予期せぬ休日 その1
<トーキョーイン>エコノミールームでの目覚めは、それなりに疲れも取れていて悪くない朝を迎えられた。
昨夜はもう何もする気力が起きなかったが、今は空腹が僕の内なる欲求として最初に湧き上がる。
まだ寝ているヤンを起こさないよう、そっと洗面所に行き顔を洗いサッパリすると、色々やるべきことも思い出してきた。
するとコンコンとドアをノックする音が聞こえる。
僕がドアを開けると、メイクもバッチリと決まりお出かけの支度を済ませた美人の仲間の姿が目に飛び込んだ。
「やあ、おはようサラ」
「おはようアキラ。昨夜は何も食べてないからお腹もかなり空いちゃったし、早く『みやび食堂』に行きましょう。
アンナはもう先に行って私たちの分を頼んでくれてるわ」
「分かったよ。それじゃヤンを起こして僕たちもすぐ向かうから、サラも先に行ってていいよ」
そう言ってドアを閉めかけると、突然サラが自分の手を僕の手に重ねた。
思わぬ行動にちょっとドキッとする。
「あっ、待って。それからアンナの伝言ね。<トーキョーイン>で今取ってる部屋は、しばらくこのままキープして拠点として使うんだって。もう一週間分の支払いも済ませたみたい。ここはお風呂はないけど、かわりにメイクルームがあるから私もとても助かるわ」
そういえば確かに化粧室と書かれたスペースがあった気がする。
僕ら男には縁のない場所だから今いちピンとこないけど、女の子にとってはきっと欠かせない、神聖な領域なのだろう。
もしかしてアンナも使ってるんだろうか?
というか思い出した、なんでアンナとサラは同じ部屋に寝泊まりしてるんだ!?
僕はそれとなく聞いてることにした。
「あの、サラ? アンナが男性だってことは分かってるよね?」
「当たり前でしょ。でもアンナは体は男性だけど心はちゃんと女性なのよ。だからアキラが心配しているようなことは何もないわ。アンナには二人っきりの時に色んな話を聞かせてもらったの。うふっ、あれは傑作だったわ。今思い出しても……ぷっ、うぷぷ」
そう言って何故か急に吹き出し、笑いをこらえるのに必死なサラ。
なんだろう、気になるな……。
僕は仲間はずれにされたようで、ちょっとだけ悔しかった。
「それじゃ先に『みやび食堂』に行ってるから、二人ともなるべく急いでね」
サラはパッと身を翻すと行ってしまった。
「青春真っ盛りねアキラ、アッチの方も盛りがきたアルか? ヤンさんいるの忘れて、朝っぱらからサラを部屋に引きずり込んで、何やらおっぱじめやしないかとヒヤヒヤしたね。ウシャシャシャ!」
一体いつの間に起きていたのか、ヤンは元気にパンツ一丁で体操をしていた。
「しないよそんなこと! さっさと早く着替えて僕らも朝ごはん食べに行こう」
『みやび食堂』で朝からガッツリ満腹になるまで食べて十分に食欲を満たした僕らは、その後訓練所に立ち寄り冒険者登録証のデータ更新を行った。
昨日倒したモンスターの総数は、クーパーくん13、コボルド2、レッサーコボルド4、コカトリス1。
振り込まれた報酬Gは総計210Gだった。
文字通り血の滲む思いまでしてテンションだだ下がりになった割には、マルホーン二層での稼ぎと大して変わらないその結果を見て、僕は正直落胆した。
「なんか報酬G少なくない? この国最高難易度の敵なんでしょ『アングラデスの迷宮』のモンスターたちって。もっとこう、ドカッと大量に貰えると思ったんだけど」
思わず不満の言葉が口をついて出る。
「アラ、こんなものヨ。一番数を倒したクーパーくんなんかは、経験値は加算されるけどGは入らないんだから。そりゃ何度も部屋を出入りするだけで無限に復活する敵だし、当然といえば当然ネ」
僕の質問にアンナがしたり顔で答えた。
そういうのは事前に教えて欲しいんだよなあ。
まあ経験値になってるならいいけど。
僕にはそれよりも気になることがあった。
「倒せずに結局逃げた最後のコープスワームはともかく、ゾンビユスリカは何匹か倒していたと思うんだけど、あれはノーカンなの?」
するとヤンがニヤニヤしながら丸眼鏡を光らせた。
「あれは群体ごと消滅させないと討伐数としてカウントされないアルよ。蚊柱のひとつやふたつ、どうせ倒したところで雀の涙ね」
……まさに無駄骨であった。
僕たちは報酬をその場で50Gずつ分けて、残りはパーティ貯金として諸経費の支払いに回す。
この前ヤンから貰った臨時収入と合わせて今僕の懐にはちょうど100Gある。
これでようやく給付金をもらった初日のスタートラインに戻った感じだ。
そしてお待ちかねの経験値精算の文字を全員タッチして見たが、ファンファーレは誰も鳴らなかった。
「レベルアップもなし? トホホ、これじゃ先が思いやられるよ」
「ぼやかないの。地道にコツコツ一緒にレベルアップしていきましょうアキラ。ハイ、これでも読んで元気を出してね」
ガックリする僕に、サラが何かを差し出す。
「おおっ、今月の『冒険者ルルブ』もう出てたんだ。どれどれ、『色気を感じるセクシー冒険者特集号』……ほう」
これは興味深いタイトルだなと思った僕がちょうど開いたそのページには、『黒光りする究極の肉体美! 俺たちの兄貴ワンジムさん』と書かれた、世界三大冒険者ワンジムの超マッチョな半裸の写真がデカデカと掲載されていて、僕はさらにガックリした。
『冒険者ルルブ』を乱暴に丸めて背中の袋に突っ込むと、アンナが急にぽんと手を叩く。
「そうそう、この際だからアタシたちのパーティ名を登録しておこうと思うんだけど」
固定パーティには名前を付けて登録しておくのが一般的だ。
アンナたちも以前のパーティでは『ハイランダーズ』という名前で登録し活躍していたと聞く。
パーティ名を登録しておけば、毎月抽選で『欧州迷宮めぐりの旅 冒険ツアーご招待』などのささやかな恩恵も確かあったはずだ。
「パーティ名か。活躍したら『冒険者ルルブ』のランキングとかにも出るよね。だったら格好良い名前がいいな。『心剣同盟』みたいな」
『心剣同盟』といえば50年前に『はじまりの迷宮』を攻略した伝説のパーティだ。
その名前にあやかって『心剣~』や『~同盟』みたいな、もじった名前のパーティも結構多い。
縁起を担ぐには打って付けの、冒険者たちの間で非常に人気ある名前なのだ。
「なら『極悪同盟』なんてのはどうアルか? ヤンさんたち、みんな悪属性なのに因んだよ。これは我ながらナイスネーミングね」
「おおっ、なんかそれっぽくていいね! 強くて悪い凄腕の集団って感じがする!」
ヤンの提案した名前に好感触を示した僕と違い、アンナとサラの反応はとても鈍い。
「うーん、イマイチお洒落じゃないのよねぇ……華がないのヨ、華が」
「私もイヤよ、そんな変な名前のパーティなんて。イタリアの友達に『極悪同盟』だなんて名前のパーティに所属してるのがもし知られたら、もう恥ずかしすぎて死んじゃいそう」
そこまで言うか。
「じゃあどんな名前ならいいのさ」
僕がそう尋ねると、サラは目を閉じてうーんと考えこむ。
「そうね、私たちに何か因んだ馴染みのある名前で、それでいてお洒落で華があって、友達にも自慢できるような……あっ!」
急に何かを思い付いたのか、その淡いブルーの瞳をキラキラと輝かせてサラが叫んだ。
「『バタフライ・ナイツ』って言うのはどう? あの<バタフライナイト>から連想したんだけど」
『バタフライ・ナイツ』か。
うん、悪くない気がする。
「まあ、お洒落なアタシたちにピッタリの、とても華のある名前ネ。アタシは賛成だわ」
「僕も!」
「じゃあヤンさんもアルね」
サラの考えた名前にみんなが同意した。
すぐに判定球を操作して登録申請し、僕たちパーティはこうして『バタフライ・ナイツ』として新生デビューした。
僕たちは<トーキョーイン>に一度戻ると、今後は僕とヤンの部屋をミーティングルーム兼たまり場として使うことに決めて、それぞれ自由行動をすることにした。
冒険者デビューして初めての休日をどう使うべきか。
僕は朝のうちから最初に向かうべき場所を決めていた。
そこは『堀田商店』である。
先日のコープスワームとの戦闘において僕は防具の重要性、強度の大切さを学んだ。
それは国連が定めたアーマークラスの概念である。
アーマークラスというのは何かというと、大雑把にいえばどれだけ敵の攻撃を耐え切れるかという目安の数値だ。
アーマークラスで最低の数値とされるのが、布でできたローブなどの服全般。
その上が革鎧や鎖帷子といった簡易軽鎧。
そのまた上が胸当てや胴鎧を始めとする部分鎧。
さらに上位に、スケイルアーマー、リングメイル、ラメラーアーマーなどの軽鎧。
最上位には、プレートメイルや全身甲冑などの重鎧がある。
それぞれの品の謂れや魔力の有無で上下はあるが、主防具である鎧カテゴリのアーマークラスの数値の順番はこんなところだ。
他にも盾、兜、小手、靴、装飾品という指定された部位のカテゴリもあるのだが、これらをフル装備できる職というのは、それぞれの職業による装備制限もあり限られる。
戦士の僕ならばそれらも大体は装備可能だが、そんな重装備で迷宮の中を歩きまわり、耐久を取るかわりに機動力を完全に捨ててパーティの盾役、『ハイランダーズ』のマグアがやっていたいわゆるタンカーに徹するのは、さすがに今はまだ自信がない。
というか正直やりたくない。
ロードなら盾ぐらいは持っても様になりそうだし、訓練学校でも実際に盾を持っての戦闘訓練を僕はしてきたが、実技の評価は『B』とパッとしなかった。
やっぱり僕には剣のみを持ってヒット&アウェイで戦う方が性に合っているのだ。
それに全ての防具カテゴリを揃えるお金だって当然ない。
だが、僕が堀田で買って装備している革鎧は確かに軽く行動は制限されにくいが、安物だけありアーマークラスも相当低く、『アングラデスの迷宮』二層のコープスワームのような強力なモンスター相手では早くも心許なくなってきた。
そろそろ新しい、実戦向きのいい鎧へと買い換えの時期がきたのだと、僕は決心して『堀田商店』を訪れたのであった。
「いらっしゃーい……って、うちの店の革鎧ズタズタになってるやん!? アキラおにいちゃん、よくこれで生きて帰ってこれたなぁ」
アカリが僕の革鎧を見るなりそう驚く。
そうなのだ、あのプレートメイルをも噛み砕くというコープスワームの強靭な歯によって、僕の革鎧は見るも無残な姿に変わり果てていたのだ。
「何とか命だけはおかげさまで助かったよ。だからこの機会に奮発して、アーマークラスの高い上級防具が欲しいんだよね」
僕は店内に並べられている、ピカピカに磨き上げられた鉄製の鎧の数々に視線をやる。
「そうですか、アキラおにいちゃんもアーマークラスを知るレベルになりましたか……あのヨチヨチ歩きやったお兄ちゃんがねぇ。ウチも嬉しいわ。でも、そ・の・前・に! 何かお忘れやないやろか?」
そう言ってアカリは腰に手を当ててその小さな胸を精一杯張り、キョトンとする僕に一枚の書面を見せてきた。
「サラおねえちゃんのセクシーブーツセットのお代、380Gを分割で支払う約束やったろ? そろそろ少しでも払うてや、アキラおにいちゃん」
そうだった。
僕は借金がまだあったことをすっかり失念していたのだ。
幸い手元に100Gあったのでそれを渡すと途端に白いワンピースの彼女は、にこーっと愛らしい表情になる。
「毎度ぉ。その調子で完済してや。ええと、アーマークラスの高い上級防具が欲しいんやったね? ウチと他でもないアキラおにいちゃんの仲やしぃ、それも支払いは特別に分割にしてあげてもええけど、せやかてアキラおにいちゃんの支払い能力じゃプレートメイルなんて絶対無理やろ。軽鎧も怪しいで」
渋い顔をするアカリに、僕は『冒険者ルルブ』で覚えたテクニックを試す。
「そこを何とか。可愛い上に仕事のできる、我らが堀田の看板娘アカリさんの力でどうにかならないもんかな?」
僕の言葉にアカリはたちまち頬を染めてその両手で押さえた。
「しょ、しょうがないなぁ。じゃあちょっと待っとき」
そう言ってカウンターの奥の部屋からアカリが引っ張り出してきたのは、物凄い量の埃にまみれた鎖帷子。
「強い防具が欲しいんならこれが今ウチで一番お買い得や!」
アカリが埃をはたきで払ってよいしょとテーブルの上に置いたそれは、錆びてこそいないものの、いかにもいわくありげなシロモノだった。
「なんか相当古めかしいというか、禍々しいというか……これ装備して大丈夫なやつ? 呪われたりしないかな」
恐る恐るその鎖帷子を観察する僕
「失礼やで! 天下の『堀田商店』はそんなモンお客さんに、出ーしーまーせーんー!」
僕の言葉にぷくーっと頬を膨らませてむくれるアカリだったが、一応気になったのか台帳を取り出して確認を始めた。
「台帳に書いてあるのはえーっと……うわっ、40年間も売れてないやんこれ!」
おいおい、今とんでもない言葉が聞こえたぞ。
武器、特に日本刀は古ければ古いほど良いというのは聞いたことがあるけれど、防具に関してはどうなんだろうか?
僕が思うに何となくそれは当てはまらない気もする。
「正式名称は鎖帷子+1やて。値札は1500Gになってるけど、年代物で若干傷みやクセがあるさかい900Gでええよ」
「おおっ、お得だ! 支払いは分割でいいんだよね? なら喜んで買うよ」
これで借金は残り1180G、僕の懐には0G。
一向に貯金が増える様子がなかったが、宵越しの金を持たないタイプの僕は、また迷宮で稼げばいいさと楽天的に考えた。
「その壊れた革鎧はもういらんやろ。1Gで買い取ってあげるわ」
アカリの申し出をありがたく受け入れた僕は現金1Gを大事にしまい、<トーキョーイン>へと戻ることにした。




