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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
192/214

悪の戦士の選択肢

 ロンファがサラと会っていた時、階下ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

「招待状をお持ちでない上にドレスコードも満たしていない部外者の方の入場はお断り申し上げています。お引き取りを……」

 使用人の男が入り口にて出席の条件を満たしていない連中を追い払おうとすると、立派な鎧を着た美形の男が進み出て、大げさに天を仰いだ。

「いつ何時でも戦えるよう装備を身に着けておくのが冒険者の正装というものだ。それに、実の兄が妹の結婚式に出席できぬ道理がどこにある? さらに言うならば、この教会と大聖堂は私にとって我が家も同然! 部外者は君たちの方だ。聖イグナシオの名の下に、敬虔たる神の使徒ジェラルド、ただいま帰参せり!」

 入り口で大声で喚き散らすその様子に、式に集う紳士淑女も何事かと不安そうな顔になる。

 すると教会の法衣を着た真面目そうな男が、人波をかき分けて入り口へとやって来た。

「おお、ジェラルド! トニーノとヴェロニカも一緒か。彼らは我が教会の者、そして新婦の兄。通して何も問題ないでしょう」

 法衣の男の言葉で、ジェラルドの脇にいた二人の男女が飛び出した。

「フィリポ師! 『ジンギ・スラング』で言うところの『ワリャ・ヒサシブリジャノー!』ですよ!」

「……それは目上の方に言うべきでない失礼なスラングですわよトニーノ。お久しぶりですわ司祭長様」

 トニーノとヴェロニカが懐かしそうにかつての師と笑顔で言葉を交わすと、使用人の男がおろおろと止めようとする。

「しかし、加賀様が……」

 だがジェラルドたちは加賀に個人的に雇われいる困り顔の使用人をなし崩し的に無視してそのまま大聖堂の中に入り、法衣の男と固い握手を交わす。

「フィリポ師、お久しぶりです。妹の望まぬこの結婚式、ぶち壊しに参りました」

 ジェラルドはそう言って物騒な目でニヤリと笑い、教会の面子を潰しかねないとんでもない発言をする。

 新郎は国連の法務部長で、次の国連事務総長候補筆頭と目される男だ。

 それは国連を敵に回すということに他ならない。

(少し見ぬ間に男の顔になったな、ジェラルド……)

 司祭長フィリポは微笑すると、耳に手を当ててわざとらしく聞き返した。

「うん? 何か言ったか。最近歳のせいでめっきり耳が遠くなっていかん。そうそう、サラなら2階の奥の部屋にいるぞ。私はこれからまた法王のおられる祈りの間へ戻る、最近お身体が優れないのだ。ではな。……やれやれ、祈りの間へは我ら教会の者しか通れんから、騒がしくなくて助かる」

 ジェラルドたちに聞こえるようにそう言って去りつつ、フィリポは心の中で快哉を叫んだ。

(それでこそだ! さすがはこのフィリポが見込んだ男、『神の声を聞きし』ジェラルド! おまえたち若い世代は上のことや面子など考えずともそれでいいのだ……心が思うがままに正しき行いを為せよ)

 自らが手塩にかけ育てた弟子たちの成長を、フィリポは心から嬉しく思った。

 一方、その様子をこっそりと蛇のような目つきで見ていた男がいる。

 本日の主役、新郎の加賀龍二である。

 加賀は親指の爪を神経質そうにガリガリと噛みながらも、その頭の中では冷静にどう対処すべきか策を練っていた。

「あれがサラの兄貴か……ファイルで見たな。アキラと一緒になってアングラデスを攻略した、確かロードだったなぁ? てことは連れの二人も仲間か。ったく、邪魔者をすんなり通すとは使えない野郎だぜ、クビだクビ。こんなことなら念導兵(ガーディアン)でも連れてくりゃ良かったな。さーて、どうするよ? まだ俺様が自分で動くには早いし……となりゃあいつの出番か」

 加賀はタキシードのポケットから念話を取り出すと、ある番号へと掛けた。


 サラの家の広い庭園の一角、地上に出たばかりの僕にいきなりのバトルが待ち受けていようとは。

 エクレールと呼ばれた美人なメイドさんの持つ刀、あれはそんじょそこらの刀じゃない。

 間違いなく伝説級の名刀だろう……銘までは分からないが僕にはそう感じられる。

 まだそれなりに距離もあり対峙しただけなのに、この異常なまでのプレッシャーはなんだ?

 一応神様であるタマモズキアに『メイドさんを傷付けるな』とは警告されたけど、こっちも本気でやらないと一瞬でやられてしまう予感がする。

 仕掛けてくるのは衝撃系の技か、それとも一気に距離を詰めてくるのか……いずれにしても僕の持つ最高の必殺技で対処するしかなさそうだ。

 僕は相手の一挙手一投足を見逃すまいと全力で集中する。

 まだこちらは抜刀していない、これが果たして有利となるか不利となるか……。

 エクレールが無機質な声で呟いた言葉を僕は聞き逃さなかった。

「<操手狩必刀(くりてかるひっとう)ムラマサ無礼胴(ぶれいどう)>」

 その声にハッとなった僕は途中から追い抜くように慌てて叫び、腰の刀を引き抜く。

「<操手狩ニ刀(くりてかるにとう)ムラマサ無礼胴(ぶれいどう)>ッッッ!!!!!」

 ギャリィィィィィィィィィィッ――!

 凄まじい速度で駆け抜け様に放ってきたエクレールの刃を、僕の左に持つムラサマが受け止めた。

 多少違いこそあるものの、僕が得意とするこの技と完全に同じモーションである。

 だが相手の方が力でも技でも勝っており押し返され、敵の先端の刃が僕の肩口にズブズブと食い込む。

 繰手狩の技を使いこなしたのにも驚いたけど、華奢な見た目なのになんて力の強さだ、この女……!

 でも僕にはまだ右手にスシマサがある。

 これを今振り抜いて技を完成させれば、エクレールの無防備な胴を真っ二つにできるかもしれない。

 そう、今振り抜けば。

 でも……できない。

『メイドさんを決して傷付けてはならぬ。それは死出への道標となる』

 この言葉も勿論あるけどそれ以上に、僕はたとえ敵であっても女性をこの手にかけるのは好きじゃない。

 そんな甘いことを言ってられる状況じゃないのは十分承知してるんだけどね。

 それに、このどこか影のある美人メイド剣士エクレールからは何かを感じる……恐ろしさとは別の、何かモヤモヤした感情を。

 時間にすればほんの束の間だったけど、その決断までかなりの長時間が経ったようにも感じられた。

 結果として僕の右手はついにスシマサの快音を響かせることはなかった。

 すると女が急にふっと刀を引く。

 肩を深く斬られていた僕はよろよろと後ろに下がり、その拍子に背中が何かに当たって尻餅をつく。

 あの立派な石像だ。

 エクレールはこちらに近寄ると、無慈悲とも哀しそうとも取れる目で僕を見下しながら呟いた。

「<青き薔薇の崩壊>」

 ザシュザシュザシュッ。

 超高速で振るわれたその刃は、僕の全身を一瞬で切り刻んだ。

 ああ、この技は……。

 僕が覚えているのはここまでだ。

 何故ならこの時点で僕の五体はバラバラになっていたから――。


 アキラの死体から未使用の宝珠を回収して伯爵はようやく平常心を取り戻した。

「ふーっ、脅かしおって。所詮は『あの時』に死に損なっただけの、ただの子供ではないか。私の覇道に立ち塞がってみたところでこれが結果よ。それにこやつが何者だろうと、我が最高の下僕エクレールに勝てる冒険者などこの世にはおらん。のう、エクレールよ……む、念話だと?」

 伯爵がスーツの懐から鋭い鉤爪の手でぎこちなく念話を取り出す。

「おまえか……何の用だ。分かった、こちらも用がちょうど済んだところだ。今から向かう。何、それじゃ遅いだと?」

 相手の不躾な態度に一瞬怒りのまま念話を握りつぶしそうになったが、ブレスのごとく深く息を吐くと伯爵はある計画を思いついた。

「……用はおまえのしわざと知られず、そこにいる『冒険者』どもを消せばよいのだな? 心得た、例のドラゴンを召喚する」

 冷静な声でそう返事をして念話を切る。

 念話の相手など取るに足らない存在であるのだが、伯爵はかつて交わした契約書の条項に縛られており、こちらに利もあったので、今の今までその態度にも我慢して協力しあっていた。

 それも宝珠を手に入れた今となってはもう伯爵には何の利益もない、ただ一方的に利用されるだけだ。

(ポイントをまた大量に使わねばならんのは痛手だが、ネオトーキョーで目障りな巫女どもを壊滅させたキング・クリムゾンなら、うまくすれば何もかも一気に片付けてくれるだろうよ。もうこれ以上手を借りる必要のない、目障りな契約相手ごとな……フフ)

 伯爵が笑みを浮かべつつ空中に複雑な魔法陣を描き呪文を唱えると、真紅のドラゴンが聖イグナシオ教会本部の上空を覆い隠すようにその巨体を現す。

 伯爵とメイドがその場を去ると、タイミングを見計らったようにバラバラとなったアキラの死体の背後に佇む石像――カルボーネ家の家宝『サムライ・デル・ディアマンテ』の全身にピシッと亀裂が走った。

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