予期せぬ休日 その4
「え? 『かがやきのたて』って……コレ?」
スマイル満開のロンファから手渡されたそれは、鏡のようにキンキラキンに光り輝き『特等おめでとうございます 龍華八仙堂』と金文字で彫刻された、いわゆるガラスミラー製の表彰楯だった。
当然、盾としては使えないし、使いみちもまったく思い浮かばない。
はっきり言ってしまえば冒険には完全に邪魔なシロモノだ。
「……あのー、これって他の景品に交換とかって、できます?」
おずおずと僕はロンファにそう尋ねてみる。
「それはできないよー。どうしてもいらないなら質屋にでも入れるですよー」
申し訳無さそうに眉尻を下げるロンファ。
うーん、困り顔もなかなかの美人だな。
「じゃあ『堀田商店』で買い取ってもらえないか、今度行った時にアカリさんに聞いてみよう」
僕が何気なく発した言葉に巨乳の美人店主の顔がたちまち凍りついた。
「ガイスー! 堀田のペチャパイボッタクリ年増女の話を、今しましたかー?」
激しい口調で何やら罵りの言葉を吐くロンファ。
ついさっきまではにこやかだった表情もヒクヒクと引きつり、その顔はとても恐ろしげだ。
「しまった! 最初に重大なことをアキラに言っておくのヤンさんすっかり忘れてたね。ここはもう退却しかないアルよ!」
ズタ袋を抱えたヤンがスタコラとその場から逃げていく。
「ちょ、ちょっとヤン! えっ?」
大きな胸をぽよんと弾ませ、全身から殺気を漂わせたロンファが動いた。
「あのペチャパイボッタクリ年増女の店で、この『龍華八仙堂』の記念品を売る? アイヤー、とんでもない話ねー! 絶対許さないですよー!」
特大のベルを両手で抱えたロンファは、僕の頭に何度も何度もそれをぶつけ、その度にガランゴロンと鈍い音が店内に鳴り響く。
「痛い痛い! スミマセンでした! 絶対売りませんから許して~!」
僕は『かがやきのたて』を抱えて、逃げるように『龍華八仙堂』を飛び出した。
「いたたた……見てよこのコブ」
いきなり逆上したロンファによって、僕の頭には見るも痛々しい大きなコブができていた。
「事前に説明しとくのを忘れてアキラには悪いことしたね。ヤンさんも大いに反省せざるを得ないアルよ。見ザル、聞かザル、反省ザルね、ウシャシャシャ」
そう言って笑いながらフーフーと僕のコブに息を吹きかけるヤン。
全然反省してなさそうなんだけど。
「そういや堀田のアカリさんの名前を出した途端、急に態度が変わった感じだったけど、二人の間には何かあったの?」
涙目で『かがやきのたて』を背中の袋にしまう僕に、ヤンは腕組みをしながら話し始めた。
「今から4年前の話アルね。『冒険者ルルブ』の『識別! 世界アイテム鑑定団』という世界の未鑑定アイテム一堂に集めて、誰が鑑定に成功するかという変な企画があったよ」
4年前といえばまだ僕が訓練学校に入る前である。
当時は親友と呼べる友もなく、学校ではあのカンガルーから嫌がらせのターゲットにされていた僕に誰も関わろうとせず孤立を余儀なくされ、ボッチでつらい中学校生活を送っていた。
冒険者になろうなんて中3の冬まで考えてもいなかったから、当然『冒険者ルルブ』を手に取る機会もなく、読んでもいなかった。
嫌なことを思い出しかけた僕にヤンが言葉を続ける。
「その企画で決勝まで残ったのがサイオニックのロンファと、ビショップのアカリだったね。最後は『はじまりの迷宮』から見つかった首飾りの鑑定勝負で、ビショップの持つ鑑定能力で失敗したアカリは呪われて失格。高位サイオニック呪文の<識別>が使えたロンファに運は味方したアルよ」
意外な新事実だ。
「へえー、アカリさんてビショップだったんだ。それにロンファさんはサイオニックか。二人ともああ見えてちゃんとした冒険者だったんだね。中級職だし」
サイオニック。
中立と悪の属性の者のみがなれる、思念の超能力者とも呼ばれる中級職。
彼らサイオニックは、攻撃と回復両方を兼ね備えた万能呪文『サイオニック呪文』の使い手だ。
それは聖イグナシオの力を借りる僧侶呪文とも、古の偉大な魔術師たちが発明した魔術師呪文とも系統が異なる。
脳内で正確にイメージを組み立てて、内なる生命の波動として具現化する念動力。
己自身の持つエネルギーによってサイオニック呪文は発動するのだ。
というだけあって、サイオニックの条件に求められるステータスは知恵と生命力であり、ヤワな他の後衛呪文職とは一味違い健康的で活発な者が自然と多い。
上位サイオニック呪文の<識別>は、失敗すると呪われることもある正体不明の未鑑定アイテムを、直接手を触れることなく安全に鑑定可能な凄い呪文だ。
「それで終われば良かったアルが、問題は肝心の『識別! 世界アイテム鑑定団』の記事ね。本人は『15歳の新星天才美少女鑑定士現る!』とでも書かれると思ってたらしいが、ロンファは昔からあの見た目よ。案の定、大人と勘違いされて記事の内容を書かれたアルね。逆に堀田のアカリはもう成人してたのに子供と間違えられたね」
……色々おかしいぞ。
「ちょっと待って。4年前で15歳って……え? ロンファさんってあれでまだ19歳なの? 僕とたったひとつしか変わらないのか!」
またもや衝撃の事実発覚だ。
どう見ても妖艶な大人の女性にしか見えなかったが、まさかここにきてアカリと逆のパターンとは。
僕のリアクションを見て大いに頷くとヤンはまた話を続ける。
「それを見た読者からの投書がまた、『ビショップの子供が頑張って鑑定しようとしたアイテムを大人のサイオニックが呪文使ってノーリスクで鑑定するのは企画としてどうなのか』、『子供を泣かせるな、かわいそう』と非難轟々で『識別! 世界アイテム鑑定団』はたった一回でその幕を閉じたよ。中国の人間は面子をとても大切にするね。ロンファの前でその面子を丸潰れにしたアカリの名前は厳禁アルよ」
僕はヤンの言葉を深く胸に刻み込んだ
もう一度、あの素晴らしい巨乳を何とか拝むためにも。
二人の若いカップルがネオトーキョーの一角にある広場を歩いていると、雲ひとつない晴れ渡った空に突然何かを見付けた。
「何かしらあれ?」
小さな影のように思えたそれは、見る間に大きくなり、そして――。
ギエェェェェェ!
それは一瞬にして地上に舞い降りた。
灰色をした巨大な鷲の上半身と獅子の下半身を持ったその怪物は、けたたましい鳴き声を轟かせたかと思うと大きく鋭い鉤爪で、目の前の人間を紙のように軽々と引き裂いてその腸を引きずり出す。
そうして鋭い嘴でそれをグチャグチャと咀嚼し、今しがたまでデートを楽しんでいた若いカップルの新鮮な臓腑の味をたっぷりと楽しんだ。




