嵐の中、僕が見ているその視線の先でサラがトリプルGに押さえつけられた。
ああ、サラ!
だが、この遠く離れた距離では到底今から走っても駆けつけられない。
祈るような気持ちで僕が見守っていると誰かがサラを助けに入った。
間一髪でサラを助けに入ったもう一人は、あろうことかアンナだ。
よりによって僕の大事な『バタフライ・ナイツ』の仲間である、あの二人がどうして?
「まずいアルよ。あれはサラとアンナね。ああ、段々と押され始めたね……ここからじゃあそこは遠すぎるよ。ヤンさん一体どうしたらいいアルか~?」
そう言ってヤンが頭を抱え込む。
考えろ、考えるんだ僕。
どうすればいい?
ここで一体僕に何が出来る?
今すぐにあそこへ僕が転移するか、もしくはここへサラたちを転移させるか。
そんなのは魔術師でもないただの戦士の僕には無理だ。
あのトリプルGをこちらへおびき寄せるという方法はどうだ。
だが、こちらへおびき寄せても空中にいる相手とはどう考えても戦いようがない。
死ぬ順番が多少入れ替わるだけだろう。
じゃあ、あいつを地上に引きずり降ろして戦えるようにしてやればいい。
幸い、今ここにいる侍は相当の凄腕みたいだ。
一緒に連携すれば倒せるかも知れない。
でも、一体どうやって地上に引きずり降ろす?
誰かがうまく囮になれば可能かも知れない。
それは恐らくこの僕の役目だ。
ならば、どうすれば囮としてあいつをおびき寄せられる?
待てよ、あいつは鳥だよな一応。
ってことはもしかして……。
僕の中に天才的なアイデアが閃く。
それは無謀な賭けかも知れなかったが、試してみる価値は十分ありそうだった。
僕は傍らの侍に話しかける。
「あの、もしも僕がトリプルGを近くにおびき寄せることができたら、倒せたりとかする?」
「そんなことがおまんにできるっちゅうんか? わしも侍じゃ。一撃で決めてみせるきに」
豹頭の侍は真摯な目で僕を見て頷いた。
その目を見て決心した僕は、彼に作戦を伝えた。
その時、サラたちの方で逃げ遅れた一人の派手な格好の若者が物陰から出てきた。
「ひぃっ、ば、化物っ!」
トリプルGの姿を見て腰を抜かしたのか、じゃらじゃらと鎖の付いたズボンでへたりと地面に尻もちを着いたまま立ち上がる気配がない。
「危ない、早く逃げて!」
サラの警告の声も虚しく、新しい獲物を見付けたトリプルGは空から襲いかかるべく一気に舞い上がった。
その瞬間――。
僕は背中の袋から取り出した『かがやきのたて』を天高く掲げて、太陽に反射させる。
狙い通りガラスミラーで作られたそれは、太陽の光を反射して目も眩むほどに燦然とキラキラ光り輝く。
それを見たトリプルGは、軌道を修正して一直線にこちらへと向かって羽ばたき、僕目がけて急降下してきた。
光る物を集めたくなる鳥の習性。
小さい頃、森の木にあるカラスの巣をクロと一緒に見付けた時に僕はそれを学んだのだった。
カラスの巣にはビー玉やら金属片やら、どこで拾ったのか様々な光り物で溢れていたっけ。
僕が回想に浸る間もなく強烈な砂煙を巻き上げて、トリプルGは『かがやきのたて』をその大きな鉤爪でしっかりと掴む。
その『かがやきのたて』に必死で食らいついて離さずにいると、若干僕の足が宙に浮き始めた。
「今のうちに早く!」
『かがやきのたて』ごと鉤爪にしっかりとキャッチされてぶら下がった僕を踏み台に、フェルパーの侍は一気にトリプルGの背中へと駆け上がった。
いいぞ、いける!
だがあろうことか、トリプルGはその首をぐるりと180度回転させて蛇のように伸ばし、体勢がまだ整っていない無防備な侍へと襲いかかる。
「危ない!」
ギィィエェェェェェ!!!
僕が叫んだのとほぼ同時に、トリプルGが突然雄叫びを上げて猛烈に苦しみ出した。
その左目には、一本の短刀が深く突き刺さっている。
「ふぅっ、危機一髪って感じネ」
いつの間にかアンナが近くまで駆けつけており、とっさに自分の短刀を投げてトリプルGの左の目を潰したのであった。
あの遠い距離をアンナは走って来て間に合ったというのか?
なんという脚力だろうか……。
「ホラホラこっちヨ、おバカな鳥さん。今が食べごろ、とってもジューシーで美味しいアンナさんは、ここにいるわヨ」
アンナがセクシーポーズをキメてトリプルGの気を引いている。
その間に侍は呼吸を整え、腰の刀を引き抜いた。
「助かったぜよ、はちきんな姉ちゃん! ほんならいくぜッ、奥義<豹砕牙>ッ!!」
侍はそう吠えると手にした刀を勇ましく上段に振りかぶり、陽光に刃をきらめかせる。
ザシュッ!
白刃が閃いた次の瞬間、トリプルGの首はドスンと大きな音を立てて地面に転がり落ちた。
「現時点を持ちまして特別警戒注意報は解除されました。グレーターグレイグリフォン、通称トリプルGは無事に討伐された模様です。繰り返します……」
街に平和が戻ったことを知らせるアナウンスが響くと、建物に避難していた人々も徐々に屋外へと姿を現し始めた。
「あの人らが助けてくれたんだ!」
命拾いした若者が僕たちを指差して拝んでいる。
実際に倒したのはフェルパーの侍で僕が直接手を下したわけではないけれど、少しは貢献できたと実は自分でもちょっぴり思っている。
何よりも、あの状況下でサラとアンナを救い出し、その上僕たちも無事に生還できる策を思い付けたのは、本当に奇跡としか言いようがない。
絶対にいらないと思っていた『かがきやきのたて』もまさかあんな役に立ってくれるなんて……何が必要になるかは本当に分からないものだ。
「俺も見てたよ、あの兄ちゃんがキラキラしたので化物を自分のとこにおびき寄せたのを。身を挺して他人を助けるなんて、やっぱ冒険者は違うねぇ」
「普段迷宮の中に篭ってるよくわからん連中だと思ってたが。やっぱりいざって時は頼りになるんだな、冒険者ってやつは」
「街を救った英雄の誕生だ……」
集まった人々たちからも称賛の声がチラホラと聞こえてくる。
僕の大活躍に周囲から今にも大歓声が上がろうというその時、酒瓶を片手に持った赤ら顔のノームの老人が現れて群衆に断言した。
「いやいや、悪属性たるあやつの狙いは金じゃよ。最優先討伐対象モンスターに出る特別報奨金。目当てはそれだけ、人命なぞ二の次三の次じゃ」
老人のとんでもない発言にその場の空気は一転、群衆がざわつきだした。
「そうだったのか、なんてヤツだ……」
「あれって、アイツじゃないか? 例の酒場で大暴れして教会の僧侶を殺しかけたっていう……」
「危なっ、うっかり本当は良い人だと思い込むところだったわ!」
「でも冒険者の風上にも置けない野郎だけど、腕だけは立つんだよな」
「そうとも。うっかり悪口でも聞こえちまった日には首でも落とされかねないぜ」
「ひぃっ! くわばらくわばら」
そう言って群衆が僕から距離を置き始めた。
間違いない、あれは僕が冒険者デビューしたその日に<うるわしの酔夢亭>にいたノームの老人だ。
また口からでまかせの適当な話を広めてくれたおかげで、僕の評判がトリプルGの急降下なみに、凄い勢いで下がっていく……。
ガックリとうなだれる僕の肩に、先ほど一緒に戦った侍の男が手を回してきた。
「やるのう、おまん! わしの名はヒョウマじゃ」
牙を剥き出しにしてニッと笑い、僕に手を差し出すヒョウマ。
「どうも。凄かったねさっきの一撃。僕の名前はアキラ」
差し出されたその手を握り返す。
ぷにぷにっ。
掌にフェルパー特有のぷにぷにした肉球が当たってとても気持ちがいい。
フェルパーは癒やし系なのだと僕は定義した。
「ほう、こりゃまっこと異な縁じゃき。酒場で教会のもん相手に大暴れしたアキラちゅうんはおまんじゃったか? さっきの戦いでの作戦、見事の一言ぞ。おかげでわしも侍の誇りを失わんで済んだちや。よし、決めたぜよ。わしの主になってくれ、アキラよ!」
「ええ~っ!?」
ヒョウマの意外過ぎる唐突な申し出に驚きの声を返す僕。
その僕と肩を組んだまま楽しげなヒョウマ、それを見て満足そうな笑みを浮かべるアンナ、相変わらず丸眼鏡を光らせるヤン。
そして遠くから栗色の長髪を揺らして手を振って駆けつけるサラ。
雲ひとつない晴れ渡った青空の下で、僕は何故だかとても満ち足りた、温かな気持ちに包まれていた。




